『死と乙女と中野』 第7章「ツバキ」




登場人物・あらすじ


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「乾杯」

 シバはギネスの瓶を、サッサのジンジャーエールのグラスに当てる。

 水曜の午後六時、ふたりはアニソンカフェに来た。サッサからの謝罪の電話を受け、シバが誘った。日曜の流血沙汰の事後処理をする必要がある。シバはこの店でDJをすることもある。

 空き瓶を振り、シバがおかわりを要求する。

 サッサが言う。「先輩はいつも瓶のまま飲むんですね」

「飲食業やれば洗い物の大変さがわかる」

「ところで、こないだはすみませんでした。せっかく紹介してもらったのに」

「もういいよ。編集長も問題あった。いい人なんだけど、たしかにボディタッチ多いよな」

「いえ、私が悪いです。やりすぎました」

「あれだろ、本当はマエちゃんの病気の件でキレたんだろ」

「気づいてたんですか」

 シバが仕事中に自分の会話をくわしく聞いていたのが、サッサには意外だった。若くして有名人となり、調子に乗ってる高慢な女とみなしていた。

「百合は正義」

「あはは、はじめて先輩に共感できました」

「奢るから、なんか酒飲めよ」

「飲んだことなくて。なにがいいですかね」

「無難にカシスソーダにでもしとくか」

 混み始めたせいで、店員が二人席のこちらに気づかない。シバは勝手にカウンターへ入り、手早くカクテルをつくってしまう。

 この人ちょっとカッコイイかも、とサッサの胸が騒いだ。




 サッサは、飲み干した五杯めのグラスをテーブルに置いて言う。

「おかわり」

「奢ると言ったけど、すこしは遠慮しろよ」

「本が売れたからお金持ちでしょ」

「印税が入るまで一年かかる」

「私もお金欲しい。はやく一人暮らししたい!」

「お母さんと二人だっけ」

「そう。あの人は呪われた血が流れてないから、死んでくれそうにない」

 シバは眉をひそめて言う。

「飲みすぎじゃね」

「あれはバカな女ですよ。呪われた男に股を開いて、呪われた双子を産んだ」

「悪いのは産ませた男だろ」

「男は本能じゃないですか。精子をばら撒くしか能がない、ただのスプリンクラー」

「いい加減にしろよ。辛い経験をしたのは知ってるけど、自分の親に言うことじゃない」

 シバは深く息を吐き、氷の入った自分のグラスにウォッカをそそぐ。朝までコースになりそうだ。

「先輩ん家は?」

「父と二人暮らし。四年前に離婚した」

「お父さんと仲いいですか」

「甘やかされてるね。見ての通り自由放任」

「先輩は経済学部ですよね。医者になれとは言われなかった?」

「全然。でも本心は継いでほしかったろうな。それは今でも負い目だよ。やっぱ医者と結婚しなきゃダメかもとか」

「タッキーさんが聞いたら悲しみますよ」

「人生って思う様にならないな」

 野球帽をかぶったDJが、奥井雅美の『輪舞-revolution』をかける。

 テーブルを指で叩きながら、シバが言う。

「アガるなあ。DJやりてー」

「ウテナの曲だ」

「知ってんだ。お前ホントは百合好きじゃね?」

「ちがいますよ! 姉がアニオタだったから一緒に見てただけで」

「双子の姉妹でウテナとか、マジ萌える」

「そうゆう目で見るのやめて。迷惑」

「あたし、サッサを好きになってきた」

「はいはい。マエにもそう言ったらしいですね」

「へへっ」

 シバは照れ笑いでごまかし、グラスを持ったままDJブースへ乱入して踊る。地元の名士を客は歓呼でむかえる。空気を読んだ店員にコントローラを譲られ、ミキサーをいじり、スクラッチを決め、パッドを連打する。

