『死と乙女と中野』 第9章「ホテル」




登場人物・あらすじ


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 中野駅から徒歩十分のビジネスホテルクレセントに、サッサはひとりでいる。部屋は三階のツインルームだ。

 猫の虐待動画を上げていたツイッターアカウントに、五百万円と引き換えにレコーダーを渡すとのリプライを送ってある。いまのところ反応ないが、おそらく食いつくだろう。

 録音をすべて聞いたが、内容は会社かどこかでの平凡な会話で、意味すら理解できなかった。

 サッサは窓越しに町並みをながめる。ここはマンションを改装した様な造りのホテルで、周囲は静かな住宅街だ。人通りもほとんどない。

 首に傷の残る姉がガラスに映っていた。

「お姉ちゃん」サッサは言う。「来てくれたんだ」

「最近いそがしそうね」

「うん」

「怖くない? 乱暴な人たちと会うんでしょう」

「向こうの方が怖がってると思う」

「成長したわね」

「ありがとう。そこで見守ってて」

 ドアがノックされた。サッサは三人の男を部屋へ招き入れる。タンクトップと野球帽は昨日とおなじ顔ぶれだが、アディダスのジャージを着た男がリーダーの代わりにいる。

 サッサは尋ねる。「リーダーは?」

「死んだ」タンクトップが答える。「脳までやられたからな。フライドチキンで人を殺すとは、正直大したもんだ」

 変なことで褒められ、サッサは頭を掻く。リーダーの罪が死に値するかはわからない。

 タンクトップが言う。「身体検査させてもらう」

「ことわる。昨日の今日で、私に触る資格があると思ってるのか」

 男たちの表情の緊張が増す。タンクトップは懐中電灯を、野球帽はタクティカルペンを、アディダスは特殊警棒を手にする。

 タンクトップが言う。「レコーダーを出せ」

「先に金をみせろ」

「とりあえず百万円は用意できた」

 野球帽が尻ポケットから封筒を出す。紙幣は新札と古札が混じっている。

 サッサが言う。「交渉決裂だな」

「払わないとは言ってない」

「いますぐ帰れ。お前の目も潰すぞ」

「調子にのるな。友人がどうなってもいいのか」

 サッサの心臓に杭が打ちこまれる。

 やはりこいつらが拉致したのか。しかしマエが書いた住所が嘘なのはどう説明する? 携帯電話を解約する意味もない。ハッタリだろう。

「うせろ」

「俺達をここに呼んだのは、アレの続きをしてほしいからだろ。俺は友人の方をやるが」

 サッサは、タッキーが音を立てず部屋のドアを開けるのを、視野におさめていた。不安げなシバが後に続く。サッサが場所をつたえた。

 タッキーがウエストポーチから、サプレッサーを装着した拳銃を出す。ポリマーフレームのスプリングフィールドXDMだ。なめらかな動作で三発撃つ。背を撃たれた三人は順々に倒れる。空薬莢が散らばり、男たちの兇器が転がる。

 シバはだらしなく口を開く。目の前の出来事が現実だと認識できてない。

 デニムジャケットを着たタッキーは、野球帽とアディダスの頭部を撃ってとどめを刺す。

「待って」サッサが言う。「そのタンクトップはまだ殺さないで。シバ先輩、あれ持ってますか」

 シバがつぶやく。「……え?」

「あれです、葉巻を切るやつ」 

「お前なんで平然としてるんだよ!?」

 実際はタッキーが銃を発砲したことに、サッサは驚愕している。顔に出ないのは生まれつきだ。無表情のせいで損ばかりしてきたが、はじめて役に立った。

 肺に損傷を負ったタンクトップは、口から血の泡を吹いている。うつ伏せで這いずるが、徐々に動きはゆるやかになる。

 サッサは恰幅のいい男を仰向けにし、ファスナーを引き下ろして萎んだ性器をつかみ、ギロチンカッターに挟む。男は朦朧としながらも、懇願する眼差しでサッサを見上げる。

 サッサは躊躇せず切った。男は吐血とともに哀れな悲鳴をあげる。

 憫笑を頬に浮かべたタッキーは、中腰の姿勢でXDMを構えてバスルームを調べにゆく。待ち伏せを警戒している。

 サッサは赤く染まったギロチンカッターをシバに返す。

「ありがとうございました」

「捨てろよ、気色悪い」

「部屋の外で一一〇番して、騒いでください」

「はあ?」

「いそいで」

 サッサはウィンクする。シバは緩慢な動作でドアを開けて退室した。

 バスルームから出たタッキーが、タンクトップの頭を撃つ。サプレッサーが銃声のほとんどを吸収し、軽い拍手くらいの音しか聞こえない。窓やベッドの下なども探る。

「どうやら」タッキーが言う。「武器も脱出口もなさそうだ。どうゆうプランだったんだ?」

「プランと言いますと」

「保険だよ。お前はバカじゃない」

「そんなものありません」

「私が騎兵隊みたいに駆けつけるのを期待してたのか」

「むしろ遅すぎでしょう。飼い犬に首輪をつけるのが」

「ふん」

 タッキーはやや下向きにXDMの狙いをさだめる。サッサとの身長差は三十センチちかい。

 警報ベルが響いた。「助けて! 銃を持った人が暴れてます!」とゆうシバの叫びがドア越しに聞こえる。

 舌打ちしたタッキーが部屋を出る。さっきはマスターキーで解錠したのだろう。サッサはU字ロックをかける。銃で破壊されるとしても時間を稼げるはず。

 サッサは三階の窓から顔を出して見回す。つたうことができそうなパイプ類はない。

 小柄な体の力をふりしぼり、ベッドのマットレスを持ち上げて地面へ落とす。

 背後で鋭い金属音が鳴る。U字ロックが壊されたらしい。

 サッサは宙に身を躍らせた。




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苑田 健

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