『死と乙女と中野』 第10章「マエ」




登場人物・あらすじ


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 西銀座のサンリオワールドギンザのエントランスで、キティとマイメロディの立像が客を出迎える。サッサはアイフォンを操作すると見せかけ、人の出入りを観察している。数時間前に三階から飛び降りたときの痛みが肘にのこる。

 重度のサンリオマニアであるマエが、きょう開催中の撮影会にあらわれると予測した。キティちゃんとキキララが、彼女の精神を支配している。何度もピューロランドへつきあわされたものだ。サッサは幼いころから、可愛いキャラより恐竜や昆虫の図鑑を好むタイプだったが。

 白のニットを着たマエが、キャラクターをあしらった袋をもって出てくる。見知らぬポニーテールの女と談笑しながら歩き、こちらに気づかない。

 サッサの呼吸がとまる。マエが装具をつけてない。軽やかな、あきらかに健常者の足取りだ。

 そんなバカな。おとといまでびっこを引いていたではないか。

 マエのかがやかしい表情をみて、サッサの胸に亀裂が走る。もし彼女に一卵性双生児のきょうだいがいても、あの笑顔は見まちがえ様がない。自分が双子の片割れだからわかる。

 ポニーテールの女が、ニコンの一眼レフをネックストラップで提げている。

 ああ、やっぱりマエだ。

 彼女はカメラ好きの友人を必要とする。可愛い自分を撮ってもらうための。




 サッサは電車を乗り継ぎ、ふたりを尾行した。

 声は掛けられない。なんと言えばよいのだ。

 京王井の頭線の駒場東大前駅で降り、そのままキャンパスへ入る。マエとポニーテールの女は、カフェテリアで十人以上の男女と合流する。

 マエが団欒の中心だった。だれもが彼女の一挙手一投足に注目する。だれからも愛されている。当然だろう。外見がよく、明るく、賢く、気の利く、理想の女子大生だった。

 サッサは確信する。マエは病気のふりをしながら陰で勉強し、東大医学部に現役合格した。

 マエが座る椅子の背後に立ち、サッサが言う。

「お楽しみのところ悪いけど、話があるの」

 マエは動揺しない。サッサの尾行に気づいてたのかもしれない。アイスカフェオレのグラスを持ち、サッサをつれて隅のテーブルへうつる。




 マエがカウンターを指差して言う。

「注文はあそこで出来るから」

「まったく食欲ない」

「そう。で、なんの用」

「聞きたいことがありすぎる」

「なるべく手短にお願いね」

 マエの声がかすかに震える。さすがに平常心ではいられないらしい。

「病気はいつ治ったの」

「治るまで半年かかったから、高二の夏くらい」

「うそ……二年間も演技してたの」

「そうだけど」

「なぜ」

「言ってもしょうがないと思うな」

「私には聞く権利がある」

 マエは理由を語った。

 プライドが彼女に嘘をつかせた。病気は予想よりはやく完治した。本当に「心因性」だったのかもしれない。しかし教室で数回発作をおこしたせいで、当時の友人は離れていった。疎外されはしないが、敬遠されていた。深く深く傷ついた。

