『死と乙女と中野』 第6章「編集長」




登場人物・あらすじ


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 サッサはマエと一緒に、中野ブロードウェイ一階の女子トイレにいる。アイフォンに保存した作品をスワイプする。迅雷社の編集者に見せるため、自家製の写真集をコンビニで三冊プリントしたが、ほかにも自信作を用意しておきたい。バッテリー残量が減って警告が表示される。

 鏡ごしにマエが言う。

「笑顔で、あかるくね」

「うん」

「媚びないのがサッサちゃんの良さだけど、ときには人に合わせることも大事」

「わかってる。私も次のステップへ進みたい。マエみたいに」

「ほら笑顔。表情硬いよ」

 サッサは鏡にむかい微笑する。どちらかと言えば整った顔立ちだが、笑うとバランス崩壊する。

「どうしてこんなに笑顔ブスなんだろ」

「そんなことないって」

「マエの笑顔は天使だけど、私のは化け物」

「もう、しっかりしてよ」

 マエは声高に笑う。高校卒業して進路は分かれたが、あの頃となにも変わらない。親友がいればなにも怖くない。

「ところでいまレコーダー持ってる?」

「うん」

「会話を録音したいんだけど、アイフォンのバッテリー切れそうなんだ」

「古いので良ければどうぞ」




 サッサとマエは自動ドアを通り、メイドカフェ「あめーじんぐ・あめじすと」へ入る。

 スカート丈の短いメイド服を着た、金髪ショートカットの女に迎えられる。

「お帰りなさいませ、お嬢さま!」

 メイドに扮したシバがウィンクする。この店を代表する売れっ子として活動するなかで、著書を出版するなどのチャンスをつかんだ。

 紫の壁紙が貼られたフロアの四人用テーブル席に、スーツを着た四十歳前後の男がいる。薄毛なのか丸刈りにしている。サッサたちは待ち合わせの十五分前についたが、すでにウィスキーを飲んで出来上がっている。

 サッサは全力を尽くし、不気味な半笑いを浮かべる。




 男は現在、迅雷社の月刊漫画誌『コミック姫百合』の編集長をつとめる。この店の常連客であり、人気を見込んでシバを新書編集部へ紹介した。酔ってはいるが一応プロであり、それなりに真剣に写真に目を通す。

 編集長はB5サイズの写真集から目を上げて言う。

「いいんじゃない。センスあると思う」

 サッサが答える。「ありがとうございます」

「激しい情熱をもたず、あるがままの現実を受けいれる感じ。ゆとり世代の世界観なのかな」

「はあ、なるほど」

 世代で一括りにする論法は愚かだが、サッサは気にしない。自分が何世代だろうが構わない。死後もすぐには消滅しない作品を、形にして遺したいだけ。

 編集長はサッサの腕を触りながら言う。

「ごめんごめん。ゆとり世代は二〇〇三年生まれまでだったね。決めつけはよくない」

 謝罪を口実にしたボディタッチ。これで五回め。

 サッサは目を伏せて答える。

「いえ、大丈夫です」

「被写体には許可取ってるの?」

「路上スナップだから無理です」

「それはマズイなあ。もし出版するなら肖像権はクリアしないと」

「でも肖像権には財産権と人格権があって……」

「まあ法律的にはね。ただウチはビジネスでやってるわけだし」

「人物以外の写真もいっぱいあります」

 サッサがアイフォンを渡したとき、手を数秒握られる。サッサは気を紛らわせようとアイスコーヒーを飲みこむ。

 眼中に入れなきゃいい。この薄汚い中年男それ自体は、私の人生において無意味だ。こいつが持っている権限と人脈だけに価値がある。

 隣に来るよう編集長に手招きされ、サッサは向かい側の席へ移った。

 マエが視線を送る。

 我慢して。あとで愚痴を聞いてあげるから。

 表情だけでメッセージがつたわる奇跡に、サッサは胸が熱くなる。

 テーブルに置かれた編集長のアイフォンに目を留め、サッサが言う。

「編集長のアイフォンケース可愛いですね。ポムポムプリンお好きなんですか」

「僕はサンリオ男子なんだ」

 編集長は鞄からポケット式ファイルを取り出し、見せびらかす。いい年してサンリオグッズのコレクターだった。若い女を口説くときに有用なのかもしれない。

 ファイルからキティちゃんが描かれた紙を出して続ける。

「この広告は僕がつくった」

 サッサの血が凍る。それは被害者の会で配られた、紅花病ワクチンを勧める広告だった。

 早く、早くしまってくれ。マエにそんな物を見せたくない。

 サッサが言う。「どれも可愛いですね。ありがとうございます」

「君は中学生だっけ? 受けた方がいいよ」

「考えておきます」

「副反応の噂とか信じてないだろうね。あんなのデマだから」

「あとでネットで調べてみます」

「そう。自分で調べて、自分の頭で考えなきゃ。くだらないデマに影響されたら、日本はますますワクチン後進国になる」

 サッサは上目遣いで恐る恐るマエを見る。やさしい笑顔を絶やしてない。心が引き裂かれているのは、サッサにしかわからない。

 何がデマだ。ふざけるな。お前がいったい何を知ってるのか。マエが経験した地獄の何を。マエがそれを乗り越えるため払った犠牲の何を。

 それでもマエは、私の夢の実現を手助けしようと笑顔でいてくれる。本当に人間じゃなくて、天使なのではないか。

 編集長は、ZARAで買った黒のワンピースの裾からのぞく、静脈の浮き出たサッサの腿に触る。白い肌が好きなのだろう、さっきからチラチラ観察していた。そしてサッサの性格から来る無表情が、黙認を意味すると解釈したらしい。

 サッサは左手で、毛の生えた編集長の手をテーブルに乗せる。

 マエ、応援してくれたのにごめん。

 オルファを垂直に手の甲へ突き立てる。編集長の胴体は椅子から落ちるが、手はテーブルに釘づけされている。立ち上がったサッサは両手でさらに深く抉る。三十七キロの体重でテーブルまで貫く。

 のたうつ編集長は絶叫してる様に見えるが、声はサッサの耳へ届かない。聴覚が麻痺している。給仕していたシバが背後から組みつく。ほかの男性客もサッサを引き離そうとする。誰かの指が口に入った。思い切り噛む。

 オルファがこれ以上刺さらないので、一気に引き切る。丸刈りの中年男は木の床で転げ回る。泣き喚きながら。

 喜べ。天使を汚して、まだ命があることを。

 サッサはオルファをウィスキーのグラスに突っこみ、黒刃についた血を洗う。

 自分を中学生に間違えた男を見下ろし、サッサは言う。

「そんなにセックスしたいなら、母親とやってろ」




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