『高天原ラグナロク』 第5章「祝宴」


登場人物・あらすじ


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 グレーのパーカーに黒のショートパンツとタイツを合わせたジュンが、京王線調布駅の改札を抜け、地上に出る。あれから十日経ったが太陽は戻らない。まだアマテラスが無事で、天の岩戸に立て籠もっている證拠でもあるが。

 時計は午前十一時を指すが、街灯がともり、自動車はヘッドライトをつけて走る。SIGを提げた蝦夷が、六人で北口周辺を警備する。通行人は異変を見て見ぬふりしつつ、自分たちの日常を生きる。終わらない日蝕。支配者の入れ替わり。それがなんだと言うのか。

 蝦夷はおよそ二千名の兵員で高天原城を占拠しつづけている。そして城を囲む様に、松戸・さいたま・調布・川崎の四都市を陥落させた。彼らの戦術は単純だ。爆薬をのせたトラックで突破口をひらいたあと、戦闘員か非戦闘員かを問わず大量殺戮をおこなう。蝦夷の暴力性はプロパガンダで知れ渡っており、軍や警察は逃散する。斬首映像にキャスティングされやすい高官ほど逃げ足が速い。占領後は街のあちこちに狙撃手を配置し、簡易爆弾をばら撒き、市民から抵抗の意欲を奪う。

 ジュンはパルコを通り過ぎ、服部半蔵と連れ立って大通りを歩く。すれちがう人間の表情をさりげなく観察する。調布はすでに敵地であり、ジュンはショートパンツの背中側に、ハンドガンのFNファイブセブンを差す。鬼切は佩いてない。アマテラスを幽閉して以来、神術がつかえないから無意味だ。

 ベルベットのジャケットを着た半蔵に尋ねる。

「先生は武器なに持ってんの」

「愚問だな。忍びはこの体が武器だ」

「忍術じゃ銃に敵わないでしょ」

「お前はわかっとらん」

 自動ドアをくぐりドコモショップに入る。日曜のわりに空いており、すぐカウンターへ案内される。

 向かいに座った黒縁メガネの女店員が言う。

「シロウサギ」

 半蔵が答える。「ヤタガラス」

 それは合言葉だった。半蔵が統率する忍者軍団は全国の携帯ショップを根拠地とし、情報収集にあたっている。政府中枢はおろか、アマテラスやツクヨミさえ、このスパイ網の実態を知らないはず。

「半蔵様。こたびの落城、無念でございます」

「取られた城は取り返せばよい。ひさびさに燃えておるよ」

「たのもしいお言葉です。で、こちらのお嬢さんは」

「俺の弟子だ。中臣ジュンと言う」

「くの一ではなさそうですね。わたくしが同行した方がお役に立てるのでは?」

「こいつは若いが腕はいい」

 店員は眼鏡ごしに、殺意のこもった視線をジュンに投げる。暗殺術を使用されては厄介なので、ジュンは愛想笑いを返す。

 半蔵が言う。「手短に状況報告してくれ」

「申し上げるのは心苦しいですが……」

「女房のことか」

「はい。御自宅で蝦夷に拉致され、いまは浅草凌雲閣で監禁されている模様です」

「あれに人質の価値などあるものか。七十のババアが死んだところで誰も悲しまん」

「そうゆうこと言うなよな」ジュンが言う。「あたし奥さん大好きなのに」

 半蔵は隣のジュンをにらむ。険しい目つきに浮かぶ怒りに、ジュンは身をすくめる。

「つねに権力者は忍びを使い捨てにする。だから保険はかけてある。むざむざ殺されはすまい」

「ごめん。怒ってないわけないよね」

 服部軍団の調べによると、中臣栄一や忌部広正など拉致された政府高官は、高天原城のどこかに拘禁されている。さらに蝦夷は天の岩戸の破壊を試みたが、シェルターは高性能爆薬に耐えた。アマテラスは生存していると考えられる。いまのところマスメディアや国民は中立的で、事態を静観している。報復を恐れており、大規模な抵抗は見られない。