 病気が治ったからって、手のひらを返してあのコたちが戻ってくるのは許せなかった。そんな屈辱を味わうくらいなら、体が不自由なふりをする方がマシだった。

「なんで」サッサが言う。「私の前では卒業後も演技をつづけたの」

「決まってるでしょ。サッサちゃんが求めてるからだよ」

「え?」

「私を世話するのが生きがいだったじゃない。ちょうどお姉さんを亡くして不安定な時期だったし」

「そんな風に思ってたの!?」

「私って優しいから、つい人に合わせちゃう。でも、サッサちゃんの死ぬ死ぬ詐欺につきあうのも飽きたかな」

 サッサは不思議な気分だった。心は奈落の底へ転落したが、肉体はまだ地上にある。

「親友だと信じてたのに」

「世話してくれたのは感謝してるよ。でも一生友達ではいられないよね」

「どうゆう意味?」

「うーん。サッサちゃんのことは好きだし、傷つけたくないんだけど」

「正直に言って」

「じゃあ言うけど、サッサちゃんはクラスでも下の方の人でしょ。私の居場所はそこじゃない」

 サッサは憎くてしかたない。黒のワンピースに大量の涙をこぼす自分が。

 マエには無償の愛を捧げたつもりだ。どんな仕打ちをうけても、恨むべき筋合いじゃない。

 でも、つらすぎる。

 マエはキキララのハンカチを手渡して言う。

「泣かないで。目立ちたくないから」




 サッサは唇を噛んで嗚咽をこらえ、ICレコーダーをリュックから取り出す。

「この録音は一体なんなの」

「それは部分的なコピー。私が持ってるこれがオリジナル」

 マエの華奢な右手に、おなじピンクのV-15がある。

「古い機種だからデータは取り出せないはず」

「二台をくっつけて、こっちで再生したのをそっちで録音した」

「誰が何について話してるの」

「さっきから言ってるでしょ。知らない方がいいって。殺されるかもよ」

「全部教えて。私をいたわる気持ちがすこしでもあるなら」

「マゾいなあ。なら自己責任でね」

 録音されたのは七年前、当時の厚生労働事務次官が部下にくだした指示が収められている。「平均寿命世界一」の座を守るため、ほかの先進国が統計を発表するのを待ち、それに合わせて数値を修正しろとゆう内容だ。

 つまり日本政府は、日本が医療先進国だと宣伝するための捏造、たとえるなら「後出しジャンケン」をおこなっていた。

 その具体的證拠を、シバの父親である柴田医師が入手した。理想家肌の彼は政治に関心が強く、もともと資金面で野党を支援しており、自民党および政府から睨まれていた。

 政府は柴田医師を失脚させるため、薬害事件に彼を巻きこんだ。たとえば殺されたツバキの妹は金をもらい、ワクチンの副反応を演じていた。

 サッサはまばたきを繰り返す。話についてゆけない。

「レコーダーはどこで手に入れたの」

「私のお母さんが看護師なのは言ったっけ」

「聞いてない」

「看護師仲間がお母さんに渡したらしい。柴田先生は敵が多いからね。でも私が治って、うやむやになった」

「なんで隠してたの」

「サッサちゃんってバカ? 私は医者になりたいんだよ。公表して医療界を貶めるわけない」

「けど、人がたくさん死んでる」

「だから怖くなって、サッサちゃんに押しつけた」

 サッサはうつむき、眉間を指で押さえる。情報を整理しないと。

 平均寿命の話は事実だろう。真面目なマエの作り話にしては突飛すぎる。都知事選に立候補すると噂される柴田医師が、このスキャンダルに首を突っこむのもありえそうだ。

 いま政府と柴田医師が、レコーダーの争奪戦をしている。そしてタッキーは、柴田医師に雇われている様だ。殺されたカスミやツバキは、政府側にとって利用価値のある人間だった。

 いや、やはりおかしい。

 たとえ野心家でも、政府にマークされてる人間が殺し屋を雇うだろうか。逮捕してくれと言う様なものではないか。ツバキが一千万円で敵に転ぶなら、二千万円払えばいいだけだ。柴田医師ならそれができる。

「わからない」サッサがつぶやく。「誰が何のために女の子を殺してるの」

「知らないよ。知りたくもない」

「無責任だね」

「医学生は忙しいの」

 マエはオリジナルのV-15をカフェオレのグラスに沈める。データは死んだろう。




 キキララのハンカチに染みこんだ涙は乾きはじめ、皺がのこっている。洗濯して返したかったが、おそらくマエに会うことはもうない。

 サッサは言う。「ハンカチありがとう」

「どういたしまして」

「きょう聞いた話はショックだった」

「ごめんなさい」

「でも、マエが私にくれた笑顔のすべてが嘘ではなかったと思う」

「…………」

 マエは怒った様な素振りでそっぽを向く。良くも悪くも八方美人。隙がなくて、決して誰にも弱みを見せない、世界で一番尊敬できる人。

 その認識はすこしも変わらない。

 マエも犠牲者なのだ。闘病生活がどれほど孤独で苦しかったか、サッサは隣で見ていた。

「楽しい時間をありがとう」サッサが言う。「すくなくとも私のなかでは、マエはずっと親友のままだよ」




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