やさしき殺人者 ― 『ゆきゆきて、神軍』

 

ゆきゆきて、神軍

 

監督:原一男

制作:日本 昭和六十二年

[早稲田松竹で鑑賞]

 

 

 

ほこらしげに、小指のない右手をかざす奥崎健三。

イギリス領東ニューギニアでの戦闘による損傷だ。

通念として、身体の欠損はぬきがたい恥だし、

実戦を経験したならなおさら、いまわしい記憶とむすびつく。

「名誉の負傷」なんて存在しない。

かくすべきものだ。

だから、カメラのまえでそれを誇示するしぐさは、

奥崎の精神構造のいびつさの証しにみえる。

自他の「傷」というものに、極度に無関心。

亡霊のようにむかしの上官のまえにあらわれ、

こころの一番底にかたく秘めている、

ニューギニアの地獄でおかした、四十年まえの罪をあばく。

ドキュメンタリー映画の歴史上、屈指とされる本作は初見だったが、

ふさわしい評価だと納得した。

撮影時の奥崎は六十歳をこえていたが、痩躯はひきしまり、うごきも機敏。

舌鋒するどく、対話者をおいつめる。

西部劇の主人公のようだ。

まあヤワなからだで、激戦の密林から生還できるわけもないが。

 

 

 

昭和天皇をパチンコでねらうなどの活動や、本作の影響で、

かつての奥崎は反体制の象徴としてうやまわれた。

しかし、時のながれは戦争とおなじくらい残酷であり、

いまではすこし調べれば、偶像をうちくだくに十分な量の情報が手にはいる。

監督の原一男自身も、

奥崎のワガママにふりまわされた制作過程をあきらかにしている。

他人には平気で暴力をふるうくせに、

反撃されると「なぜたすけないのか」と原をなじり、一方的に制作中止をいいわたす。

 

第一、この映画の主人公は私ですよ。

私がご本尊なんですよ。

その御本尊がやられているシーンなんて格好悪くて

映画を見てくれている人は喜んでくれませんよ

 

まがりなりにも記録映画なのだが。

しまいには、自身を「先生」と呼ぶようにもとめる。

虚栄心の塊の、エゴイストだったのはまちがいない。

ただ奥崎に、ほかに道はなかっただろう。

本を何冊かかいているが、高等教育をうけていないこともあり、

その文章はよむにたえない代物だ。

かれにとって、みづからの「思想」をうったえる手段は、行動だけ。

 

 

 

奥崎は善人か悪人かととわれれば、後者とこたえるしかない。

その反体制活動は、動機が不純だし、手段も不適切で、結果は無益だ。

そもそも昭和三十一年におこした傷害致死事件は、金銭問題が原因。

要するに、暴力嗜好をもつ奇人にすぎない。

それでも本作が感動的なのは、こわもての外面の裏にひそむ、

かれの本当のやさしさが垣間みえるから。

戦友の母をたづね、戦地での埋葬の様子を具体的につたえ、

「一番まともな死にかただった」と涙ながらにかたる。

息子をころされた母のまえで、何人も嘘はつけない。

そして、かなしみにくれる老婆をだきしめながら、

一緒にニューギニアにゆこうと約束する。

立派な態度だった。

アメリカのマイケル・ムーアはインタビューで、

本作を生涯最高のドキュメンタリー映画と評した。

おもえば、かれの代表作である『華氏911』も、

アメリカ、イラク両国の「母のかなしみ」を、構成の核とする。

『ゆきゆきて、神軍』へのオマージュだろう。

「戦争の最大の被害者は、子をうしなった母だ」という主題が、

映画史をつらぬいていることにきづき、胸がゆさぶられた。







引用をふくめて、この記事をかくにあたり、

『奥崎謙三 神軍戦線異状なし』を参照した。

ブログ形式ながら、おどろくほど内容の濃い伝記だ。


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