『高天原ラグナロク』 第6章「戦乱」


登場人物・あらすじ


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 パイプ椅子を三つ並べ、テントの下でジュンが昼寝している。ただし、あたりは真っ暗だ。岩波文庫の『孫子』が顔にかぶさる。半蔵が読めと命じた課題図書で、二百ページに満たない薄い本だが、字ばかりの本は彼女にとって荷が重い。

 ジュンがいる国立昭和記念公園は、自然を愛するアマテラスがつくった緑ゆたかな広場だ。太陽が昇っていれば景観をたのしめたろう。防災都市である立川市の広域避難場所に指定されており、現在は陸軍東部方面軍の駐屯地として利用されている。隣接する立川駐屯地に司令部がある。あわただしく車輌や兵員が出入りするが、ジュンは眠り続ける。

 聞き慣れないディーゼルエンジンの音が耳に入り、ジュンは上体を起こす。105ミリライフル砲と左右に四本づつのタイヤをそなえた、装輪式の機動戦闘車が列をなして走る。ずんぐりむっくりした外観がジュンのお気にいりだ。

 隣で狙撃銃のストックを調整する与一の袖を引き、ジュンが言う。

「はじめて見たよ、機動戦闘車。かわいい!」

「あんな紙装甲じゃ使い道ない」

「高速道路も走れるし、市街戦向きでしょ」

「RPGくらえば終わりのポンコツ」

「それは10式も同じじゃん」

 与一は膝に置いていたレミントンMSRを、左手でテーブルへうつす。夜刀神との銃撃戦で骨折した右腕を、スリングで吊っている。休養を勧められたが、ジュンの護衛をすると言い張って同行している。

 大好きな10式戦車をコケにされ、与一は声を震わせる。

「おかしら、もっと勉強して。あのポンコツは自動装填装置がないから乗員四名。90式より遅れてる」

「そうかぁ? ひとりしか違わないよ」

「大体、二十六トンって戦闘車輌としては軽すぎ」

「よいっちゃんってカタログスペックしか見てないよね。要は戦車のコンセプトそのものが、ポスト冷戦期には時代遅れなんじゃない」

「くそうざ……そのペラペラ回る舌を切る」

 与一は立ち上がり、左手でナイフを抜く。

 テントに半蔵や玉依などが入り、第一国立銀行を襲撃したタスクフォースの九名がそろった。

「なに暴れてる」半蔵が言う。「お前らは仲が良いんだか悪いんだか」

 ジュンが答える。「お尻を預け合う戦友だよ」

「それを言うなら背中を預けるだ。あとお前の希望どおり、このメンバーでの作戦参加が認められた」

「やった」

「チーム名を決めておけ。今日中に報告する」

 頬を紅潮させたジュンが言う。

「実は考えてあるんだ……チーム・ミョルニル」

「ださっ」与一が言う。「いまどき北欧神話って。十六歳にもなってまだ中二病」

「う、うっさい! ミカヅチもミョルニルも雷だから似てんだろ」

「ぷぷっ、雷神トール……腹筋崩壊する……」

 ジュンと与一が取っ組み合いをはじめたところ、七名の陸軍高官がテントの外を通りかかった。東部方面軍司令官の坂上田村麻呂と参謀たちだ。坂上は髭もじゃの巨漢で、迷彩服の腹が突き出ている。

 飛び出したジュンが、高官たちの行く手に立ち塞がって言う。

「坂上中将! あたしの作戦計画書、読んでくれました!?」

「ああ、摂政殿の娘さんか」

「多摩周辺をパトロールする計画です。土蜘蛛はたぶん生きてます」

「状況は流動的だ。今作戦が終了したら検討する。参謀と話してくれ」

「何度も話してます。一個中隊くらい貸してください!」

「いそぐので失礼」

 高官たちの背中を見送るジュンは舌打ちする。テントへもどり、パイプ椅子を蹴飛ばして叫ぶ。

「あいつらどうしようもねえ!」

 半蔵が言う。「お前は怖いものなしだな」

「手柄を横取りしておいて、服部軍団の情報は無視する。冗談じゃねえよ」

「忍びの苦労がわかったろう」

「……いっそのこと乗っ取っちまうか」

 仲間の視線の半分がジュンに集中し、残り半分が天幕の外を見回す。シャレにならない発言だ。

 与一がぼそりとつぶやく。

「チーム・ミョルニル(笑)でクーデタをおこすってこと?」

「ミョルニルの発音に悪意を感じるけど、まあそうだよ。敵が仕掛けてくるのをじっと待つなんて、性に合わない」

「神術を使えれば勝算あったかも」

「うまくいかねーな」

 ジュンは倒した椅子を置き直して座る。ジュンと玉依以外のメンバーは、訓練に出かける用意をしている。

 ジュンが半蔵に言う。

「あたしも行くよ。思いきりぶっ放したい」

「お前はその本を読み終われ」

「もう読んだし」

「嘘つくな。知らない漢字は玉依に聞け」

「うげぇ」

 ジュンはうなだれる。題名の読み方さえ、「そんし」か「まごこ」か分からない。全部読むまで何日かかるやら。




 「勝利者がいよいよ決戦となって人民を戦闘させるときは、ちょうど満々とたたえた水を千仞の谷底へ切って落とす様な勢いで、そうした突然の激しさへと導くのが形(態勢)の問題である」

