『高天原ラグナロク』 第10章「処刑」


登場人物・あらすじ


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 翌日も細民街に、憂鬱な雨が叩きつけてくる。

 養育院の門前に、アマテラス専用の黒塗りのトヨタ・センチュリーロイヤル、いわゆる「御料車」がとまる。無反動砲をくらい廃車になったのとは別の車輌だ。ジュン・アマテラス・玉依の順に乗りこみ、ならんで座る。戦力を確保するため与一も連れて行きたいが、宮内庁の役人に拒否された。ジュンは紅梅学院武術科の制服を着ている。詰襟の上着の下にM1911を、ショートパンツを穿いた腰に鬼切を携行する。

 玉依は車内でタブレットの画面を見せ、アマテラスと打ち合わせする。はやくも摂政気取りで、自身の就任式や、今後の政策について意見交換する。

 ジュンはアイフォンで『新世紀エヴァンゲリオン』をストリーミング再生する。台詞をほとんど覚えるほど馴れ親しんだ作品だが、転戦の合間に暇をもてあましたとき視聴している。第拾参話「使徒、侵入」まで見た。第十一使徒イロウルが、NERV本部のコンピュータ「MAGIシステム」をハッキングする筋書きだ。

 アマテラスがアイフォンを覗きこみ、ジュンにたずねる。

「そちの好きなエヴァンゲリオンか」

「二十年以上前のアニメだけど、いま見ても普通におもしろいっす」

「ロボットと怪獣が戦う話と聞いたが」

「イロウルはマイクロマシン型の使徒なんすよ。それこそ細菌みたいに、メルキオール・バルタザール・カスパーの順序で感染させます」

「東方の三博士じゃな!」

「開発者である赤木ナオコ博士の異なる人格が、それぞれのコンピュータに移植されてるんです。科学者・母・女としての」

「結末はどうなるのじゃ」

「女であることを優先したって、リツコさんが最後に言いますね。あの辺よくわかんないけど」

「深いのう」

 玉依がわざとらしく咳払いする。神に低俗なアニメの話をするなと言いたげに。しかし神に神アニメの話をしてなにが悪いのかと、ジュンは思う。

 アマテラスが尋ねる。「好きなキャラはおるか」

「やっぱレイですかねえ」

「綾波レイのことか。包帯をしてる」

「そうそう」

「あれは人間なのか」

「むづかしい質問だなあ。魂がどうとか、ちらっと言及されるけど……」

「わらわも見ておくべきかのう」

「なら新劇場版がいいですよ。なんだかんだでよく出来てるし。今度一緒に見ましょう」

「たのしみじゃ」

 いま現在、実質的に政権の中枢となっている赤坂御用地に、御料車は到着した。ツクヨミの住居がある広大な施設だ。

 降車したジュンは、サブマシンガンのMP7をもつカブロから、武器を提出するよう求められる。

 玄関へむかうアマテラスに目配せする。陛下、本当にあなたを信じていいんですか? アマテラスはかすかに頷く。

 ジュンはM1911を引き渡す。おかっぱ頭のカブロは洗脳のせいか、綾波レイみたく無表情で受け取る。ジュンは仲間を二十人殺した敵なのだが。

 鬼切の提出は頑として拒む。朱塗りの愛刀が手許にないとミカヅチがつかえない。もし事がおこれば、ジュンに為す術はなくなる。




 ジュンは「日月の間」に入る。前任の兵部卿らが蝦夷の侵入をゆるした罪で粛清されたとき以来、二度めだ。檜の壁の弾痕は修理されてない。窓から見える庭で、象の様に巨大な狼のガルムとフェンリルが、雨を避けて木立の下で眠る。