 ジッパーケースにいれた書類をカウンターにのせ、店員が言う。

「偽の身分證を用意しました。これで午後一時から始まる結婚式へ潜入できます」

 半蔵が尋ねる。「本当に土蜘蛛が出席するのか」

「イヅモマートCEOの娘と、蝦夷の幹部の挙式です。占領政策的に見て、外せないでしょう」

「あいわかった。御苦労」

「決死の覚悟で精勤いたします」

 店員は席を立ち、新規契約をしに来た客の相手を何食わぬ顔ではじめる。

 ジュンはそれを横目で眺めつつ、ドコモショップを後にする。情報や兵站を組織的に提供されてはじめて、喧嘩師は存分に戦える。相互依存しながら勝利をめざす。




 ホテルの庭園の上方に電線が張られ、ランプが数十席のテーブルを照らす。着飾った老若男女が飲食をふるまわれ、談笑する。フェイスペインティングをした新郎と、肩を出したデザインのドレスを着た新婦が、緊張の面持ちで雛壇の上に並んで座る。ある意味異様で、ある意味幸福な光景だ。

 ジュンは赤のドレープワンピースを着ている。靴は慣れないパンプスだが、持ち前の運動神経でなんとか履きこなす。よろけたら蝦夷に疑われてしまう。半蔵はダークスーツでキメている。ふたりとも変装を施し、ジュンは二十歳ほど老けて、半蔵は二十歳ほど若く見える。夫婦になりすまして受付を通過していた。

 ピンク髪の頭に包帯を巻いた夜刀神が、ターンテーブルをうごかしDJをつとめる。ロシア語のダンスミュージックを大音量で流している。

 ジュンは夜刀神から視線を逸らす。憎いが手強い敵だ。煮えくりかえる復讐心のせいで、変装を見破られる恐れがある。いまの任務は、リーダーの土蜘蛛の所在を確認し、空爆を要請してホテルごと抹殺することだ。

 半蔵の左腕にしがみつき、ジュンが言う。

「えへへ、なんかたのしい」

「そんなにくっつくな。結婚して長い夫婦はベタベタしないもんだ」

「ラブラブな夫婦って設定にしよ」

「真面目にやらんか」

 通されたテーブルに若い男女の相客がいる。どちらも金髪で、男は蝦夷の恰好をしている。酩酊した男が、恋人らしき女の体に触る。ジュンがすでに九人の同胞を斬った敵だと、露ほども気づかない。

 コンビニチェーンのイヅモマートのCEOで、新婦の父親である岩崎弥太郎が壇上でマイクをもつ。ゆたかな口髭をはやし、恰幅がよい。

「私は悪口を言われている。国賊だなんだと。連中は何もわかってない。私は百年先を見越して経営判断をしている」

 イヅモマートは、御神木と真清水のビジネスを独占する契約を蝦夷とむすんだ。岩崎の息のかかった報道機関が、記者を式場に送りこんでいる。カネの匂いに誘われた虫どもが、この政略結婚を祝福しにあつまった。

「土蜘蛛氏には」岩崎が続ける。「経営の才能がある。ビジネスの世界に入っていれば、スティーヴ・ジョブズを超えたにちがいない天才だ」

 スポットライトをあびて土蜘蛛が登壇する。招待客は満場のスタンディングオベーションでむかえる。だれが今日の主役かわからない。

「ありがとう」土蜘蛛が言う。「どうか席について、美食を堪能してください。そして岩崎先生にこそ盛大な拍手を!」

「いやいや」岩崎が答える。「私はふつつかな娘をもらっていただいた、幸運な父親にすぎない」

「岩崎先生は、僕が敬愛する恩師です。国家も企業も、その運営の極意はおなじ。これからもよろしく御指導ください」

「切磋琢磨しあいたいですな」

「たとえば僕は教わったとおり、部下が提出した伝票のすべてに目を通してます。ほら、この様に」

 土蜘蛛が懐から紙の束を出すと、式場全体で笑いがさざめく。経営の方はともかく、演説の才能があるのはたしかだ。

 半蔵に老け顔の変装を施されたジュンは、茶番に対する舌打ちをこらえる。蝦夷の残虐性を批判してたやつらが、金銭欲に駆られてはやくも靡いた醜悪さは耐えがたい。

 ジュンはナイフとフォークを握りしめる。厳重なボディチェックが予想されたので丸腰だが、神術ミカヅチを使わずとも、土蜘蛛と夜刀神とあと何人かを殺す自信がある。脱出する前に果てるだろうが、一人十殺なら悪くないキルレシオだ。

