『高天原ラグナロク』 第7章「アマテラス奪還」


登場人物・あらすじ


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 迷彩服を着たジュンが、半蔵門にある三十階建てのホテルの屋上から高天原城を見下ろす。アマテラスが天の岩戸に閉じこもるせいで、世界は闇に包まれたままだが、サーチライトが暗い叢林のあちこちで振られるのが見える。侵入者を警戒している。

 一週間前の「ヒノミコ作戦」の失敗により、東部方面軍は壊滅した。一万二千の兵員のうち、およそ三千名が戦死。司令官の坂上田村麻呂中将をふくむ二千名以上が捕虜となるが、即日全員が処刑された。さらに北海道と東北で蝦夷が蜂起、政府は東日本への支配力をうしなう。現在は首都機能と大本営を名古屋市へうつし、突貫工事で軍の再編成をおこなう。反攻開始まで、すくなくとも数週間かかる。

 一方の土蜘蛛は、権力基盤を確立してない。たとえば出雲市の治安維持をになう警視庁は、四万人以上の警察官をかかえる。蝦夷は一万弱の人員で、畏怖により彼らを服従させ、利益をちらつかせて動かし、一千三百六十万人の市民を統治せねばならない。つまり、数日で権力のピラミッドを構築するのは不可能であり、実際こうして「チーム・ミョルニル」の策動をゆるしている。

 ジュンがつぶやく。「不謹慎だけど、いまの情勢はおもしろい」

 第一の目標はアマテラスや父の救出だが、気質的に秩序より混沌を好むジュンは、錯綜した状況に昂奮している。守勢に回った蝦夷は弱いだろう。脆いところをつつけば、組織全体が崩れるはず。

 ジュンは薬ケースに入れてある、半蔵からもらった携帯保存食「飢渇丸」を口へ放りこむ。蕎麦と山芋と朝鮮人参を練ってつくる丸薬で、これ三粒で一日なにも食べずにすむらしい。熟してないバナナの様な風味がする。意外と癖になる味で、十粒つづけてぱくつく。

 通りかかった半蔵が、ジュンの側頭部を叩く。

「ドアホウ!」半蔵が叫ぶ。「リーダーが食糧を独り占めするとはなにごとだ!」

「だから叩くなよ、体罰教師!」

「だまれッ! つべこべ抜かすな!」

「……こわっ」

 七十五歳の半蔵が顔をしかめると、額に刻まれる無数の深い皺が、プールサイドの仄暗い照明にうかぶ。幾度も地獄を見た人間の顔だ。

「お前は若い。自分を知らないし、コントロールできない。だが部下にとってそんな事情は関係ない」

「たかが食い物ひとつでしつこいなあ」

「いいから話を聞け。一軍の将が卑しくては、兵はついてこない。誰がそんな人間のために死ぬか」

「あたしは軍人じゃないし」

「どの職業でもおなじことだ。つねに謙虚であれ。自分を律しろ」

「…………」

 ジュンは怪訝そうに半蔵の表情をうかがう。やけに口調に熱がこもっている。一種の遺言だろうか。敵が占領する城へ八人で飛び降りるのだから、たしかに高い生還率は期待できない。

 今回は後方待機する玉依が、ジュンにパラシュートを渡す。ジュンはそれを、装着ずみのハーネスのカラビナに繋ぐ。背中にPDWのP90を、腰に日本刀の鬼切を提げている。ほかのメンバーはM4カービンを装備しているが、ジュンは佩刀する都合上、小ぶりで取り回しのよいP90をえらんだ。本音を言うと、近未来的なブルパップ式のデザインが気に入っている。

 玉依が言う。「参加できなくて残念です」

「さすがに」ジュンが答える。「ぶっつけ本番でパラシュート降下は無理。留守番をおねがい」

「はい」

「もしあたしがやられたら、お父さんたちの救出はたまちゃんが引き継いで」

「無事を信じて、精一杯支援します」

 ジュンと玉依は右の拳をぶつけあう。ふたりはすでに同志だ。離れていても、互いが互いのため全力を尽くしていると信じられる。

 ジュンは助走をつけ、地上百四十メートルから虚空へ身を躍らせる。上昇気流に乗り、広大な森林へむかい滑空した。




 闇に紛れてジュンは着地する。パラシュートをたたんで茂みに隠し、乱れた木立を元にもどす。敵は異音を察知したろう。すこしでも時間を稼ぎたい。

 天までとどく宇宙の樹が、月明かりに照らされ屹立する。きよらかなエネルギーが巨大な幹に脈打ち、出雲市に張りめぐらされた根から真清水として流れ出る。信仰心の薄いジュンでも、間近に見ると神秘性に胸をうたれる。