 ジュンは六十二ページまで読んだ文庫本を投げ出し、テーブルに突っ伏す。まだ百二十ページ残っている。しかし、書物から戦略を学ぶなんて徒労としか思えない。仮にじゃんけんでグーを出すのが軍事の常識だとする。こちらはパーを出せば勝てるではないか。ナンセンスだ。

 ランプに照らされるテーブルの向かいで、学院のジャージと制服のスカートを身につけた玉依が、背筋をのばし分厚い本に没頭している。暇さえあれば本を開くタイプだ。

 ライバル同士の家系に生まれたふたりは、性格も正反対。直接の知り合いになったら案の定、反りが合わなかった。半蔵がジュンを残したのは、ギクシャクした関係を改善する機会をあたえたのかもしれない。

 視線を感じた玉依が顔を上げ、ジュンに言う。

「岩波文庫には古今東西の叡智が詰まってます。いっぱい読むといいですよ」

「うそ、エッチが詰まってるの?」

「すみません。ジュンさんには縁のない話でした」

 ジュンが目を輝かせて叫ぶ。

「いま名前で呼んでくれた! うれしい!」

「お城であなたがそう要求したじゃないですか」

「そうだっけ」

 玉依は溜息をつき、手許の本に目を戻す。

 ジュンと接していると疲れる。玉依がだれかと仲良くなる場合、相性を見極めつつ徐々に親交をふかめてゆく。馴れ馴れしく名前呼びしておいて、あっさりそれを忘れたジュンは無神経だ。

 目を細めて玉依の本の背表紙を見ていた、ジュンがつぶやく。

「『光速より速い光』って中二病なタイトルだね」

「中二病。そうゆう病気があるんですか」

「うん。中高生が北欧神話や古代ユダヤ教とかにかぶれると危険らしいよ」

「これは宇宙論の本ですが」

「うちゅうろん?」

「物理学の一種ですね」

「あははっ」

「冗談ではなく」

 ジュンは唖然として玉依を見つめる。異星人と対面しているかの様に。ブツリガクとかゆうジャンルの本を読むなど拷問としか思えない。

「かわいそすぎる」

「あの、意味がよくわかりません」

「半蔵先生に強制されたんでしょ」

「私は科学が好きなんです。本当は理論物理学者になるのが夢だったんですが、忌部の娘である以上我儘は言えませんので」

 玉依は人の目をまっすぐ見て話す。ジュンはテーブルの下に避難したくなる。十六年の人生で我儘しか言ってない気がする。

「たまちゃんはすごいなあ」

「あなたもいづれ政界へ入るでしょう」

「まさか!」ジュンが笑う。「あたしみたいなバカが政治家になれるわけない」

「でも御両親はなんと?」

「お母さんはともかく、お父さんには甘やかされてるから。妹の方が向いてそうだし……」

 あふれ出した涙を、ジュンは曲げた腕で隠す。母と妹は蝦夷に殺され、父は囚われの身だ。特に妹のスミレを思うと感情を抑えられないのに、つい口にしてしまった。

「ごめんなさい」玉依が言う。「辛いことを思い出させて」

「大丈夫。たまちゃんと立場はおなじだもん。でも……」

「でも?」

「あの日、お母さんとケンカしたんだ。最後にお母さんに言った言葉が『ほっといてよ』なんだ」

「ジュンさん……」

「死ねばお母さんに会えるかな。お母さんに会いたい。会って謝りたい」

 ジュンは平常心を維持できず、はげしい嗚咽をもらす。玉依はジュンの隣に座って震える肩を抱き、そっとささやく。

「ずっと苦しんでいたんですね」

「あたしは最後の最後までお母さんに迷惑かけて、悲しませた」

「そんな風に思うはずありません。お母様は貴族らしい、立派な最期を遂げたと聞いています。ジュンさんはこうゆう言い方を好まないでしょうが」

「ううん。お母さんが聞けば喜ぶよ。たまちゃんみたいなコが娘ならよかった」

「必要以上に自分を責めないで。私たちが生き残ったのも、神々の思し召しです。力を合わせて前向きに生きてゆきましょう」

「……強いな、たまちゃんは」

 玉依はきょとんとし、首を傾けて尋ねる。

「強い? 私がですか? 武器を取って戦うこともできないのに?」

「めちゃくちゃ強いよ! いつも自信満々で、将来の目標に向かってがんばってる」

「あなたには自信満々に見えるんですね」

「ちがうの?」

「自信なんて持てるわけないです。この乱れきった世の中で。将来を思うと不安でしかたない」

「あたしもそう」

「私はジュンさんが羨ましかった。おなじ名門の生まれなのに、自由奔放に生きていて」

「全然奔放じゃないよ。コンプレックスの塊だよ」

「じゃあ、おたがい誤解してたみたい」

 犬猿の仲だったふたりは、手を取り合って笑った。




 泣き疲れて喉が渇いたジュンは、クーラーボックスからウィルキンソンのジンジャーエールの瓶を取り出す。イスラエル製のアサルトライフルである、ガリルARMのハンドガードを栓抜き代わりにして開栓する。百九十ミリリットルを一気に飲み干す。