 裾のみじかい黒のドレスを着たツクヨミがあらわれる。ピンクのツインテールの夜刀神をともなう。アマテラスに駆け寄って叫ぶ。

「姉上さまッ! 会いたかった!」

 アマテラスが答える。「気苦労をかけたな」

 ツクヨミはひざまづき、小柄な姉を抱きしめる。号泣している。アマテラスは妹の腕のなかで微笑するが、喜びより悲しみがにじむ。

 ツクヨミが言う。「ようやく茶番もおわりね」

「ヨミちゃんも気がすんだろう」

「あらやだ。お楽しみはこれからよ」

 ツクヨミは、赤のカラーコンタクトをしたカブロのリーダーを指差し、あらたな従臣である夜刀神に言う。

「この無能はガルムとフェンリルの餌にしなさい。小娘ひとりに手こずらされて、胸くそ悪いったらありゃしない!」

 夜刀神の部下である陸軍特殊作戦群の二名が、カブロのリーダーを両脇から拘束する。

「ツクヨミさま」リーダーが言う。「話を聞いてください」

「私は忙しいの」

「お腹に赤ちゃんがいるんです! ツクヨミさま、あなたの子供です!」

「あらそう。珍味だって、あのコたちが喜ぶでしょうよ」

「ひ、ひどい」

 抵抗するリーダーが屋外へ連れ出される。

 ジュンと玉依は青褪め、天井の高いホールに立ち尽くす。ツクヨミは極度に敵対的だ。自分たちは罠にはまったのか。

「殿下」ジュンが言う。「あまりに残酷な仕打ちではないですか」

「中臣ジュン。神に仇する者。きょうがあなたの命日よ。来年からは国民の祝日にするわ」

 端正なツクヨミの顔が醜く歪む。辞書の「憎悪」の項に参考図として載せたくなるほど。見るだけで心が狂気に汚染されてゆく。

 ジュンは左手を鬼切の鞘にかけ、刃を下にむける。おのれの恐怖心ごと断ち切るつもりで。

 大胆に右足を踏み出し、ツクヨミの懐へ飛びこむ。はげしく上体を前傾させ、鬼切をつかんだ右腕を振り上げる。

 抜けない。

 セーラーワンピースを着たアマテラスが、真横で右の手のひらをジュンにかざしている。

 神術【ニチリン】。

 太陽神のカリスマが、電撃となりジュンを襲う。崩れ落ちたジュンは寄木張の床で痙攣する。

 ジュンは突っ伏したまま、かろうじて首だけアマテラスの方にむけて言う。

「あ……あんたもグルか」

「すまぬ。国のため犠牲になってくれ」

「ざけんな……平和の神が聞いて呆れる」

「言い訳はせぬ。ただただ面目ない」

 もがき苦しむジュンを見るのに耐えられず、アマテラスは背をむける。

 怒ったときの癖で両腕を振り回しながら、玉依が叫ぶ。

「ツクヨミさま! 私は抗議いたします!」

「あなたはお利口さんなんだから黙ってなさい。権力はくれてやるから」

「中臣氏は忌部氏にならぶ名流。この様なあつかいは国家全体の権威をそこない……」

「しつこい」

 ツクヨミは夜刀神に対し顎をしゃくる。夜刀神はルガーの回転式拳銃の銃把を、背後から玉依の首筋に振り下ろす。

 夜刀神と特戦群は、抵抗力をうしなった二人の少女を日月の間から引き摺り出した。

 ツクヨミは控室から持ち出した二着のウェディングドレスを両腕にかかえ、鼻歌まじりで言う。

「姉上さまに似合いそうなのをたくさん用意したわ。さっそく試着してみて」

「結婚の儀は明日か」

「ええ。私が主神になって、姉上がお妃さま。子供もいっぱい作りましょうね。八百万くらい産んでもらって、神を倍増させたいの」

「大仕事じゃな」

「とっても楽しくてステキな作業よ。初夜は今夜……いえ、このあとすぐ。姉上さまを抱く日を二千七百年も待ち焦がれたのよ。もう我慢できない」

「そのために内戦まで起こす必要はなかった」

「普通にプロポーズしたら受けてくれた?」

「無理じゃ」

「上部構造は下部構造の反映にすぎないの。だから暴力で社会基盤を破壊した。姉上さまもマルクスくらい読むといいわ」

 ツクヨミはアマテラスの小さな顎を持ち上げ、口づけする。舌と舌をからめ、唾液を味わう。アマテラスはなすがまま、妹による陵辱をうけいれる。

「心の底から愛してる」ツクヨミは続ける。「姉上さま、本当にいいの? 宇宙一かわいい姉上さまを、本当に抱いていいの?」

「かまわん。それでヨミちゃんが幸せになるなら」

「ああ! ああ! 想像しただけで絶頂に達しちゃう!」




 鬼切を奪われたジュンは、壁に黒いタイルが張られた広い浴室へ連れられた。両腕を二つある蛇口にロープで縛りつけられている。夜刀神がジュンの顔や腹を殴りつづける。ジュンは昂然と睨み返すが、すでに心は折れていた。

 自分は丸腰。浴室の外にHK416をもった特殊作戦群の隊員が五名。だれも救出に来ないし、来てもあっさり撃退されるのがオチだ。あきらめの悪さに定評あるジュンだが、あらゆる可能性を考慮しても八方塞がり。より苦痛のすくない死に方をえらぼうと、思考のスイッチを切り替えた。