 サッサは、悲観主義に凝り固まった自分がバカらしく思えてくる。世の中にはこんなに自由に生きてる人間もいるのだ。

 上機嫌のシバが席に戻って言う。

「で、マエちゃんは百合研入ってくれんの?」

「さあ。今年は受験だし、そもそも桔梗は医学部ありませんからね」

「他大のコも歓迎だよ」

「なんでマエにこだわるんですか」

「LINE交換できたから、あたしはもういいけどさ。でもタッキーが強く推してるんだ。あとレコーダーを気にしてた」

「レコーダー?」

「オリンパスのピンクのやつを、マエちゃんが持ってんだって。知らない?」

「いえ」

「レア物らしい。あたしに聞け聞けってうるさかった。忘れたけど」

「ふーん」

 オリンパスV-15はいま、サッサのリュックのポケットにある。ブロードウェイのトイレでマエに借りたあと、返しそびれたまま。

 持っているのを隠せと直感が告げた。これを探してる人間がいる。おそらく殺人事件とつながってる。

 ドアが開き、マキシスカートを穿いた赤い髪の女がひとりで入って来た。学生会館などで見た記憶がある。暗い店内を見回している。

「あの人」サッサが言う。「百合研ですよね。先輩に用があるんじゃないですか」

「あのコはツバキ。ウチで一番漫画がうまい」

「最近よく見かけます」

「いいコだよ。ツバキ、こっち!」

 シバが手を振るのに気づき、ツバキが席へ駆け寄る。緊急の用があるので部室に来てほしいとのタッキーからの伝言をつたえ、またすぐ店を出る。ここは地下なので電波が届かない。

 アイフォンによると九時十二分、学生会館の閉館時間が迫っている。

 スタジャンを着て帰り支度しながら、シバはサッサに言う。

「もっと話したかったな」

「そうですね」

「さっき一人暮らししたいと言ってたけど、要するに親から独立したいんだろ。だったらルームシェアでもいいよな」

「相手がいません。友達はマエだけなんです」

「あたしと住まないか? まとまった金が入るから、結構いい部屋借りれると思う」

「え……」

 ふたりは真顔で見つめ合う。水樹奈々の歌声が大音量で響いている。

「そうやって手当たり次第」サッサが言う。「女の子を口説いてるんでしょ。だいいち、先輩にはタッキーさんがいるじゃないですか」

「あいつプライベートでは、そんなにあたしとつるまないんだ。住所も教えてくれない」

「からかわないでください。私がどんな人間か知ってるくせに」

「知ってるよ。可愛くて、すごくピュアな女の子」

「私は誰とも恋愛したくない! 男だろうが女だろうが」

 サッサの叫びが水樹奈々の声を掻き消す。

 シバは虚ろな顔で天井を見上げて言う。

「ごめん、強引だった。酔っぱらいの妄言ってことで忘れてくれ」

「別に怒ってないです」

「ならいいけど」

「むしろ、う……うれしかった」




 会計をすませてシバが帰ったあと、サッサは男女兼用のトイレに入る。ちいさな洗面台を叩く。

 シバが提案したのはあくまでルームシェアであり、同棲じゃない。本心はどうあれ、ことさらに恋愛感情を匂わせてはいない。なのにサッサは、それが性的な誘惑だったかの様に、見苦しい反応をした。恥づかしくてしかたない。

 双子の姉が十四歳で頸動脈を切って自殺したとき、自分は絶対に子供をつくらないと誓った。その決意に変わりはない。出産の前段階である恋愛やセックスからも、意識的に距離を置いていた。