 同席のカップルが、浮かれた雰囲気に煽られてベッタリと抱きあう。人目もはばからずディープキスをはじめる。

「おい」半蔵が囁く。「ここを出るぞ。まづお前がトイレに行くふりしろ」

 土蜘蛛がマイクを持ったまま雛壇を下り、ジュンのいるテーブルへ近づく。鍔のない短刀を片手で抜き、気配すら察してない男の背中を斬る。男は目を見開き、無言で芝生に崩れる。女が悲鳴をあげる。

 マイクにむかい土蜘蛛が言う。

「見苦しいものをお見せした。武人はストイックでなければならない。堕落すれば味方だろうが斬る」

 静まりかえった式場を、ピンクの髪の夜刀神が大股で横切る。仰向けでもがく男に、大型リボルバーであるスーパーレッドホークの全弾六発を放つ。熱くなった銀色の銃身を、愛おしげに舐める。

「さいっこう……」夜刀神がつぶやく。「44マグナム弾の反動に優る快感はありませんわ……」

 うつむいてテーブルクロスを凝視するジュンを見下ろし、再装填しながら夜刀神が声をかける。

「そこの赤いドレスのあなた。あなたも共感できるのではなくて? セックスなんて退屈でしょう」

 ジュンは答える。「愛があればいいんじゃないですか」

 半蔵がテーブルの下でジュンの脚を蹴る。異常に負けん気の強い弟子のせいで、銀行のときと同じく作戦が大混乱におちいった。

「失礼ながら、あなたは四十歳くらいとお見受けしますが、まだ女として愛されてるんですの?」

「まあ一応」

「うらやましい。女であることを否定されたわたくしとしては」

 夜刀神はサラファンの袖をまくり、無慙に皮膚がただれた腕をみせる。

「十四歳のとき」夜刀神が続ける。「あたくしは戦乱に巻き込まれ、政府軍による拷問をうけました。左目をえぐられ、硫酸の浴槽に漬けられましたわ」

「それはお気の毒に」

「醜いあたくしを土蜘蛛さまは拾ってくだすった。日本を滅亡させ、土蜘蛛さまの理想を実現するのが、あたくしの使命ですの」

「はあ、がんばってください」

「だから邪魔者は容赦しません。特に嘘つきは大嫌いでしてよ」

 半蔵が口に含んでいた針を吹き、夜刀神の右目に突き刺す。夜刀神はあっと叫び、両手で顔を覆う。

 ジュンと半蔵は生垣へ飛びこみ、ホテルの庭園から抜け出した。




 不馴れなパンプスでは全力疾走できないため、ジュンはヒールを折って走りやすくする。振り返ると、路上に追手の姿はない。

 空軍の入間基地に電話連絡をすませた半蔵が、ジュンの後頭部を叩いて言う。

「このドアホウ!」

「いってえな」

「潜入中に喧嘩を売るバカがいるか!」

「だってあいつは……」

「お前がいると命がいくつあっても足りん」

 街のそこかしこで何かが燃やされ、煙が暗闇に立ち昇る。刺激臭があたりに充満する。

 ジュンがつぶやく。「なんだこの煙」

「タイヤを燃やしている。蝦夷のよくやる手だ」

 入間基地から飛来した二機編隊のF-35AライトニングIIが、超音速で上空を通過し、轟音で耳をつんざく。置き土産のレーザー誘導式の爆弾が炸裂、七階建てのホテルを一撃で粉砕する。調布市街がはげしく揺れる。

 逃走中の足をとめ、ジュンが言う。

「やりやがった」

「たまには空軍も仕事をせんと」

「土蜘蛛、死んだかな」

「わからん。しぶとそうな男ではある」

「あいつの正体は……」

「なんだ」

「ううん、ひとりごと」

 神術を凌駕する技をつかえるのは、神だけだ。つまり土蜘蛛も神ではないか。しかし忠誠心の篤い忍びである半蔵にその疑念をつたえれば、困惑させるだけだろう。

 ジュンはふたたび駆け出す。爆撃の付随被害をかんがえると気が重い。内戦が長引けば、犠牲者はもっとふえる。

 まだ土蜘蛛が生きてるなら、とどめを刺すのはあたしだ。




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