『死と乙女と中野』 第11章「タッキー」




登場人物・あらすじ


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 修羅場を二度くぐり抜け疲労困憊のサッサが、カラオケ店JOYSOUNDがある中野通り沿いの八階建てのビルを見上げる。シバがLINEで一緒に歌う仲間を募集していた。

 エレベーターで六階の受付へ行き、赤い半袖の制服の女に部屋をとってもらう。いつもひとりで来てアニソンを歌ってるから慣れたもの。

 この店の五階は「NERV中野支部」と称する、『新世紀エヴァンゲリオン』をイメージした空間だった。綾波レイを崇拝するエヴァヲタであるシバは、501号室にいる公算が大きい。

 ドアを開けると、シンジ・レイ・アスカなどのキャラを壁にあしらった部屋の黒いテーブルに、金髪ショートカットの女が突っ伏している。空のカクテルグラスが置かれる。

「シバ先輩」サッサが言う。「また酔っぱらってるんですか」

 肩を押して顔が見える様にすると、シバは白目をむき、口元が吐瀉物で汚れていた。

 サッサは背後から右腕をとられ、捩じ上げられる。骨が折れると思った。




 青いボーダー柄の長袖Tシャツを着たタッキーが、『残酷な天使のテーゼ』を立って歌っている。歌詞はうろ覚えらしく、ときどきつっかえる。ウエストポーチには、きょうもサプレッサーつきのXDMを入れてるのだろう。

 サッサは両手の親指を後ろ手に結束バンドで縛られ、ソファに座る。これでは手拍子も打てない。

「残天とは」サッサが言う。「ずいぶんベタな選曲ですね」

「君には負ける。『魔女の宅急便』が大好きで、黒いワンピースを着るのもその影響だろ」

 サッサは下から長身のタッキーを睨む。

 魔女宅は、姉と一緒に百回以上見ている大切なアニメだった。ファンであることはマエにすら言ってない。どこで調べたのか。

 意識がもどったシバが、頬をテーブルに乗せたまま、か細い声で言う。

「サッサ……逃げろ……」

 タッキーは歌をやめ、ウエストポーチから黒いスタンガンを出す。火花が散っている。シバが穿くグレーの短いタイトスカートのなかへ突っこみ、膣に電撃をくわえる。シバは悲鳴をあげ、また失神する。

「やめろ!」サッサは叫ぶ。「ホテルで騒いだのは私が頼んだことだ。先輩を責めるな!」

 サッサは昂奮してジタバタすると見せかけ、床に落ちて割れたグラスの破片をつまむ。結束バンドを切りつつ、時間を稼ぐ必要がある。

「マエがもってた」サッサが続ける。「オリジナルのレコーダーはデータが消された。これ以上探し回っても、あんたは何も見つけられない」

「その現状認識は正しい。いまは後始末の段階だ。日本のことわざにあるだろう、鳥がどうの……」

「立つ鳥跡を濁さず」

「そうそう。母の故郷を悪く言いたくないが、失望させられる国だった。国民は愚かで、信念がまったくない」

「そう言うあんたの信念はなんだ」

「三つある。主イエスとアメリカ合衆国と家族」

「ひょっとしてCIAか何かか?」

「お前が五分後に死ぬとわかっていても、その質問には答えられない」

 タッキーは冷笑しつつ、トートバッグから注射器を取り出す。暗殺道具だろう。サッサは涙がこぼれるのを堪え、乱れた思考を集中させる。

 やはりタッキーは第三のプレイヤーだった。日本政府と柴田医師の、どちらの味方でもない。

「CIAはよほど暇らしい」サッサが言う。「平均寿命のカラクリ程度で、日本政府が動揺するとでも?」

「私も滑稽だと思う。でも実際に動揺しているから、アメリカは介入せざるを得ない。日本政府は無謬の存在でいたいんだろう」

「これで日本を脅迫する気か」

「在庫が増えるだけさ。脅迫の材料はいくらあっても困らない」

「だからって人を殺すのはおかしい」

「日本政府の要望だ。末端の連中を大掃除してくれと。親米であるかぎり、我々は現政権を支持する。汚れ仕事も厭わない。よし、おしゃべりは終わりだ」

 タッキーはテーブルに、針金と薬瓶と注射器を整然とならべる。

「サッサ」タッキーが続ける。「私はお前が気にいった。工作員の素質がある」

「お礼を言えばいいのかな」

「これも何かの縁だから、好きな死に方を選ばせてやろう」

「…………」

「レパートリーは水死と絞殺と毒殺だ。毒殺が一番バレにくいから、こちらとしては助かる」

 サッサは結束バンドを指でなぞる。小さな切れ目が入ったが、まだ半分も切れてない。

 さすがに観念した。たとえ両手が自由でも、敵は近接格闘術の訓練をうけ、銃で武装したスパイだ。万が一にも勝ち目はない。

 せめて苦しくない方法で死のう。

「じゃあ毒で」

「遠慮するな。私の得意技で殺してやる」

 彫りの深いタッキーの顔が快楽に歪む。暴れるサッサの首に針金をまわし、勢いよく絞める。呼吸困難となったサッサは膝蹴りするが、非力すぎてすこしも効果がない。スタンガンを撃たれたシバは、ソファの隣で横たわったまま。

 頸動脈の血流を止められ、サッサの意識は遠のく。自分にのしかかるタッキーが紅潮し、だらしない笑顔をみせる。セックスと殺しは似ているとぼんやり思う。サッサはすぐ気絶し、一分ほどで呼吸も止まった。

 タッキーは立ち上がり、完成したばかりの作品をながめる。青白い首筋にくっきり赤い線がうかぶ。賢そうな澄んだ瞳が、むなしく天井を見つめている。最高傑作かもしれない。

 最小限のリソースで作戦を成功に導けたのも満足だった。局内での評価は高まるばかり。

「まさに天職だ!」タッキーは叫ぶ。「次の任地の中国でも、すばらしい素材に出会いたい!」

 カラオケが終わっていたのに気づき、残酷な天使のテーゼをもう一度流そうとリモコンを探すが、テーブルにない。

 タッキーの背後で、サッサが重さ一キロのリモコンを振り上げる。窒息した様に見えたのは偽装だった。

 リモコンのフレームが砕け、液晶画面が割れ、基盤が露出するが、サッサは打擲をやめない。防音壁をこえて店中に響き渡るほど絶叫する。

「信念がなくて悪いか! 私は友達も、夢も希望もなんにもない! でもお前なんかに負けるか!」




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