『高天原ラグナロク』 第8章「石室」


登場人物・あらすじ


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 ジュンはP90を、与一はミニミ軽機関銃を手に、吹上から桔梗橋を渡って東御苑に入る。高天原城の全体が蝦夷の占領下にあるが敵影は見えない。静かな濠の水面と、咲き誇るヤマザクラが、むしろのどかな風景を構成している。

 チーム・ミョルニルの生き残りのうち五名は、アマテラスを半蔵門から脱出させるため西へむかった。それを悪く言えば囮に利用しつつ、摂政である父の栄一をふくむ人質数名が抑留される石室へ、ジュンは急ぐ。

 石室は、切石でつくられた二十平方メートルほどの倉庫で、普段は重要書類や金塊などを収める。SIGをもつ蝦夷兵二名が警護している。

 ジュンは竹林の中でしゃがみ、石室を見下ろす。距離は三十メートル。鉄格子から薄明かりが漏れる。半蔵軍団の情報によると、父はまだ健在だ。ジュンと与一は拳銃のファイブセブンに、サプレッサーをねじって装着する。

 後輩の与一がジュンに目配せする。射撃の天才である与一は三十メートルなら外さないが、ジュンにもその自信があるか確認している。ジュンは口許を引き締めてうなづく。

 ジュンは左肘を左膝に乗せてファイブセブンを安定させ、照星を敵兵の頭部に合わせる。標的は二十代の女だ。歌舞伎役者みたいなフェイスペインティングをした顔が、落ち着きなく瞬きをくりかえす。ジュンはすでに十二人殺した。決して気楽な任務ではない。父を救うのが目的とは言え、心は折れかけている。実の家族の様に慕う半蔵を失ったのも、胸が潰れる痛手だった。

 結局のところあたしは、十六歳の学生にすぎない。殺戮の日々がこれ以上続けば、多分もたない。一秒でも早く終わらせるため、あの女を殺す。

 ジュンがささやく。「せーの」

 乱れた呼吸に照準を狂わされ、ジュンの放った五・七ミリ弾は女の頭をかすめ、石の壁で跳ねる。唐突な異音と、隣で崩れ落ちる仲間に、女は戸惑う。逃げるべきか、斃れた味方を助けるべきが迷っているあいだに、与一にこめかみを撃ち抜かれた。

 竹林の暗がりで与一がつぶやく。

「へたっぴ」

「ごめん。フォローありがと」

「おかしら、疲れてる?」

「余裕のよっちゃんイカだよ」

「ぷっ」

 与一が下を向き、笑いをこらえる。

 どれほど与一が火器の扱いに長けているにせよ、ポイントマンとして先頭に立つのはジュンだった。神術ミカヅチを後方で使っても無意味だから。堂々とした背中を見せ、味方を安心させるのも仕事のうちだ。強がりなのはミエミエでも。




 斜面を駆け下りたジュンは、石室の中を覗く。鉄格子のそばに父である栄一が立っている。眼鏡をかけた顔はすこし痩せたが、白いシャツは清潔で、捕虜として礼遇されてるのがわかる。部屋には机と本棚があり、なにか書き物をしていたらしい。奥にはベッドがふたつ。寝ているのは、玉依の父である忌部広正だろうか。情報によると病気らしい。

 約四十日ぶりの再会を祝う暇はない。ジュンは鉄格子を破壊しようと、リュックサックから梱包爆薬を取り出す。ミニミを構えた与一が周囲を警戒する。

 栄一が叫ぶ。「近づくな、危ない!」

 ジュンがC4を蝶番に設置するため手をのばすと、黒い鉄棒がねじ曲がって蛇の姿となり、牙を剥いて襲いかかる。両腕に六匹の大蛇が食らいつく。苦悶しながらジュンは振り払うが、もがけばもがくほど深々と牙が刺さる。迷彩服に血が滲む。

