『高天原ラグナロク』 第4章「天の岩戸」


登場人物・あらすじ


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 第一国立銀行での騒動から三日経った。蝦夷は今のところ鳴りを潜めるが、まだ人質は解放されてない。生存證明くらい出来るだろうに、技術的なトラブルを言い立て引き延ばしている。

 土蜘蛛が率いる武装集団は、茨城県を中心とした北関東の各都市を制圧した。彼らは国家建設をめざしている。経済基盤を確立し、行政制度を組織し、独自の法を執行する。

 もし日本政府が内戦へ突き進めば、蝦夷の民族的ルーツである東北・北海道地方は呼応して立ち上がるだろう。おそらく泥沼の長期戦となる。アマテラスの譲歩は弱腰にみえるが、その背景には政情に対する深い洞察がある。敵を北海道へ押し込め、干上がるのを待つ戦略は理にかなう。

 カレンダーは三月になったのに、出雲市は雪がふっている。薄着を好むジュンも、黒のダブルボタンの外套を着込む。警備の任務に駆り出されており、かじかむ手でP90をもつ。

 ジュンと先日のタスクフォースのメンバーは、高天原城外苑と宮内庁の間にある坂下門を守る。外苑では約二千人の見物客が、日の丸と星条旗を手にする。宮殿を訪問中のアメリカ合衆国大統領ジョン・ピーチを見にあつまった。言うまでもなくアメリカは重要な同盟国であり、御神木や真清水のビジネスもあらたにはじまる。くわえて摂政が不在。アマテラスは式典に出席せざるをえない。

 ベージュのワンピースを着た、腹のふくらんだ女が花束をもち、立ち入りを禁止するロープをくぐる。妊娠中の様だが髪を赤く染め、傘も差していない。二名の衛士が追い返そうとするが、女は従わない。花束をピーチ大統領へ直接渡したいらしい。

 ジュンはヘッドセットを通じ、富士見櫓で監視する那須与一に話しかける。

「よいっちゃん、あの女見てる?」

「もち」

「武器が見えたら撃って」

「いえすまむ」

 与一は濠をへだてた三重の櫓から、土橋である坂下門橋の端から端まで射界におさめる。狙撃銃のレミントンMSRを装備している。短気なジュンとちがい冷静沈着。頼りになる相棒だ。第二次世界大戦を愛するミリオタの変人なのに目をつぶれば。

 約百五十年前、この門外で老中安藤信正が襲撃され、負傷する事件がおきた。襲ったのは水戸藩の浪士ら六名で、全員が闘死した。集合に間に合わなかった川辺左次衛門も、その日に長州藩邸で切腹するとゆう凄まじさだった。

 ジュンは双眼鏡で妊婦を観察している。女が攻撃してくると九割方確信していた。あの大胆不敵な土蜘蛛がリーダーなのだ。敵は和平に応じるふりをしてるだけだ。しかし確率九十パーセントでは撃てない。本当に妊婦なら、胎児まで死んでしまう。

 女の足許に目を留める。ピンヒールを履いている。

「まちがいない」ジュンは言う。「蝦夷だ」

「いいの?」

「責任はあたしがとる。殺れッ」

 言い終わらぬうちに338ラプア弾が女の頭部を貫通し、降る雪を血飛沫でいろどった。

 ジュンはゆるやかな坂を駆け下りる。狙撃に呆然とする衛士を突き飛ばし、倒れた女のワンピースをナイフで切り裂く。ダイナマイトらしき爆薬十本がテープで腹にくくられている。

 脳を半分うしなった女が、爆薬の雷管につながるスイッチをもとめ、地面を引っ掻く。その執念に敬意をおぼえつつ、ジュンは5・7ミリ弾を浴びせた。

 外苑の人集りから悲鳴があがる。群衆を蹴散らし、骨組みだけで装甲のないバギータイプの軽攻撃車輌があらわれる。後部の射手席にいる蝦夷が、M2重機関銃の照準をあわせる。

