『高天原ラグナロク』 第1章「蝦夷」


登場人物・あらすじ


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 中臣ジュンは、土塁の上の石垣に指を差しこむ。足をかけて登りだす。タダでボルダリングができてうれしい。学校の制服である黒いショートパンツからのびる脚は白く長い。腰のベルトに刀を提げている。

 背後で水をたたえる千鳥ヶ淵は、高天原城の北西部に位置する濠で、外敵をふせぐ役割をになう。絶好の侵入ポイントをジュンに発見されてしまったが。

 十六歳のジュンは、紅梅学院武術科の四年生。女子である。ここ北の丸で毎日、軍事訓練にいそしむ。ただ学習態度は理想的と言いがたく、きょうも授業中に城外へ抜け出し、コンビニのイヅモマートで買い物をした。高天原城が鎮座する出雲市は、ちかごろの政情不安で流通が混乱し、なにかと腹がへってしかたない。

 城壁の瓦屋根にすわり、口にくわえていたレジ袋から、おにぎり・惣菜パン・サンドイッチ・パスタ・ポテトチップス・チョコ・アイスを出して並べる。幸福感にひたりつつ、ツナサンドにかぶりつく。ジュンに餌付けされているカラスが飛んで来たので、パンをちぎって食べさせた。

 壁の内側にふたりの女学生があらわれる。ひとりは武術科の同級生で、髪の長い方は国事科のブレザーを着ている。紅梅学院は国事科・理工科・伎藝科・武術科の四学科に分かれ、高級官僚をそだてる日本最高のエリート校だ。ただし体力だけが取り柄の武術科は、学内の地位がもっとも低い。

 同級生の熊曾さやかが、ジュンを指さして笑う。

「また脱走してたんだ」

「だって購買はロクなもの売ってないし。すぐ売り切れるし」

「そこの石垣が一番登りやすいんだよね?」

「うーん、秘密なのに」

 女子の噂好きには辟易させられる。秘密保持の重要性をわかってない。教官にまで伝われば、問題児のジュンは退学の恐れもある。

 国事科五年生の大和碓子が左右を見回す。百六十四センチのジュンより長身だが、体はずっと細く、おそろしく睫毛が長い。絶対見劣りするので、女なら隣に立ちたくない美貌だ。成績優秀らしく、先月転入したばかりなのに武術科にも評判が鳴り響いている。

 国事科の紺ブレザーをみるとジュンの胸は疼く。十二歳で国事科へ入ったが、そこで人間関係のトラブルをおこし二年次に転学した。武術科の方が自分向きと思うが、高官の地位を約束された国事科生の自信あふれる佇まいに嫉妬をおぼえる。

 大和が袖を口にちかづけ、唇をうごかす。ジュンの隣のカラスが一声鳴いて飛び去る。

 ジュンが尋ねる。「大和さんはなんの用?」

「お客さんが来るの」

 大和の小顔に微笑がうかぶ。なにかを期待する表情だ。たとえば新作のアイスの蓋をとるときの様な。

 悪寒が脊髄を走るのと同時に、ジュンは壁から飛び降りる。ビュッとゆう不気味な風切音が聞こえる。

 銃撃だ。おそらくサプレッサーつきのライフルで濠の側から撃たれた。

 大和がブレザーに隠していた短刀を抜き、熊曾を背後から貫く。電光石火の動きだ。近接格闘術の訓練をうけた武術科生に反応をゆるさない。

 ジュンは遮蔽物をもとめ木立へ駆けこむ。続々と壁を越えた七人の男女が、左右に分かれ安全を確保する。ひとりが茂みの中のジュンを見つけ、アサルトライフルSIG550の照準をあわせる。