「よいっちゃん!」ジュンが叫ぶ。「今のうちにお父さんを引っぱり出して!」

 与一が踏み出すと、別の格子が黒い蛇となり威嚇する。口から唾液がしたたる。毒があるかもしれない。与一の足は止まる。

「早く!」ジュンが続けて叫ぶ。

「無理……無理だよ……」

 唇を震わせて与一がつぶやく。

 ジュンの細く白い首筋に、あらたな蛇が牙を立てる。栄一は壁に立て掛けてあるアコースティックギターを取り、スライドバーを左の薬指にはめて弦を爪弾く。七匹の蛇はそろって首を引っこめ、鉄格子の形にもどる。やっと拘束を解かれたジュンは、勢い余って転倒した。

「ジュン、大丈夫か!?」栄一が言う。「なぜかこの蛇は、音楽を聞かせると一時的に元にもどる。ツクヨミ様が魔力をかけた罠だ。近づいちゃいけない」

 ジュンは無言で身を起こす。鬼切を抜き、天へ突き上げる。荒々しく咆哮して己を奮い立たせ、突進しようとする。

 与一が背後から足払いしてジュンを倒し、髪をつかんで顔を地べたに押しつける。

 ジュンが叫ぶ。「離せッ!」

「ありがとう」栄一が言う。「誰に似たのか、頭に血が上ると人の話に耳を貸さない子でね」

 与一が答える。「知ってます」

「たしか君は……」

「那須与一。武術科二年」

「去年ウチに来てくれたね。ジュンが友達を連れてきたのは初めてだから、よく覚えてるよ」

「私も覚えてます。ステーキおいしかった」

「ふざけんな!」ジュンが叫ぶ。「世間話してる場合か!」

 与一はうつ伏せのジュンの背中から離れる。ジュンはふたたび立ち上がり、鬼切を拾って鞘に納める。すばやく視線をくばり、捕虜を解放する手段がないか石室を観察する。絶望的な気分で。なにしろ敵はツクヨミだ。この世を支配する神だ。われわれ人間が認識する「現実世界」は、ツクヨミが見せるただの夢にすぎないとさえ言われる。

「ツクヨミは」ジュンが尋ねる。「なんか言ってなかった? ヒントになりそうなこと。居場所や神術とかについて」

「ツクヨミ様が黒幕と知って驚かないのか?」

「薄々感じてた」

「ジュン。いまから私が言うことを、お母さんの言葉だと思って聞きなさい」

「言わなくていい。『復讐するな』でしょ」

「賢い娘をもったおかげで助かる」

「お母さんとスミレの死がツクヨミのせいなら、かならず報いを受けさせる。そしてお父さんを救い出す。誰が何と言おうと」

「ツクヨミ様の暴走を止められなかったのは、摂政である私の責任だ」

「どうでもいい。お父さんは休暇だと思ってのんびりしてて。痩せてカッコよくなったね」

「神に刃を向ければ、無傷ですまない。娘が傷つくのを望む親はいない。お願いだから、私たちの気持ちを理解してくれ」

「ごめんね。死ぬより辛い思いをしてまで、あたしは生きたくない」

 ジュンは警戒態勢をとる与一に歩み寄り、脱出ルートを相談する。魔力で守られた石室の破壊は断念せざるをえない。物理法則とおなじく、神の摂理は変えられない。玉依や別働隊と合流したあと、アマテラスの身の安全を確保し、ツクヨミを撃破する計画を練ろう。神とて不死ではない。知恵と勇気をふりしぼれば、致命的な一太刀を浴びせられるはず。

 あちこち破れ、血が滲んだ迷彩服を着たジュンの決意の固い表情を見て、栄一はあえて冷酷な口調で言う。

「お父さんは残念だ」

「なにが」

「いまだにジュンは駄々っ子のままだ。スミレの方がずっと良い子だ」

「変なこと言うのやめて」

「ジュンがおとなしくしないなら、私は自殺するしかない。ギターの弦で首を吊れるかな」

 ジュンは血相を変えて詰め寄る。鉄格子が蛇に変貌し、敵意を剥き出しにする。

「冗談でも、そんな発言はゆるさない」

「いつかわかる日が来る。我が子に命を捨てさせてまで、生き延びたい親などいないと」

 ジュンは両手で耳をふさぐ。

「聞こえない。聞こえない」

「私は若い頃、がむしゃらに政治や経済を勉強した。そして実際に才能を振るうことができ、ある程度成果をのこした。それなりに満足できる人生だ。ただひとつ気懸かりなのはジュンのことだ」

