『死と乙女と中野』 第8章「レンジローバー」




登場人物・あらすじ


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 サッサは胸騒ぎがしてベッドで目を覚ます。蛍光灯がつけっぱなしだ。開いたままのカルティエ=ブレッソンの写真集が、スウェットを着た体を圧し潰している。時刻は午前八時二十六分。彼女にしては早起きな方。

 アイフォンでLINEアプリを起動。昨晩マエへ送った「おやすみ」のメッセージに既読がついてない。マメな性格のマエは、普段は二十四時間監視するかの様に返信してくるのに。

 ベッドに腰掛け、電話をかける。現在この番号は使用されてないとのアナウンスが流れる。

 サッサの背筋に悪寒が走る。敵が動いたのか。のんびり寝てる場合じゃなかった。探偵気取りで先手を打ったつもりでいたが、相手は平気で人を殺すプロフェッショナルなのだ。

「イエ電……マエのイエ電の番号しらべなきゃ」

 譫言をつぶやきながら学習机へちかづく。引き出しの中に、キキララをあしらったマエからの年賀状をみつける。

 一〇四で聞いたが、番号は登録されてない。アイフォンのマップアプリに雑司が谷の住所を入力する。そこは児童公園だった。

 どうゆうことだ。

 電話が不通なのは、料金滞納で解約されたなどの原因が考えられる。自分から人に言いづらいだろう。自宅の住所を書き間違うこともありうる。

 でも、それらが同時に起こるだろうか。

 ほかに連絡手段は思いつかない。マエの自宅を訪問したことはない。共通の知人もいない。サッサはほかに友人がいないし、マエの友人は病気のあと離れていった。

 マエとの繋がりはあっけなく断ち切られた。親友と言いながら、私たちの関係はこれほどはかなかったのか。

 崇拝的な感情は、依存にすぎなかった。




 サッサはワンピースを着て、リュックを背負い、ボサボサ髪のままマンションから駆け出る。

 行く宛はない。まさに悪夢だった。見慣れた中野通りの風景が色彩を失っている。地震の様に揺れつづける。

 マエのことは心配だ。しかし彼女が私を騙していた可能性もある。もしそうなら、私はなんのため戦うのか。

 コインパーキングに茶色のレンジローバーがとまっている。サッサの脳裏を電撃が襲う。GRの再生ボタンを押し、ツバキと一緒にいたリーダーが写る画像をさがす。マエが解離をおこした日に撮ったものを拡大。

 リーダーのズボンにぶら下がる鍵に、レンジローバーのロゴが小さく見える。

 駐車場に入ったサッサは車内を覗く。ドリンクホルダーに、ピンクのオリンパスV-15が無造作に置かれている。一千万円の価値があるとツバキは言っていたが。

 オルファを逆に持ち、金属の爪をサイドガラスへ叩きつける。四度めで粉々に砕けた。

 警報が鳴る。ドアを開けてサッサはV-15を取るが、何者かに引き摺り出される。アスファルトに側頭部を打つ。

 右目に眼帯をつけたリーダー、タンクトップのマッチョ、白い野球帽の男がサッサを見下ろす。野球帽はアニソンカフェでDJをしていたやつで、ケンタッキーの箱をもっている。

 野球帽はサッサの腹を蹴る。サッサが取り落としたV-15を、リーダーはバギーデニムのポケットに入れる。

 リモコンキーで警報を止め、リーダーが言う。

「厄介なガキだ。生かしとくとヤバい」

「ヨシさん」野球帽が言う。「殺す前にこいつ俺んち連れてってマワしません?」

「お前趣味悪いな」

「ヨシさんほどじゃないっす」

 サッサが物語のヒロインなら、颯爽とヒーローが救出にあらわれる場面だ。だが彼女は孤立している。舌を噛むとゆう選択肢が思い浮かぶ。

 いや。こんなクズのために死んでたまるか。私は父や姉とはちがう。

 サッサは尻餅をついた体勢でリーダーに右手をのばす。左目を充血させたリーダーは、警戒しながらサッサを引き起こす。

 男に凭れ掛かりながら、サッサはささやく。

「はじめてなのに、同時に三人なんて嫌」

 大きな黒目がちの瞳で見つめられ、リーダーはサッサの性的魅力にはじめて気づく。リュックを下ろさせ、兇器をもってないか全身をたしかめる。レンジローバーの後部座席へ連れこむ。

「ちょっ」野球帽が叫ぶ。「独り占めはズルいでしょう!」

「うるせえ。お前も後でやらしてやるよ。いまは人が来ないか見てろ」

 リーダーは強引にサッサのワンピースを脱がす。白い肌に黄色の下着が映える。タンクトップと野球帽が、前の座席で歓喜の声をあげる。野球帽はフライドチキンを食べながら鑑賞している。

 右の腋をリーダーに舐められる。ナメクジで満たされたプールに落ちたとしても、これほど不快じゃないだろう。サッサがもがくと、リーダーはますます昂奮して舌を這わせる。サッサは車内を観察するが、武器になりそうなものはない。

 リーダーはもう片方の腋を舐めはじめる。よほど女の腋が好きらしい。

 野球帽が食べ散らかしたチキンの骨に、サッサは目を留める。

 尖った骨をリーダーの左目に突き刺す。先端が眼底の骨にぶつかって止まったので、拳で殴りつけて押しこむ。手は房水と血にまみれた。

 サッサは車外へ出てワンピースを着る。奪ったV-15をリュックに入れる。タンクトップと野球帽は、まだ前部座席で呆気にとられている。




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苑田 謙

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