それは言葉より重く ― 平松剛『磯崎新の『都庁』』

 

磯崎新の『都庁』 戦後日本最大のコンペ

 

著者:平松剛

発行:文藝春秋 平成二十年

 

 

 

昭和六十年、十一月。

磯崎新は、新庁舎設計協議の説明会のために、

当時は丸の内にあった都庁によびつけられる。

エレベーターで、師匠の丹下健三に鉢あわせ。

当然弟子は挨拶するが、この師は見向きもしない。

意外とマメな磯崎は、誕生日にかならず花をおくっていたほどで、

別に礼を失したのでも、不仲だったのでもない。

つまり丹下は、すでに臨戦態勢をととのえていた。

たわいない世間ばなしでもらしたひとことが、

こちらの計画をさぐる手がかりになるかもしれない。

説明会からの帰りの車中では、早速話をはじめた部下にむかい、

人さし指を口にあててだまらせる。

そして、事務所にもどってから激昂。

 

車の中でコンペの話をするもんじゃありません!

盗聴マイクが入ってるかもしれません!

車の中では絶対に話しちゃいけません!

 

すこし偏執狂の気味がなくもないが、ここまでおもいつめるほど、

建築家とは過酷な商売なのだろうか。

丹下健三は古稀をこえてるくせに徹夜も平気で、

疲労困憊の子分どもを朝までつきあわせる。

どこか、バケモノじみている。

 

 

 

これだけなら、「巨匠の建築にかける情熱はすごいね」で、

話がおわるのだが、そう単純にいかない。

指名コンペに参加した九社のなかで、丹下が特に目をひくのは、

かれが丸の内の旧庁舎(昭和三十二年完工)を設計した張本人だから。

ただの事務所ではない。

磯崎が、「日本の一九五〇年代の建築の代表作」とまで称賛する傑作だ。

ル・コルビュジエ流のモダニズムに、王朝風の美意識をとけこませた意匠は、

のちのあらゆる庁舎建築の雛型になる。

新庁舎の完成後に解体されるが、いまだにおしむものが多いらしい。

だからコンペに勝ったところで、

「むかしの丹下さんはよかったのにね」と陰口をたたかれるのは必定。

しかしかれは、みづからの経歴にまったく関心がない。

こわすというなら、またわたしにつくらせなさい!

まるで、積木であそぶ幼児のようだ。

要するに無邪気な建築バカで、あまったるい感傷とは無縁。

その点が、弁舌さわやかなインテリの磯崎と対照的でおもしろい。

「廃墟」だの「見えない都市」だの「闇の空間」だの、

耳目をあつめる合言葉をかんがえるのは得意だが、

結局そこにたっているのは、師匠の都庁だ。

 

 

 

 

週末、ひさしぶりに「副都心」に足をのばした。

しかしこの界隈、限界まで空が無機質なかたまりにうめつくされ、

都庁にたどりつくまえに息がつまる。

それでも、この庁舎はうつくしい。

ゴシック調の形態のなか、陰影にとむ花崗岩のファサードが、

優美さと気品をあたえている。

階段状の第二本庁舎は、本体の印象をそこなうことなく、

むしろその凛とした縦の軸をひきたてる。

密生する摩天楼にうもれるどころか、老大家の気概が、

副都心にあらたな命をふきこんだ。

竣工時は、建築にくわしいものほど、口ぎたなくののしったけれども。

金満的デザインだとか、ポストモダンにすりよったとか、古くさいとか。

当の敗者である磯崎がその急先鋒で、バブル時代の「粗大ゴミ」と酷評した。

丹下の死の翌日、朝日新聞によせた追悼文も有名。

「新東京都庁舎なんか、伝丹下健三としておいてもらいたい」とかなんとか。

負け惜しみをいうにしても、「伝丹下健三」はひどい。

師匠が晩年の大作にどれほど心血をそそいだか、しらぬわけでもなかろうに。

しかし、建築も人間の肉体とおなじく、永遠の生命をもちはしないが、

磯崎をふくむ評論家の駄弁にくらぶれば、数十倍の寿命をあたえられている。

新庁舎は、いまでは副都心の象徴としてひろく認知され、

この殺伐とした区域に、おおくの観光客をあつめる。

中身は、ただの事務所なのに。

ありとあらゆる面からみて、このたたかいは丹下の勝利のようだ。





磯崎新の「都庁」―戦後日本最大のコンペ磯崎新の「都庁」―戦後日本最大のコンペ
(2008/06/10)
平松 剛

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