『死と乙女と中野』 第1章「盗撮」




登場人物・あらすじ


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 中野駅で、東京行の電車が人の塊を吐き出す。十八歳のサッサは身長が百四十四センチしかなく、ピンボールみたく幾度も弾かれ、つまづきかける。

 女性専用車輛ってのがあるけど、女性専用ホームもつくってくれとつぶやく。

 人気のなくなった中央線ホームの高円寺側の端に、白のセーラー服の少女がたたずむ。桔梗学園中の制服だ。なぜいまの電車に乗らなかったのだろうと、サッサは首をひねる。

 蝶が花に誘われる様に、サッサは中学生にちかづく。黒のワンピースを着た姿はクロアゲハさながら。右手にアイフォンを握っている。

 通り雨で濡れたセーラー服の下に、水色のブラジャーが透けて見える。サッサは気配を消して一メートルまで接近し、無音カメラアプリで背後から撮影。素知らぬ顔のまま、ひらりと翻る。中学生は線路を見つめている。

 サッサは女の下着を盗撮し、違法業者に売って小遣いを稼いでいた。百枚で五千円。二時間ほど粘れば撮れるから割りはいい。同性だと怪しまれないし、言い逃れもたやすい。報酬はアマゾンのウィッシュリストで現物支給。捨てアカウントをつかい、コンビニで受け取る。自分に足がつく恐れはほぼない。

 階段を下り、感覚を研ぎ澄まして次の標的を物色。青のミニスカートの女が目に留まる。身長は百七十センチを超えるはず。劣等感を刺激されたサッサはロックオンする。息を潜め、目が合わない様にし、さっきと反対側の階段へ追随する。

 長い脚の女は乾いたヒールの音を立てる。スカートがひらめいて小ぶりな尻が露わに。ノーパンだった。サッサは十数回シャッターを切る。レアキャラとの遭遇で昂奮し、撮ったばかりの画像をホームで確かめる。

 面識のない金髪ショートカットの女が、横からアイフォンをのぞきこむ。しゃれたグレーのパーカーを着ている。

「ちゃんと撮れてるね。エロい」

 サッサの心臓が一瞬止まる。周囲の警戒を怠っていた。

 金髪女は、自分のアイフォンで撮影した動画を見せる。階段を上るサッサとミニスカートの女が写っている。

「桔梗大を騒がす盗撮犯が女子とは驚いた」

 サッサは画像を消去しようとするが、指が震えて誤操作をくりかえす。硬直した唇をうごかし、どうにか発言する。

「なんか勘違いしてませんか」

「へえ、否定するんだ。じゃあ被害者に聞いてみよう。おーいタッキー、このコがお尻の写メ撮ってくれたよ」

 タッキーと呼ばれたミニスカートの女が、笑顔で歩み寄る。罠に嵌められたとサッサは悟る。

「あんたら警察か」

「あっはっは」金髪女が笑う。「んなわけない。君とおなじ桔大生だよ。あたしは三年の柴田カヲル。シバって言われることが多いかな」

「ああ、あの」

「知ってた?」

「有名ですから。百合の女王」

「なら話は早い。ねえサッサちゃん、ウチのサークル『百合漫画研究会』に入らない?」

「私レズじゃないですよ」

 シバとタッキーが笑い転げる。シバなど涙ぐんでいる。

 サッサは赤面しながら言う。

「だって噂じゃメンバーはみんなそうって」

「まあ」シバが答える。「あたしとタッキーに関しては嘘じゃないけど」

 シバがタッキーの細い首に口づけする。

 サッサは盗撮を見咎められたときよりは、落ち着きを取り戻して言う。

「サークルの勧誘にしては回りくどいですね。なんでまた私を?」

 シバが答える。「新入生の美少女は全員入れたい」

「私が美少女ってありえない。チビでデブだし、短足で顔デカくて胸もなくて最悪」

「自己評価低すぎじゃね」

「本当を言うと」タッキーが言う。「君の友人の前田さんにも興味があるんだ。高校まで桔梗だったけど、病気で大学へ進まなかったとか」

「それなら納得。マエは世界一可愛いですもん」

 サッサはきょう初めて笑顔を見せる。親友のことを思うと顔がほころぶ。アマゾンのウィッシュリストに登録した品物は、すべてマエへの贈り物だった。

 シバが尋ねる。「入部してくれる?」

「まさか。そんな怪しいサークル嫌ですよ。まして親友を巻き添えにするとか」

「どうやら自分の立場をわかってないらしい」

 サッサの手からアイフォンを奪い、シバが叫ぶ。

「駅員さーん! ちょっといいですか」

 女子大生三人組に呼ばれ、四十代の駅員は嬉しそうに駆けて来る。シバの手元には盗撮画像と、犯行の一部始終を収めた動画がある。逃げられそうにない。サッサは無言で激しくうなづく。

 如才ないシバは、駅員に秋葉原への行き方を聞いてごまかしている。サッサは天を仰いだ。




 駅員が去ったあと、小柄なサッサは腰に両手をあてて言う。

「いまから会話をアイフォンで録音しますが、よろしいですか」

 シバが答える。「童顔に似合わず用心ぶかいな」

 サッサは黒いリュックから本を取り出す。迅雷社新書の柴田カヲル著『百合イズム 女子の寿命は二十二歳』、二十万部売れたシバの著書だ。

「マエから借りて読んでたんです。たまたま」

「ありがと。サインでもする?」

「いえ。私カメラが趣味で、写真集を出すのが夢なんです。だから編集者を紹介してほしい」

 シバとタッキーは顔を見合わせる。この小学生みたいな背格好の十八歳は手強い。

「紹介するくらいならできるけど」

「お願いします。それが入部の条件です」

「ちゃっかりしてんなあ」

「よく言われます。それにしても過激な本ですよね。女は二十二歳以上生きる意味がないって」

「事実でしょ。みんな心の中ではそう思ってる」

「タッキーさんも?」

 タッキーが答える。「私はシバの忠実な下僕さ」

「でもこの本に影響をうけて自殺者が出てるじゃないですか。ネットで叩かれてる」

 8番線に入った列車が耳障りなブレーキ音を立て、ホームの中ほどで停車した。乗換を案内した小太りの駅員が走りながら、ほかの駅員に「セーラー服の女の子が飛び込んだ」と伝える。

 中央線で人身事故は日常茶飯事であり、ほとんどの利用客は平然とスマートフォンをいじっている。十分くらい経って救急車のサイレンが響く。

 彫りの深い顔立ちで西洋系のハーフに見えるタッキーは、するどい視線を四方に配っている。

 シバがつぶやく。「五月病かな」

「ひょっとしたら」サッサが言う。「この本の読者かも」

「私に影響されて死ぬ人もいるし、逆に生きようと思う人もいるはず」

「なるほど。とにかく自殺って最悪。あの人たちは迷惑を考えない。死んだらそれまでって発想、私は理解できないな」

 サッサは地上の救急車のランプをながめる。その眼差しは、地平の果てを見通すかの様だった。




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