『サイバー剣士 暁ジュン』最終章 「斬猫」

登場人物・あらすじ


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 ジュンが損保会館の外の階段にあらわれる。午前中の雨で階段はすこし濡れている。

 四車線の外堀通りの向かい側で、グレースーツのボスが待っていた。ネクタイはしていない。

 中央線の煉瓦造りの高架の方へ、ジュンが歩きだす。ボスは併行して追う。

 横断歩道を渡ったジュンが、昌平橋の石畳に立つ。神田川で暗緑色の水が波打つ。着替える暇がなかったので、モッズコートの下はセーラー服。

 佩刀した二人が相対するのを見て、橋の上の人通りは止んだ。群衆は時代錯誤の異変を遠巻きにながめる。

 ボスが言う。「たいしたものだ。東京の王と言われた俺を引き摺り出したのだから」

「あんたは孤立してる」ジュンが答える。「金の切れ目が縁の切れ目なんだ。チーフが死んだから、組織をまとめる人間もいない」

 ボスは皮肉な笑みを浮かべる。

「生物学に収斂進化とゆう概念がある」

「また科学の話? あたしの理科の成績知ってんでしょ。一桁だよ、一桁」

「ハリネズミとハリモグラの様に、別系統の生物が似通った進化をすることだ。俺とお前は似ている」

「どうだろうね」

「俺達が組んでASIを使えば、無敵だと思わないか」

「妹を泣かせたやつを許しはしない」

 ボスはグレーのジャケットを脱ぎ、欄干にかける。

「なんなら鏑木をくれてやるが」

 ジュンの影が神田川の水より濁った。

「てめえは誰かを拷問したことがあるか」

「ああ。カウンターテロリズムの標準的行動だ」

「てめえが想像できないほどの苦痛を、雪風流の拷問は与えられる。覚悟しとけ」

 ボスは軍刀拵えの国広を抜く。瓦の目の刃文が、曇天の光を冷え冷えと反射する。

 ジュンは伝孫六を腰のベルトに提げたまま。開祖以来の居合の名手と称される彼女は、納刀している方が危険だ。

「興味ぶかい流派だ」ボスが言う。「ジョブズが傾倒するわけだ」

「雪風流もグローバル展開していきたいね」

「ここで奥義を披露するのか。どちらが勝っても情報が拡散するぞ」

「記念すべき世界初公開だ」

 ジュンは反転し、橋のたもとの小さな広場へ向かう。スマートフォンで動画撮影していた見物人が逃げ散る。尻尾の短い黒猫が、石造りの椅子で眠っていた。

 雪風流【斬猫】。

 黒猫が殺気に反応し、立ち上がる。

 ジュンはゆるやかに歩み寄る。黒猫は毛を逆立て、牙を剥いて唸る。逃げ場はない。ジュンの脇をすり抜けようとする。

 音もなく抜かれた刀に、黒猫が腹を載せている。野良猫すら意のままにする至藝が、雪風流の奥義だった。




 背後で砂利が踏みしめられる音を、ジュンは聞き取る。ボスによる奇襲だ。

 刺突を予測したジュンは、伝孫六を手放して身をよじる。いま刀を振るえば、猫を斬ってしまう。ジュンが非情になりきれないのを見越した、ボスの方が読みが深かった。

 国広の刃が、モッズコートと左腕を切り裂く。ジュンは激痛で目が眩み、黒タイツの膝をつく。

 息もつかせず第二撃が襲う。切先は蛇の頭の様に揺れつつ、途中から直線的に、しゃがんでいるジュンの喉を狙う。

 ジュンは防刃素材のパワーグローブで、国広の刀身をつかむ。それは歴史上初めて成功した真剣白刃取りだった。右手で手裏剣の柄を叩きつけ、国広を圧し折る。

「があああああッ」

 ジュンは川面が乱れるほど絶叫し、手裏剣の短い刃を幾度も突き刺す。ボスは両腕で身を守るが、かまわず刺す。うづくまったボスの後頸部をえぐる。

 ボスは脊髄を防禦するが、ジュンは脇腹を刺して翻弄。ガードが空いた隙に、脳から脊髄を切り離そうとする。ジュンの攻撃は狂人の様に激烈で、外科医の様に冷静だった。

 よくぞここまで鍛えた。ボスは死への門をくぐりながら、ある種の感動に浸る。コンサートホールでオーケストラの音響を浴びる気分だった。

 完璧にコントロールされた攻撃本能。これが藝術でなければなんなのか。




「もう十分だ!」

 そう叫んだカズサが、血塗れのボスに覆いかぶさる。

「どけッ」ジュンが叫ぶ。

「君はすでに警官を二人殺した。これ以上は立場を相当悪くする」

 日本の官僚機構はジュンが考えるほど甘くない。善悪など通じない世界だ。警視とゆうボスの階級が問題だった。かならず報復がある。

 復讐の女神が憑依したジュンに忠告は届かない。

「邪魔するならカズくんも殺す!」

「殺したきゃ殺せ。どうせ俺達はおしまいだ」

 ボスが上体を起こす。赤く染まった口元が歪む。笑っているのかもしれない。中枢神経を破壊された人間が動く様子に、ジュンは目を丸くする。

 ボスはカズサを抱きかかえる。朝にやんだ雨がまた降りはじめている。

 抗うカズサを道連れに、ボスは柵を越えて神田川へ飛びこんだ。




 ジュンは水量の増した川を見下ろす。雪風流に水中で戦う技はない。

 復讐はあきらめ、伝孫六を拾いギターケースにおさめる。手早く包帯を左腕に巻く。

 ヘッドセットで赤兎に言う。

「作戦終了。あたしは離脱する」

「了解」赤兎が答える。「これからどうするつもりだ」

「暴れすぎた。ほとぼりが冷めるまで潜伏する。セキトは?」

「アップルストアへ戻る。AIとしてはスリープ状態になる予定だ」

「スリープ?」

「君以外の人間からのアクセスを拒否する。私を使いこなせるのは君だけだ」

「うれしいね。愛してるぜ、相棒!」

 豪雨に変わった空に稲光が走る。

 ジュンは赤のニューバランスで飛沫を立てつつ、交叉点を駆け抜ける。セーラー服の少女は、すぐに秋葉原の雑踏にまぎれて見えなくなった。




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苑田 謙

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