 でも女同士なら、例外かもしれない。

 勢いよく顔を洗う。頭を冷やせ。ちょろすぎるぞ私。むこうの手練手管に翻弄されている。いまは恋愛どころじゃないはず。

 トイレのドアが開いた。赤い髪のツバキが中を覗く。サッサは鍵をかけ忘れたのに気づく。

「すみません、すぐ出ます」

「いたよ! 例のチビ」

 ツバキが背後に呼びかけると、黄色のポロシャツを着た日焼けした男が現れる。猫を虐待する動画を撮っていた連中のリーダー格だ。

「あんた」ツバキが言う。「レコーダー持ってんだろ。ブロードウェイのトイレで話を聞いた」

「なんのことですか」

「痛い目にあいたくなきゃ、さっさと渡せ」

 リーダーがポロシャツをたくし上げると、バギーデニムに突っこんだ重そうな鉈が見える。

「あめあめで」ツバキが続ける。「カッター振り回して暴れたんだってな。でもヨシ君のマチェットにはかなわない。猫が真っ二つだぜ」

 ふたりの脅迫者が笑う。「あめあめ」はメイドカフェの略称だ。猫殺しは事実だろう。サッサは抵抗をあきらめる。

 ツバキはV-15を耳にあて再生。くぐもった男の声が、サッサにもかすかに聞こえる。ツバキは飛び上がって喜び、リーダーに抱きついて叫ぶ。

「これだ、一千万円!」

「ツバキさんは」サッサが言う。「百合研所属ですよね。男の人と仲良くしていいんですか」

「はあ? バカじゃねえの。百合とかただのファッションだし。みんな男とやりまくってる」

「汚れてる」

「てめえも汚してやるよ。ヨシ君、このブスやっちゃって。動画に撮って口封じしよ」

 ズボンにぶら下げた鍵を鳴らし、リーダーが狭いトイレへ踏みこむ。

 サッサは染みだらけの床に膝をつく。スプレー式のサンポールをつかみ、リーダーの顔へ噴射。

 もがき苦しむ男の脇をすり抜け、夜の街へ飛び出した。




 三日後。

 宝仙寺斎場でツバキ、本名浅井椿の告別式が営まれる。享年十九。死因は心不全と発表された。

 サッサはマエを連れて参列する。マエはフォーマルウェアだが、サッサはいつもの黒ワンピを着ている。普段着が喪服みたいなもの。

 斎場の入口に取材陣が殺到している。「またもや百合自殺」と騒がれていた。ワンピースを着たシバが、頬を濡らして取材を受ける。彼女に影響されて少女が命を絶ったとされる事例は、これで四件め。今回は身内から発生したため、サークルの解散を宣言せざるを得なかった。

 赤く目を腫らしたシバが、こちらに気づく。一瞬だけ視線を交わす。心中は想像つかない。あの涙は本物だと信じたい。

 おとめ山公園の池で発見されたカスミとその母については、無理心中と報道されたあと、なんの情報も出てこない。

 だれが少女たちを殺し、隠蔽しているのか。

 シバなのか。自殺を肯定する彼女の百合思想は、殺人を揉み消すための隠れ蓑なのか。でも、たかが町医者とその娘が、警察やマスコミを牛耳れるだろうか。

 厚労省や製薬会社がバックにいるのか。でも、そんな大組織が女子大生をコマに使うだろうか。

 サッサは首を横に振る。迷いすぎるな。そして決めつけるな。あらゆる先入観を排除しろ。ツバキが他殺かどうかも、まだ確定してない。

 マエと一緒に式場へ入る。両側にならぶパイプ椅子に遺族らが座る。ツバキの母が夫に抱えられている。支えがないと意識を失うから。

 サッサは深く頭を下げ、これからする暴挙に関して前もって謝罪する。

 死化粧をほどこされたツバキはうつくしい。棺桶には花や、生前に好きだったCDなどが収められている。

 サッサは首周りの花をどける。水平の索溝が残っている。無数の引っかき傷もある。防禦創だ。ツバキは首と紐のあいだに指を突っこもうとしたが、そこに隙間はなかった。

 首吊り自殺なら斜めの索溝ができる。八年前、父の遺体にあるのをこの目で見た。第一発見者はサッサだった。

 半分気絶していたツバキの母が、取り乱してサッサに飛び掛かる。

「うちの娘になにをするの!」

 サッサは手で制止して言う。

「お母さん、仇は私がとります」




 サッサがブツブツつぶやきながら、中野坂上駅へ急ぐ。装具をつけてびっこを引くマエは、早足についてゆけない。

「サッサちゃん!」マエが叫ぶ。「もっとゆっくり歩いて」

「ご、ごめん。考えごとしてた」

「さっきから変だよ。そんなにショックなの」

「そうだ、レコーダー。まだ返してなかった」

「すぐじゃなくていいよ」

「あれはどこで手に入れたの。十年くらい前の機種だけど」

「誰かにもらった。お父さんだったかなあ」

 フォーマルウェアで大人びて見えるマエが首をかしげる。

「がんばって思い出して」

「うーん」

「大事なことなの」

「そのころの記憶が一番混濁してるから……ごめんなさい」

 あまりマエに負担はかけられない。シバとタッキーに直接疑問をぶつけよう。消される危険を冒してでも。

「私にもしものことがあったら……」

「なに?」

「ううん、なんでもない」

 サッサはマエの手を取り、地下鉄への階段を下りた。




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