 短刀をもった大和が、男のSIGのハンドガードを押し下げて言う。

「放っておけ。あれはただの学生だ」

 男が答える。「でも佩刀してます」

「無抵抗なら殺すな。僕たちは無差別攻撃をおこなうテロリストじゃない」

 大和の声が急に低くなったのにジュンは気づく。

 侵入者はみな、バックパックから着物を取り出して羽織る。異国風の刺繍が施されている。色鮮やかなフェイスペインティングを手早くおこなう。

「エ……エミシなのか」ジュンがつぶやく。

 蝦夷《えみし》は辺境の少数民族で、中央政府と抗争をくりひろげている。蝦夷が神々の住まう高天原城へ足を踏み入れるなど前代未聞だ。

 大和は制服を脱ぎ、ボクサーパンツ一枚になる。引き締まった体は胸の膨らみがなく、股間が盛り上がっている。男だった。女装して学院へ潜入し、仲間を呼びこむルートを探っていた。

 大和碓子と名乗っていた男は、短刀で長髪を切り、渦巻き模様の濃紺の着物に袖をとおす。しゃがんでいるジュンに目配せする。横たわり血を流す熊曾に顎をしゃくり、ジュンに言う。

「手当てすればこの女は助かる」

「お前は何者だ」

「僕の名は土蜘蛛。常陸幕府の将軍だ」

「幕府? そりゃまた時代錯誤な」

「ふふ。武士道と神道、化石同士の戦いさ」

 衣装で民族的アイデンティティを主張する八人は、つぎの目的地へ移動する。ピンクの髪の女は無反動砲のAT4を担いでいる。こいつは穏やかじゃない。

 ジュンはアイフォンで学院に電話し支援をもとめたあと、熊曾に駆け寄る。自分のブラウスを脱ぎ、破って包帯がわりにして止血する。

「がんばって」ジュンが言う。「すぐ応援がくる」

「あ……あいつら……」

「しゃべらないで」

「あいつら、どこ行ったの」

「わからない。まさか大和さんが男とはね。あんなキレイな男がいるんだね」

「武道館で武藝上覧をやってるの。陛下が出席なさってて、六年生も警備に駆り出されてる。ちょうど終わるころ……」

「やばい」

「おねがい、アマテラスさまを助けて」




 太陽の女神アマテラスは、日本の神々を統べる最高神であり、地上世界の支配者でもある。いまは御料車のトヨタ・センチュリーロイヤルに乗り、武道館から御所のある吹上へ移動している。余裕で歩ける距離だが、外で生身は晒せない。

 ドーンと大音量が鳴った直後に、フィンをひろげた成形炸薬弾がセンチュリーロイヤルの側面に直撃、爆炎で辺りを照らす。それでも戦車なみの装甲は、ガラスもふくめ衝撃に耐えた。道路に煙が立ちこめる。

 御料車を前後から挟んで守るセルシオ二台に、蝦夷がSIGを発砲。車列は立ち往生する。

 背広を着た護衛役の衛士たちが、PDWのFN・P90で応戦する。PDWは新弾薬をもちいるサブマシンガンのこと。火力では襲撃者に劣らないが、敵は練度がたかく、奇襲の混乱もあり、衛士はつぎつぎ斃れてゆく。

 白のセーラーワンピをまとう幼女が、御料車の反対側の観音開きのドアから、衛士に付き添われて降りる。まぶしく輝く金髪。主神アマテラスだ。泣きべそをかいている。

 衛士がみづからの体を盾としてアマテラスをかばい、来た道を引き返す。蝦夷はそれを追う。武道館を通り過ぎ、田安門の重厚な櫓門をくぐる。

 ピンクの髪をツインテールにむすび、左目に眼帯をつけた女が回転式拳銃を撃つ。ルガー・スーパーレッドホークの44マグナム弾は防弾ベストを貫き、最後にのこった衛士を葬った。

「おーっほっほ」ピンク髪が笑う。「アマテラスさん、おとなしく投降なさいな。命までは取りませんわ」

「う……うぐぅ」

「あらあら。神様ともあろうお方が泣いてるのね」

「ぬしらは天罰を恐れないのか」

「地獄を見た女に怖いものはなくってよ」

 千鳥ヶ淵にかかる傾斜のきつい橋の下から、女の叫び声がとどく。

 胸元が大胆にあいた黒いドレスの女が橋を駆け上る。身長は百七十センチ弱の痩身。漆黒の長い髪をふりみだす。アマテラスの妹で、夜をつかさどる月の女神ツクヨミだ。まなじりを決し、怒りに震える。武装はしていない。

