『死と乙女と中野』 第3章「双子の姉」




登場人物・あらすじ


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 サッサは桔梗学園大学の学生会館のロビーを抜け、エレベーターに入る。閉じるボタンを連打するが、男二人が続いて来た。密室に男と一緒に閉じこめられ、サッサは窒息する。ドアを開けて外へ転がり出る。

 百合漫画研究会のある三階まで階段を上る。廊下で談笑する暇そうな女たちが、サッサの外見を値踏みする。キノコの様な赤い髪の女が、腕を組んで観察している。サッサは誰とも目を合わさず、早足で百合研の部室にたどりつく。

 ノックしたが返事がないのでドアを開ける。本棚やポスターが壁を占領する部屋の奥のソファに、人影がみえる。全裸のタッキーの股に、デニムシャツを着たシバが顔を突っこんでいる。

「えーと」サッサが言う。「お取り込み中でしたら帰りますが」

 シバが答える。「ようこそ百合研へ」




 サッサはパイプ椅子に座り、サークルが発行する同人誌を読んでいる。漫画にくわしくないが、玉石混淆におもえる。プロ並みの作品もあれば、人に見せる水準でないものもある。

「おふたりの作品は?」

「あたしは」シバが答える。「評論を書いてる。タッキーは編集作業。どう? ウチらの本」

「どうって言われても。まあ、出てくるのが女の子ばっかりだなとは思いました」

「男がいた方がいい?」

「それはないです。男嫌いだし。私恋愛に興味ないんです。するのも、見るのも」

「かわいいのに勿体ない」

「恋愛って要するにセックスでしょう。ベタベタと粘膜を交換するだけの話じゃないですか。まったく無意味だし、つまらない」

「ドライすぎる人生観だけど、個性的だ。それを表現してみたら」

「漫画なんて描けません」

「カメラが好きならグラビアがいいかな。タッキーのヌードとか」

 タッキーがソファで微笑する。よほど体型に自信があるのか全裸のまま。

 サッサは言われる前から、光の向きやホワイトバランスを計算していた。斜光を活かして、凹凸の大きいシルエットを強調したい。

 首を横に振る。シバたちの術中にはまっている。賭け金の高額さをかんがえれば、もっと慎重になるべきだ。

 シバは木箱から葉巻を取り出し、ギロチンカッターで切る。マッチで火をつけ、椅子にゆったりと凭れながら煙を吐く。シバは不思議な色気の持ち主で、浮世離れした金髪ショートカットなのもあり、葉巻が絵にならなくもない。

 サッサが言う。「葉巻吸う女の人って珍しいですね」

「シガーバーにいけば結構いるよ。吸ってみる?」

 好奇心に負け、サッサは一口煙をふくむ。熱くて苦かったが、むせるのは我慢した。

 灰皿においた葉巻を返して言う。

「おもしろい味でした」

「喫煙者だっけ」

「嫌いです。父がヘビースモーカーだったので」

「『だった』?」

「ええ、過去形です」

 視線を感じたサッサが壁にかかる小さな鏡を見ると、そこによく知る人物がいた。紫のワンピースを着て、首に傷跡がある。

 双子の姉である夢美がサッサに言う。

「元気そうで安心した」

「お姉ちゃん、なにしに来たの」

「いま困ってるでしょ。妹を助けるのは姉の役目」

「私を置き去りにしておいて、よく言う」

「まだ怒ってるのね。そう頑固では幸せになれないわ。親友を失い、夢も叶わない」

「お姉ちゃんに説教する資格があると思うの」

「あきらめなさい。私達は呪われた姉妹なのだから。不相応な願望は捨てなさい」

「うるさい」

「すべてを失っても、あなたには私がいる」

「だまれ!」

 サッサは黒いリュックからオルファのカッターを取り、壁際の姉にむかって走る。黒刃を紫のワンピースに突き立てる。服全体が赤黒く染まるまで刺しつづける。

「あんたなんか姉じゃない! 負け犬のくせに偉そうな顔をするな!」




 サッサは自分がベッドに横たわっているのに気づいた。一人用の白い病室で、シバとタッキーが傍らに立っている。窓の外に中野ブロードウェイが見える。

「ここは」サッサが言う。「柴田総合病院ですね。シバ先輩のお父さんがやってる」

「そう」

 軽く身をよじるだけで痛みが走る。いつの間に着せられた緑のパジャマのボタンを外すと、胴体の上から下まで包帯が巻かれ、血が滲んでいる。

「私やっちゃいましたか」

「突然で止められなかった」

「すみません、御迷惑おかけしました。信じてもらえるかわかりませんが、事情を話します」

 佐々家に生まれた人間はみな呪われた血、つまり自殺の遺伝子をもっている。医学的に證明されたものではないが、その九割が二十歳までに命を絶っているのは事実だ。父は首を吊り、姉はカッターで頸動脈を切った。

 シバが頭を掻きながら言う。

「迷信じゃないの。あたし医者の娘だけど、そんな話聞いたことない」

「私も迷信と思ってますよ。たまに自信なくなるけど」

 ショートパンツを穿いたタッキーが、子供用のスウェットの上下をベッドサイドの棚に置く。

「これが着替えだ。ファッショナブルとは言い難いが。動けそうか?」

「ええ。持ち物はどこです?」

 タッキーはシバに目配せする。カッターを返すべきか迷っているのだろう。

「しばらく」シバが言う。「ウチに入院してもいいよ。お安くしとく」

「結構です。荷物返してください」

 柴田総合病院は、マエにワクチンを射った病院だった。これ以上世話になりたくない。

「でも目の前であんなもの見せられたら」

「カッターがなくても自殺はできます。いつでも、どこでも。気にしてたら身が持ちません」

「自殺者が年間三万人って言うよな」

「お風呂で溺れて死ぬ人は年間一万人らしいです。多いのか、少ないのか」

 シバは肩をすくめる。タッキーが部屋の外から持ってきたリュックを受け取り、サッサはカメラやアイフォンやカッターを確かめる。紺のスウェットに着替えながら言う。

「ところでシバ先輩、あの話まだ生きてます?」

「あの話?」

「迅雷社の編集者を紹介してくれるって」

「連絡はしたよ。結構乗り気だった」

「マエを百合研に誘うのは難航中ですが、責任もって説得します。そちらもよろしくお願いします」

「メンタル強いな。自殺未遂直後なのに」

「私の取り柄はこれだけですから」

 リュックを背負ってサッサはほほえんだ。




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