 ヘルメットにとりつけられた暗視装置で、天の岩戸の周辺を観察する。鉄条網が張られ、二箇所に機関銃陣地がある。三脚架に乗せられたFN・MAGを手にする蝦夷が、異変がないか見張っている。SIG550をもつ七人がしゃがみ、それぞれ別の方向へ銃口をむける。不審者を発見したら即時に射撃できる厳戒態勢だ。

 ミニミ軽機関銃を装備する与一が、ジュンの隣に膝をつく。ベルトリンク式の給弾で制圧射撃をおこなう分隊支援火器だ。骨折が癒えたばかりだが、本体だけで七キロちかいマシンガンを何食わぬ顔で持ち運ぶ。

 与一が囁く。「守りが堅い」

「うん。逃げたくなってきた」

「おかしらが逃げたいならサポートする」

「冗談だよ。さっさとロリババアを連れ帰ろうぜ」

 鉄条網の向こう側に、三発続けて迫撃砲が着弾した。緑色のスクリーンがまぶしく輝く。半蔵が指揮する六名の別働隊による攻撃だ。苦痛の叫びが上がり、機関銃が応射する。さらに対戦車ロケット弾のM72が、別働隊により撃ちこまれる。

 ジュンが叫ぶ。「掩護して!」

 P90を手に獣道を駆け抜ける。背後の与一と敵陣地の蝦夷が、フルオート射撃で挨拶を交わす。敵のFN・MAGの方が三脚で安定し、より大口径な分だけ有利だ。距離をつめてプレッシャーをかけねば勝ち目はない。

 数秒走ったジュンは、小川の縁にできた斜面に身を隠す。蝦夷はあらたな脅威に反応し、7・62ミリ弾でもてなす。ジュンはP90を連射しながら、与一の前進を待つ。

 耳をかすめた銃弾が、黒髪を吹き飛ばすのを感じた。三センチずれてたら死んでいた。ジュンは闇のなかで蒼白となり、震え上がる。意識が飛び、本能だけが体をうごかす。

 スリングに右腕を通し、P90を背中へ回す。鬼切を抜き、絶叫しながら斜面を駆け登る。

 与一が叫ぶ。「おかしら、バカッ」

 鉄条網を一刀両断したジュンは、土塁を飛び越え、機関銃陣地の敵ふたりを斬る。

 背後で物音がした。与一よりずっと体重のある人間の足音だ。方向から考えて味方ではない。ジュンは血の滴る刀を右手で振りかざしたまま、左手で拳銃のファイブセブンを抜く。スライドを腿に押しつけてグリップを握り直し、直感を信じて後ろ向きに三連射する。

 5・7ミリ弾は防弾ベストを貫通し、蝦夷を斃す。SIG550を取り落として仰向けになり、酸素を求めてうめく男の頭を、納刀したジュンは両手で持ち直したファイブセブンで撃ち、苦悶から解放した。




 ミニミをもつ与一が、息を切らせて駆けつける。ジュンの肩を叩きつつ叫ぶ。

「おかしらはスプラトゥーンのやりすぎ! ゲーム脳!」

「ごめんごめん。頭真っ白になって」

「一回死んだ方がいい」

「そこまで言わんでも……おっと、それどころじゃなかった」

 まだ鼻息荒い与一に背を向け、ジュンは天の岩戸のタッチパネルを操作する。別働隊が交戦中らしく、森のどこかから銃声が響く。時間の余裕はない。

 画面にアマテラスの顔がぼんやり映る。長い金髪が乱れている。

「ひと月ぶりですかね」ジュンが言う。「そろそろ帰りましょう」

「玉依はおるか」

「たまちゃんはお留守番です」

「さっきからドッカンドッカン大騒ぎではないか。ぬしがいると碌な目にあわないから出とうない」

「外は太陽が登らなくてヤバいんすよ」

「わらわを閉じ込めた、ぬしのせいじゃ。どうなろうと知らん」

「神様がそんな無責任でいいんすか」

「わらわは最高神じゃ。世界で一番えらいんだから、好きにしていいのじゃ。はよう玉依を連れて参れ」

「このロリバ……いえ、なんでもないっす」

 ジュンは深呼吸し、荒ぶる感情を鎮める。玉依だったら、うまくなだめすかすだろう。ここに彼女がいない以上、自分がやらなきゃいけない。

 薬ケースに残っていた丸薬を頬張り、ジュンは画面にむかって言う。

「うん、やっぱイケる」

「なにを食べておる」

「忍者秘伝の飢渇丸です。カロリーメイトよりおいしいかも。あ、でも残りは一個だけかぁ」

 アマテラスが唾液を飲みこむ。ジュンは後ろ手に、ニンテンドー3DSを与一に渡す。ホテルの屋上で暇つぶしに遊んでいたのを、マガジンポーチに入れたままだった。ジュンはわざとらしく振り向き、ゲーム画面を覗く。