「姉上さま!」

 ツクヨミはそう叫び、うずくまるアマテラスに覆いかぶさる。

「面倒なのが来ましたわね」ピンク髪が言う。「でも将軍さまは、妹は殺せとおっしゃってたわ」

「だまれ不浄の民!」ツクヨミが叫ぶ。「貴様らに姉上さまは指一本触れさせない」

「うつくしい姉妹愛ですこと」

 五発のマグナム弾がツクヨミの背に撃ちこまれる。神々の恢復力は桁違いで、人間にとっての致命傷でも簡単に死なない。しかし肉は爆ぜ、血は流れ、痛みは走る。ピンク髪はSIGを借りてさらに撃ち続ける。

「もうよい!」アマテラスが叫ぶ。「ヨミちゃん、わらわは降伏する。これでは本当に死んでしまう」

 血を滴らせながらツクヨミはほほえむ。

「私はいまとっても幸せ……愛する姉上さまに命を捧げられて」

「やめろ……やめてくれ!」

 意識をうしなったツクヨミが血の海のなかに斃れる。絶望のあまり硬直したアマテラスは、なすがまま蝦夷に拘束される。

 そこに上半身はスポーツブラだけのジュンが割って入り、身長百十センチ程度のアマテラスを抱え、濠へ投げこむ。悲鳴のすぐあと、下からドボンと水の音が響く。呆気にとられた蝦夷にジュンはP90を突きつける。

「形勢逆転」ジュンが言う。

 ジュンと三人の蝦夷が、銃を構えて睨み合う。拉致作戦は失敗した。これ以上戦闘をつづけたところで蝦夷に利益はない。

「愚かな拝金主義者」ピンク髪が言う。「あなたは今日のおこないを後悔しますわ」

「はあ?」

「せいぜい報復に怯えていることね」

「こっちのセリフだっちゅうの」




 千鳥ヶ淵で溺れたアマテラスは救出され、ツクヨミによる人工呼吸で蘇生した。混乱の極みにある高天原城をいったん離れ、ツクヨミの住居がある赤坂御用地へうつる。

 天井の高いホール「日月の間」に、今回の騒動の責任者があつめられる。兵部卿・兵部省警備局長・熊曾・ジュンの四人。熊曾は重傷を負っているが、事の重大さゆえ招集を拒否できなかった。

 ソファに座るアマテラスの金髪を、ツクヨミがタオルで拭いている。

「へくちっ」アマテラスがくしゃみする。

「姉上さま、お風邪を召したの?」

「とんだ災難であった」

「ええ。いったい何人の首が飛ぶのかしら」

 あくまでそれが比喩であり、文字どおり物理的に首が切断されないことを、不運な四人は祈った。

 ツクヨミはまだ、銃弾でズタズタに破れ、血をたっぷり吸いこんだドレスを着替えてない。銃創は癒えたが大量出血のあとであり、もともと血色の悪い顔がさらに青褪めている。真冬の三日月の様にうつくしい。

 はめ殺しの大きな窓ガラスから、木立にかこまれた庭が見える。ガルムとフェンリルとゆう放し飼いの二匹の狼が餌を食べている。ツクヨミは人肉を食べさせているとの噂がある。

 真紅のゴスロリ衣装を着たおかっぱ頭の少女四人が、ホールへ入ってくる。ツクヨミに直属する諜報機関の「カブロ」だ。出雲市内を巡回し、神々に対する不逞な言動があれば、それを処罰する権限をもつ。

