『死と乙女と中野』 第12章「シバ」




登場人物・あらすじ


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 深夜の桔梗学園中等部は、窓に差しこむ月光しか照明がない。

 サッサは追跡を振り切ろうと走っている。息を切らしている。廊下は長く果てしない。背後の足音が徐々に大きくなる。

 とにかく校舎の外に出なくては。サッサは階段を下りて一階へむかう。

 踊り場の大鏡に、黒のワンピースを着た自分が映る。顎のほくろの位置もおなじ。

 サッサは鏡を叩いて叫ぶ。

「お姉ちゃん、助けて! 追われてるの」

 どれだけ訴えても、怯える自分しかそこにはいない。鏡の上部にシバが映る。赤のロングカーディガンを羽織っている。

 シバはゆっくり階段を下りながら言う。

「逃げてもムダだ」

「こないで」

「人は無垢なままじゃいられない。おのれの罪に向き合え」

「いや」

 サッサはオルファのカッターを両手で握って黒刃を出し、続けて言う。

「ちかづいたら刺します」

「それがあたしの望みだ」

「私は悪くない……私のせいじゃない……」

「さあ、一緒にいこう」

 サッサはオルファを、シバの腹部に何度も突き刺す。白いシャツが血に染まる。シバは微笑しつつ、小柄なサッサを抱きしめる。サッサはオルファを取り落とす。ふたりはかたく抱擁したまま踊り場に崩れ落ちた。

「はいカット!」サッサが叫ぶ。「きょうの撮影は終わりです。お疲れさまでした」

 撮影スタッフが機材の後片付けをはじめる。

 サッサは母校を舞台に、劇場公開予定の映画『死と乙女と中野』を撮っていた。ツバキの描いた漫画が原作だ。

 解散した百合研は、サッサを会長に迎え「百合文化研究会」として復活した。サッサが監督した二本の短篇映画が評判となり、映画会社から声が掛かった。

 小道具を担当する太った中年男が駆け寄り、上目遣いでサッサに言う。

「あのう、監督」

「はい」

「次の撮影でつかう猫なんですが、あしたの朝イチにどうしても間に合わなくて……」

「えー」

「すみません! 動物プロダクションに片っ端から電話したんですが」

「それはマズイなあ。うーん……海のシーンに出せばいいか。なんとか話はつながる」

「ありがとうございます、すぐ手配します!」

 装飾係はその場で電話をかける。

 無愛想で女の子らしさの欠片もないサッサは、コンビニのバイトですら雇ってもらえなかったが、いまや年嵩の男たちを使いこなしている。撮影現場では愛想笑いより、的確ですばやい指示の方が歓迎される。

 シバは血糊のついた服を私服のパーカーに着替え、楽屋にしている教室から出てきた。

「先輩」サッサが言う。「これから飲みにいきません?」

「勘弁してよ。お前と飲むとかならず朝までになるんだもん。きょうは帰って御飯食べて寝る」

「つまんないの。まあいっか。脚本直さなきゃいけないし」

 シバは桔梗大卒業後、迅雷社に就職し漫画編集者となった。ツバキの遺作をヒットさせるなど早速結果を出している。いまは会社員だが、監督であるサッサと映画会社に懇願され、リメイク元である短篇とおなじく出演中だ。

 疎遠になったマエは、サッサが成功したと知って、よりを戻そうと向こうから連絡してきた。虫がいいとサッサは思ったが、それもマエらしいと受け容れた。以前ほどではないが仲良くしている。

 タッキーの行方はわからない。生死さえも。もし生きてたとしても、工作員のキャリアは終わったろう。

 サッサとシバはタクシーへ乗りこむ。

「ねえ」サッサが言う。「御飯食べて寝るだけなら、ウチに来ません? 追加撮影もしたいし」

「いいけど。なに撮るの?」

「ラブシーン」

「ちょっ」

「ふたりきりの方がいいでしょ」

「いや、その、心の準備が……」

「照れてる照れてる。私たち来月から同棲するのに。先輩かわいい」

「お前を百合の世界に引きこんだのを、あたしゃちょっと後悔してるよ」

 ふたりはタクシーが自宅につくまでの十五分間、唇を求めあいつづけた。




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