 夜刀神が、皮膚の爛れた右手でジュンの首筋を撫でながら言う。

「透きとおったキレイな肌ね。血管が浮いてる。ロシア人でもそうそういない」

「お礼を言えばいいのかな」

「ずっと妬ましかった。あなたの美しさが」

 特戦群が、ポリエチレン製の容器にはいった硫酸を浴槽へそそぐ。二十リットル容器十個を空にする。肩まで浸かれるほど、なみなみと満たされた。

 ジュンは歯を食いしばるが、歯がカチカチと音を立てるのを止められない。涙がタイルにこぼれる。

「くそ……くそ……」

「あら」夜刀神が笑う。「泣き顔もキレイね。ゾクゾクするわ」

「地獄に落ちろ!」

「ええ。いつかまた再会しましょう」

 意外に落ち着いた表情の玉依が、浴室にはいって夜刀神に言う。

「ジュンさんは私の友人です。最後にお別れをさせてください」

 夜刀神は特戦群に視線を投げる。特戦群はうなづく。玉依が武器を持ってないのは確かめた。どんな会話をするか興味をひかれた夜刀神は、玉依に接触を許可する。

 玉依は、痣だらけのジュンに言う。

「どうか許してください。愚かな私を」

「たまちゃんは悪くない」

「親のため、家のため、国のため、神のため。私はいつも人に言われたとおり行動してきました。そしてそれを人に押しつけた」

「マジメだもんね」

「自由に生きるジュンさんを羨ましいと思いながら、自分で自分を鎖に縛りつけていました」

「物理的に縛られるよりマシでしょ」

 おどけて緊縛された手首をもちあげるジュンを見て、玉依は複雑な微笑を目許にあらわす。玉依は呼吸が荒く、額にびっしり汗がうかんでいる。具合が悪そうに見えるが、いまさら他人の体調を気遣うのもバカらしいとジュンはひとりごつ。

「お願いがあるの」ジュンが言う。「おそらくツクヨミは、ほかのメンバーに報復する。できるかぎり助けてあげて。特に後輩のよいっちゃんは。あと浅草凌雲閣に、半蔵先生の奥さんが幽閉されてる」

「心配いりません」

「たまちゃん、耳をもっと近くに」

「はい」

「外にいる兵士を買収して、あたしを射殺させて。死ぬのは怖くないけど、拷問だけは嫌だ」

「大丈夫です。拷問なんてさせません」

 玉依は大量に発汗している。制服のブラウスが絞れそうだ。第一国立銀行でアマテラスを乗り移らせたときと同じだと、ジュンは思い出す。

 苦痛にうめきながら、玉依はスカートの中に両手をいれ、棒状のものを取り出す。蛭巻塗の赤い鞘。見間違え様がない。ジュンの愛刀である鬼切だ。

 神術【カミガカリ】。

 玉依は憑依能力で、自身の子宮に鬼切を宿らせた。血にまみれた鞘を捨て、ジュンをいましめる二本のロープをすばやく切る。予期せぬ事態に反応が遅れた特戦群の兵士が、HK416を慌てて発砲。ライフル弾が玉依の後頭部や脊柱を壊す。

 玉依はジュンに鬼切の柄をにぎらせ、凭れ掛かりながらささやく。

「これが……忌部の女がズボンを穿いてはいけない理由です」

「たまちゃん、バカなまねを」

「言ったでしょう……私は愚かだと」

「死んじゃダメだ。たまちゃんが摂政になって、あたしはその右腕になって支えるのが夢だったのに」

「うれしい……あなたは私の初めての親友……嫌われたまま死ぬなんて耐えられない」

「ダメだ! 死んじゃダメだ!」

 ジュンにしがみつく腕の力が弱まり、玉依は白いタイルの床に倒れる。無慙に砕けた後頭部を見て、それが致命傷だとジュンは悟る。ひざまづいて玉依のなきがらを仰向けにし、睫毛の長いまぶたをそっと閉じる。

 さよなら、あたしの親友。そしてありがとう、命をくれて。

 ジュンは立ち上がり、ドアのところにいる夜刀神をにらむ。夜刀神の隻眼の視線がさまよう。

「夜刀神」ジュンが言う。「お前に頼みがある。たまちゃんを家族の墓に丁重に葬ってくれ。葬儀はしないでいい。あとであたしがやる」

「あなたに命令される筋合いはなくってよ」

「そうゆう筋合いなんだよ。いまはまだ殺さないでやる。もし約束を破ったら、硫酸風呂の百億倍残虐な方法で痛めつける」

「な、生意気な口を……」

 自分の声が裏返っているのに気づき、夜刀神は沈黙する。

 ジュンは鬼切を鞘に納め、黒のショートパンツを穿いた腰に提げる。特戦群はHKを構えるが、あえて銃口は向けない。向けた瞬間にミカヅチで挽肉にされると認識しているから。

 大股で浴室から出るとき、ジュンは振り返って玉依のなきがらを最後に一瞥したくなったが、その思いをどうにか堪える。

 可憐で自信に満ちて、いつもキラキラ輝いていた玉依の姿を覚えていれば、それで十分だ。一生忘れるはずがない。




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