 壁際にならぶ四人に、カブロがそれぞれPDWのMP7をむける。尋問のはじまりだ。

「さて」ツクヨミが言う。「警備局長から話を聞きましょうか」

「は……未曾有の事態を招きましたこと、責任の重さに胸が潰れる思いであります」

「それで」

「この罪、万死に値すると痛感しております」

「立派な心がけね」

「はっ」

「で、なぜあなたはまだ生きてるの」

「あ……いえ、その」

 警備局長の目の前に立つカブロが、4・6ミリ弾をフルオートで四十発撃ちこむ。数発が外れ、檜の壁に穴をあける。

「つぎ、兵部卿」ツクヨミが言う。「あなたは監督者としての責任があるわね」

「至急改善にとりくみます」

「具体的には」

「警備の人員を増強し……」

「自分の不始末をおねだりに利用するなんて不遜だわ。予算がつかなかったらどうするの」

「それは……」

「なんかあるでしょ、外務省と情報共有するとか」

「はい、手配いたします」

「監視システムを更新して効率化するとか」

「仰せのとおりに」

「もういいわ。無能はそれ自体が罪よ」

 MP7がふたたび火を吹く。おかっぱ頭のカブロたちは眉ひとつ動かさずに殺す。

 ジュンは腋にじっとり汗をかく。スポーツブラの上に詰め襟の制服を直接着ている。

 絶体絶命だった。有力貴族である兵部卿まで処刑されるとは予想外だ。アマテラスを濠へ投げこんだのは戦術的に間違ってない。しかし相手は神だった。触れば祟りがある。

 ティッシュで鼻をかむアマテラスの首に、ツクヨミが両腕をまわす。

「これからは私が警備の全権を握るわ。いいでしょう?」

「雑事は人間に任すべきじゃが」

「あのコたちは優秀なの。二度と蛮族を姉上さまに近づかせない」

 四人のカブロが捧げ銃の姿勢をとる。

「うーむ」アマテラスが唸る。

 平和を好むアマテラスとちがい、ツクヨミは精神的に不安定な面がある。一部では「狂気の神」と称されている。だが橋の上で庇ってもらった恩があり、無下にことわれない。

 気丈に直立姿勢を保っていた熊曾が膝をつく。ジュンのブラウスが巻かれた背中の刺し傷を押さえている。

「アマテラスさま」ジュンが言う。「熊曾さんは治療を受ける必要があります。また明日に御報告させていただけませんか」

 ツクヨミが笑う。「じきに病院へいかなくてすむ体になるわ」

「お言葉ですが、侵入ルートが漏れたのはあたしのせいです。熊曾さんは悪くありません」

「善し悪しを判断するのは神の役目。お前じゃない」

「なにを偉そうに。あたしがいなけりゃ、あんた死んでたろ」

 うずくまる熊曾が、目を丸くしてジュンを見上げる。四人のカブロの銃口が集中する。血相を変えている。神に対する暴言。即刻射殺すべき罪だ。殺さねば自分が死刑に処される。

「ふん、小癪な」ツクヨミが言う。「挑発して隙をうかがう戦略か」

「人から親切にされたら感謝しろって、お姉ちゃんに教わらなかった?」

「貴様ッ! 姉上まで愚弄するか!」

 激昂したツクヨミは、カブロからMP7をひったくる。ジュンは朱塗りの鞘を左手で軽くおさえる。ドサクサにまぎれて佩刀したまま。アマテラスはソファで震えながら涙ぐむ。

 ツクヨミが言う。「神に刃をむけたとあれば、貴様ひとりの罪にとどまらない。一族郎党皆殺しだぞ」

 ジュンは鯉口を切る。家族への言及が、彼女の目つきを冷酷にした。もう引くに引けない。

 ツクヨミは意外に思う。この十六歳の娘に対しては、脅しが脅しにならない。水を浴びせると逆に燃えさかる、ある種の火災の様だ。

 アマテラスが上ずった声でジュンに尋ねる。

「ぬしの名はなんと言う」

「中臣ジュン。紅梅学院武術科四年」

「もしや摂政・中臣栄一の娘か」

「はあ、まあ」

 アマテラスとツクヨミは顔を見合わせる。彼女らは神であり、人ひとりの生死を気に病むことは本来ない。しかし摂政の娘を殺したとあれば、事後処理がなにかと億劫だ。

 高天原城では、血統がすべてだった。




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