「こんなところでゲームか」アマテラスが言う。「ぬしらもまだ子供じゃな」

「ポケモンの新作が出たんですよ。いますっごいブームで」

「わらわはモンハンの方が好きじゃ」

「モンハンもありますよ」

 アマテラスがもぞもぞ体を動かす。にぎやかな雰囲気が大好きなのだ。記紀神話の時代には、裸で踊るアメノウズメが喝采をあびる様子に誘い出された。巨大な岩の扉をわづかに開けて外をうかがうと、待ち構えていたジュンに首根っこをつかまれ引っぱり出される。

 東の空が白み始める。群葉の隙間から、紅く燃える太陽が見える。一か月ぶりの日の出だ。だがこれでアマテラスの救出は筒抜けになった。敵が殺到するだろう。

 ジュンはアマテラスの手をとり、集合地点へ急ぐ。




 比較的警備の薄い城壁から脱出するため、ジュンとほかの二名は北へむかう。走りたいのはやまやまだが、傾斜や茂みを利用しながら慎重に移動する。接敵すればアマテラスを守るのは難しい。ただ好都合なことに霧が立ちこめている。半蔵が気温の変化などから濃霧の発生を予測し、決行日時をえらんだ。おそるべきは忍びの知恵だ。

 小鳥のさえずりが聞こえる。半蔵と示しあわせていた合図だ。ジュンはへたくそな口笛で応答する。

 別働隊の六名と合流する。警戒を解いてM4カービンの銃口を一時的に下げている。深刻なダメージを負った者はいない様だ。半蔵のM4は弾切れらしく、ハンドガンのM1911をもつ。

「ガバなんて使ってたんだ」ジュンが言う。「すげえカスタマイズしてある。ねえ、さわらせて」

「後にしろ」

 半蔵はジュンを冷たくあしらい、アマテラスの前に跪いて言う。

「陛下、よくぞ御無事で」

「娘たちが今回もがんばってくれた。例の件は調べがついたか」

「遺憾ながら疑いは晴れておりませぬ」

「そうか。ツクヨミはどこじゃ」

「ここで申し上げるのは憚りあるかと」

「こまったのう」

「断腸の思いでございます」

 アマテラスと半蔵はともに歎息する。ジュンはそれを横目で見ながらペリスコープを用意する。

 城壁の向こう側を観察しようと鏡筒をのばすと、集中砲火を浴びて対物レンズが破壊される。武装した集団が待ち伏せていた。

 背後で、枝が踏み折られる音がした。

 ジュンが振り返ると、着物を身にまとう土蜘蛛の細身のシルエットが霧のなかに浮かぶ。挑発的な笑みをたたえて佇んでいる。SIGをもった約四十人の部下を引き連れる。

 迷いながらジュンは鯉口を切る。ふたたび日が昇ったいま、神術は使用可能だ。だがひと月前に土蜘蛛と手合わせしたとき、ミカヅチは通じなかった。斬るべきか、斬らざるべきか。

 半蔵が敵を刺激しないようゆっくりジュンに歩み寄り、耳許でささやく。

「さっきの話を聞いていたか」

「意味わかんなかったけど」

「神々は滅びようとしている。俺は古い人間だから、そんな世界は見たくない。老い先も短いし、最後の槍働きをするつもりだ」

「なに言ってんの」

「世界がどうなろうとお前は生きろ。この国を再建しろ。困難だが、お前ならできる。教えるべきことはすべて教えた」

「やめてよ。戦うなら、あたしがミカヅチで突破口をひらく」

「神術は父親を救うのに温存しておけ。『鬼半蔵』と恐れられた男の死に様を見せてやる」

「死に様って……あっ」

 半蔵は戦闘服をめくって腹を出し、短刀を突き立てる。ためらいなく右に切り裂く。

 ジュンが叫ぶ。「半蔵先生!」

 神術【アマツクモイ】。

 激痛をこらえ仁王立ちする半蔵の体から、どす黒い煙が漏れる。獲物を襲う蛇のごとく煙は漂い、蝦夷の部隊を包む。わづかでも吸いこんだ者は脱力や麻痺をおこし、呼吸停止する。つねに大胆不敵な土蜘蛛さえ嘔吐し、のたうち回る。

 半蔵は自分の腸を切り取り、投げつける。

「わはは、これが貴様らがもっとも憎んだ敵のはらわただ! 好きなだけ食え!」

 力尽きた半蔵が前のめりに倒れる。

 ジュンはそれを抱きかかえて叫ぶ。

「半蔵先生……半蔵先生ッ!」

「ガバメントはくれてやる。形見にするがいい」

「そんなのいらないよ。そうだ、手当てしなきゃ。よいっちゃん!」

「与一、はやくこいつを連れて行け。うるさくてかなわん」

 涙ぐみながら与一はうなづく。強引にジュンの腕をとって引き摺る。もがき苦しむ敵と、息絶えんとする恩師を後に残して。

 ジュンの右手には血塗れのガバメントがあった。




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苑田 謙

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