 ジュンは背後の味方にむかい叫ぶ。

「五十口径!」

 M2が過剰な暴力を行使する。粘土細工の様に人体がちぎれ飛ぶ。ジュンは足をすべらせながら、門の近くへもどる。橋の上は遮蔽物がない。

 衛士が門を閉じようとしている。早く来いとジュンを手招きする。

 ジュンが叫ぶ。「閉めるな! 反撃しろ!」

 迫撃砲弾が門の向こう側に弾着し、炸裂した。衛士の右手が吹き飛び、焼けただれて雪の上で湯気を立てる。砲弾はつづけて五発落ちる。坂下門の左半分が崩壊する。

 M2の銃声がやんだ。うずくまるジュンが軽攻撃車輌を見ると、射手がパイプに倒れかかっている。与一が射殺した。

 ピンクの髪で眼帯をつけた夜刀神が、仲間を引きずり下ろし射手席につく。M2を富士見櫓へむけて連射し、漆喰の壁を蜂の巣にする。

 ジュンの顔が醜く歪む。サラファンを着たあの女は、母と妹を殺し、父を拉致した主犯だ。絶対殺す。

 ヘッドセットから与一の落ち着いた声が聞こえる。

「おかしら……多分これは陽動」

 与一の言う通りだった。火力の激しさの割りに、展開する兵員がすくない。アマテラスをかどわかすのを目的とする本隊が、城のどこかに浸透してるのだろう。土蜘蛛はそっちにいる。

「でも」ジュンは答える。「あいつだけは、あいつだけは許せない」

「ピンク女は私が殺る。おかしらはロリババアを助けに行くべき」

 与一は、ライフル一挺で重機関銃に挑むつもりだ。命懸けの後輩に対し、自分の都合ばかり言えない。

「くそッ……くそッ」

「おかしら、はやく」




 宮殿の東庭に十二の死体が散らばる。全員がアメリカ国籍だった。第四十五代アメリカ大統領ジョン・ピーチは蝦夷にSIG550を突きつけられ、十三番めの死体になりかけている。

 元駐日大使のピーチは、流暢な日本語で土蜘蛛を脅迫する。

「アメリカを敵に回して未来があると思うか」

「ああ」土蜘蛛が答える。「貴国が敵役をじょうずに演じるのを期待してるよ」

 肥満体のピーチが銃殺される瞬間を、蝦夷はビデオで録画した。

 アマテラスと側近の四人が、寒空の下で震える。聡明さを買われ、秘書をつとめはじめた忌部玉依もいる。

 フェイスペインティングをした土蜘蛛が、アマテラスに言う。

「陛下、お迎えにあがりました」

 ブレザーの制服を着た玉依が、銃口を恐れず土蜘蛛に向かい一歩踏み出し、高飛車に言う。

「卑怯者! 和平協定を破るとは、禽獣にも劣るふるまい」

 土蜘蛛が答える。「結婚は最高の講話では?」

「蛮族ごときに、陛下の気高き御心は理解できません。手籠めにされる前に自害なさるでしょう」

「えっ」アマテラスがつぶやく。

 土蜘蛛が尋ねる。「本当ですか、陛下?」

「うん、まあ、ありえなくもない」

「それはこまったな」

「かわりに」玉依が言う。「私があなたの妻になります。家柄やその他に不足はないはずです」

「ほう」

 土蜘蛛は玉依を値踏みする。身だしなみに隙がない。とびぬけた美人ではないが、知性や清潔感が彼女を魅力的にみせる。蛮族だと蔑み、親の仇でもある男のもとへ嫁ぐと、みづから申し出る犠牲心が燃えたぎっている。

「玉依」アマテラスが言う。「そこまで忠義立てする必要はない」

「ふふふ」土蜘蛛が笑う。「実に悩ましい」

「なにがおかしい」

「腐敗したこの日本で、少女たちだけは清らかさを保っている。破壊するに忍びない」

 蝦夷の背後に、得意のボルダリングで石垣をこえたジュンが忍び寄っていた。鬼切を抜いて言う。

「ここにもかよわい乙女がいるぜ」

 神術【ミカヅチ】。

 ミカヅチの使用中、一呼吸分だけ時間はとまる。降雪が空中で静止している。マネキン人形と化した五人の蝦夷を斬り伏せる。最後に土蜘蛛の胴を真横に撫で斬りにした。

 まったく手応えがない。

 胴の切断面から刃に、白い糸がからみつく。蜘蛛の巣だ。両腕をつたい糸がひろがる。ジュンは鬼切を捨て、体に粘着する異物をはらう。もがけばもがくほどまとわりつき、身動き取れない。蜘蛛の巣は顔面を覆い、ジュンを窒息させる。