「聞きたくないと言ってるでしょ!」

「仕事にかまけすぎ、お前のことを見てやれなかった。私たち夫婦の冷え切った関係を気に病んでたのも知っている。でもどうにもできなかった」

「そんなことない。お父さんもお母さんも大好きだよ」

「お母さんは正しかった。この世でもっとも大事なのは家族だ。今になって気づくとは、私はとんだ馬鹿者だ」

 頬を濡らし、喉をつまらせてジュンは言う。

「悪いのはあたしだよ。親に心配かけてばかりの。でも聞いて。今のあたしには夢があるの。玉依ってコと友達になって」

「忌部広正氏の娘さんか」

「うん。二歳違いだけと、すごいしっかりしてるの。でね、たまちゃんが摂政になったら、あたしは大臣か何かになって支えたいんだ」

「それを聞けて嬉しいよ。私の人生は本当に幸福だったと断言できる」

 いっさい気配をともなわず、ジュンの真後ろで砂利を踏みしめる音がした。

 ジュンは反射的に振り向く。左手を朱塗りの鞘に添えている。

 背景の竹林がぼやける。黒い煙の様なものが視界にうかび、徐々に人の形状をなしてゆく。この渦巻き模様の刺繍は土蜘蛛の着物だが、はだけた胸元に谷間が見えて女の体とわかる。フェイスペインティングをほどこした顔は青白い。失踪していた月の女神が一か月ぶりに姿をあらわした。蝦夷を率いる美青年の正体は、変装したツクヨミだった。




「あらあら」ツクヨミが言う。「魔力が切れちゃった。もうちょっと愁嘆場を見物したかったけど、体調がすぐれないのよね」

 ツクヨミの呼吸は荒く、瞳が揺れている。半蔵が神術アマツクモイで放出した毒ガスによる麻痺から、まだ恢復していない。みづからの生命を犠牲にした半蔵の攻撃は、神すら窮地へ追いこんだ。

 ジュンは絶対零度の声色で言う。

「トドメを刺されに来たのか」

「中臣ジュン。あなたが異端児なのは知ってるけど、最低限の礼節はまもりなさい」

「まづ謝れ。あたしの家族を殺したことを」

「いいわよ」

 ツクヨミは膝を屈し、地面に両手をつく。しおらしく額を接地させる。しばらくして立ち上がり、着物の汚れを払いながら言う。

「どう、満足?」

「謝罪する人間の態度じゃない」

「人間じゃなくて神だし。ああそうか、おカネね。人間はみんなおカネが好きだもの。いくらにする? 百兆? それとも千兆?」

「てめえ……わかって侮辱してるだろ」

「うーん、私は姉上を取り戻したいだけなのにな。天の岩戸に入れるとは予想外だったわ」

「誠意を見せろ。できないなら五秒後に斬る」

「なんでこのコは上から目線なの。家族は宣言どおり殺しちゃったから、次はお友達かな」

 ツクヨミの舌が「友達」と発音した刹那、ジュンは得意の抜刀術で女神を斬り上げた。

 機関銃手の血脂がまとわりつく刀身が、四月の陽光を鈍く照り返す。手応えはない。ジュンの足許で、白い二メートルの大蛇がのたくっている。ジュンと目が合った白蛇は、這って竹林へ紛れこむ。

 またツクヨミの幻術に誑かされた。しかし、世界そのものがスクリーンに投影された映像だとしたら、人に対抗手段はあるのか。

 ジュンが叫ぶ。「くそがッ!」

 石室の前の坂道の上下を、SIGで武装した蝦夷兵が塞いでいる。与一がミニミ軽機関銃で応戦する。銃弾が飛び交うなか、ジュンは栄一に言う。

「お父さん、絶対助けるからね」

「ジュン、ありがとう。私の娘になってくれて」

「…………」

「おかしら!」与一が叫ぶ。「ミニミが弾切れ。さすがにもう限界」

 神術【ミカヅチ】。

 ジュンは怒れる迅雷となり、坂の上の敵をことごとく斬り伏せる。蝦夷の首や手足が、ヤマザクラの花瓣にまじり舞い散った。




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苑田 謙

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