 緑の王冠がテーブルに五つ散らばる。ジュンはげっぷをしながら、首都圏の十万分の一地図に王冠を布置する。中心の高天原城にひとつ、その周囲を時計回りに、さいたま・松戸・川崎・高尾山に四つ。さらにお茶の綾鷹のペットボトルの白いフタを、現在地である立川に三つまとめて置く。

 玉依が尋ねる。「なにしてるんですか」

「緑の王冠が蝦夷の部隊で、それぞれ人員は二千名。白いフタが政府軍で、人員は四千名」

「シミュレーションですね。我が軍は勝てますか」

「模擬戦してみよう。あたしが蝦夷をやる。土蜘蛛の次の一手の予想をメモするよ」

 ジュンは各部隊の行動をメモアプリで入力し、アイフォンをテーブルに伏せ、背もたれに寄りかかる。意地悪な微笑がランプの光に浮かぶ。

 玉依は地図とコマを注視する。兵力は一万二千対一万で政府軍が有利。しかし西側の高尾山に敵が潜伏しているのが不気味だ。背後を気にしつつ高天原城を奪還せねばならない。

 玉依が唸る。「うーん」

「そろそろ時間切れ。あと罰ゲームを決めよう。そうだなあ……負けた方が恋バナするってのはどう」

「えっ」

「マジメなのは知ってるけど、そんだけ可愛いんだから何かあるでしょ」

「まったくありませんよ。忌部の娘が軽はづみなことはできません」

「噂は聞いてる。いろんな男子から告白されて、片っ端からフッてるって。でも好きな人はいるよね。たまちゃんだったら、学院の先生とかかな」

「し、失礼な! 怒りますよ!」

 図星だったのか、玉依はテーブルを叩いて立ち上がる。心理戦で揺さぶりをかけられていると気づいてない。

 にやつくジュンが、地図を指差して言う。

「ほら、たまちゃんのターン」

「まったく……私は先輩なのに」

 玉依は二十三区と多摩地域の境目あたりに、白いフタを縦に三つならべる。

 ジュンは腕組みしてつぶやく。

「ありゃりゃ。デブ中将の戦略と変わんない」

「部隊を三つに分けた、現行の作戦は合理的だと私は考えます。南北の敵が脅威なのは事実ですから。ただし、多摩地域に伏兵がいるとゆう情報をふまえ、川崎と高尾山の中間に右翼を配置します」

「どっちが出てきても対応できる様にすると」

「はい。敵が拠点を動かなければ左右両翼を閉じ、高天原城を包囲します」

「なるほどね。では正解はこちら」

 ジュンはアイフォンのメモを玉依に見せ、緑の王冠を動かす。川崎と高尾山の部隊が政府軍の右翼を、松戸とさいたまの部隊が左翼を挟撃する。

「そんな!」玉依が叫ぶ。「敵は松戸から、こちらの左翼を迂回できる機動力があるんですか!?」

「そこに書いてあんでしょ。北海道で鹵獲した90式戦車が、松戸に配備されてる。機甲部隊の指揮官は、ピンク髪の夜刀神。たぶんいまごろは、北部戦線を電撃的に蹂躙してる」

「栄光ある日本軍が、蛮族に敗れるはずありません!」

「だといいよね。でも現実は、両翼ともに同数の兵力で包囲攻撃されてる。本隊の退路が断たれるのも時間の問題かな」

 右腕をスリングで吊った与一が、訓練場からテントに戻ってきた。ジュンにささやく。

「後期高齢者から伝言」

「なに」

「サイパン失陥」

「あーあ」

 ジュンは地図をたたみ、糧食をリュックサックに詰め、ガリルの弾薬を掻き集める。

 不審がる玉依に向かって言う。

「たまちゃんも逃げる準備して」

「どうゆうことですか? まだ作戦は始まったばかりでしょう」

「とにかく急いで。へたすりゃ全滅だよ」

「いくらなんでも」

「ハンニバルは五万の軍勢で八万の敵を包囲殲滅した。ウチらがローマ軍より強いと言える?」

 半蔵が、紅梅学院の教え子五人をつれて駆け戻る。息を切らすが笑顔を浮かべ、ジュンに尋ねる。

「帰り支度はできたか」

「うん。でもなんで嬉しそうなの」

「これを喜ばずにいられるか。名将と相対するは武人の本懐」

「マゾかよ」

「まあ小娘にはわかるまい」

 あわてて荷物を片づける玉依が、綾鷹のペットボトルをテーブルから落とす。空中でそれをつかんだジュンが言う。

「恋バナの約束、忘れないでね。あとでじっくり聞かせてもらうから」




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