 ジュンは叫ぶ。「うわああっ」

「大丈夫ですか」玉依が言う。「さっきから様子がおかしいですよ」

「……あれ?」

 ジュンは尻餅をついていた。まわりにアメリカ人十三名と蝦夷五名の死体が散乱する。土蜘蛛の姿はない。

 そんなバカな。神の力が催眠術みたいな手品に打ち消されるんて。ひょっとして土蜘蛛も神術の継承者なのか。でも蝦夷が審神者のわけない。

 坂下門の守りを突破した軽攻撃車輌が、右手の二百メートル先にあらわれた。射手席の夜刀神は、眼帯をつけた顔をおのれの血で濡らしている。与一との撃ち合いに勝ったらしい。

 ジュンは鬼切を鞘に納め、アマテラスに言う。

「吹上まで走りますよ」

 玉依が言う。「私も参ります」

「わるいけど……」

「足手まといと言いたいんですか。スパイの疑いがあるあなたは信用できません。さっきも土蜘蛛を逃がした様ですし」

 玉依は、蝦夷の死体から奪ったSIGのコッキングレバーを引く。戦闘力はゼロなのに、重火器を装備する敵にすすんで立ち向かう。ウマは合わないが、彼女の使命感にジュンも舌を巻く。

「たまちゃんは」ジュンが言う。「半蔵先生を呼んで。今回も軍の出動が遅い。陰謀の匂いがする」

「た、たまちゃん!?」

「あたしはジュンでいいよ。じゃ、おねがい」

 外套を脱ぎ捨たジュンは、アマテラスの手を引き、雪雲を突きぬけて聳える巨樹の方へ疾走した。




 鬱蒼と茂る森林の樹冠にさえぎられ、吹上はほとんど積雪していない。起伏にとむ地形は潜伏に向いており、一か月くらいゲリラ戦術で粘れそうだ。

 アマテラスは、長身のジュンの腰のあたりから見上げて言う。

「どこへ行くのじゃ」

「天の岩戸。気になる木の根元にあるんでしょ」

「あそこへ閉じ込めるつもりか」

「古事記に書いてありますよ。外から絶対開けられないシェルターだって」

「いやじゃ! あんな暗くて怖いところに二度と入りたくない!」

「わがまま言わないで」

 むづかるアマテラスを引きずり、ジュンは湧水の流れ出る岩場へたどりつく。鳥居の奥にある洞窟は、二枚の岩でふさがれている。脇にタッチパネルを見つける。

「意外と近代的だな」ジュンがつぶやく。「これを操作すればいいんですよね?」

 アマテラスは無言でうなづく。画面をフリックすると、神通力で岩の扉が音を立てて開く。巨大なムカデが数十匹這い出してくる。

「ギャーッ」アマテラスが叫ぶ。「これなら捕虜になった方がマシじゃ!」

「土蜘蛛に拉致られてもいいんですか? 合法ロリだから、やりたい放題ですよ」

「ぬしが神術でどうにかせい」

「時間がないんです」

「いやなものはいやじゃ」

「うるさい! 空気読め、ロリババア!」

 ジュンに頬を平手打ちされ、アマテラスは泣き止む。うなだれながら洞窟へはいると、岩の扉が自動で閉まる。振り向いて、鼻をこすりつつ言う。

「ぬしは乱暴だが、わらわのため体を張ってくれる。感謝しておるぞ」

「こちらこそ叩いてすみません。すぐカッとなっちゃうんで」

「ジュンよ、日本を守ってくれ」

 扉が閉じる。まだ昼すぎなのに、出雲市は底知れぬ闇につつまれる。

 無限の日蝕がはじまった。




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