『サイバー剣士 暁ジュン』第13章 「逆転」

登場人物・あらすじ


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 姫百合学園中等部の教室で、ジュンが机にむかう。学年末テスト中で、めづらしく眼鏡をかけている。

 眼鏡のレンズの内側に、因数分解の解答が表示されている。アップル社が開発中のウェアラブルデバイスを拝借しての不正行為だ。XやYなどの記号を、ジュンは生理的に受けつけない。

 骨伝導マイクで赤兎に囁く。

「フォントが小さすぎて読めない」

「拡大した」赤兎が答える。「しかし私が言うのもなんだが、倫理的に許されないのではないか」

「あたしゃ正義のため苦労してんだ、こんくらいアリでしょ」

 きのう一週間ぶりに帰宅したジュンは、成績を上げないとアイフォンとゲーム機を没収すると母親に宣告された。前回十三点だった数学をどうにかしないと、高校へ内部進学すらできない。

「別問題と思うが……ジュン、悪いニュースだ」

「なに」

「新八が虚実隊に拉致された」

 ジュンはテストを切り上げ、トイレにアイフォンを持ち込む。警視庁のネットワークへ侵入した赤兎が、監視カメラの映像を転送する。拘束された祖父の新八が、ビルへ連行される様子が映った。四方を固める男たちは虚実隊の戦闘員だろう。

 ジュンは自分の腿を叩く。

「情けねえ、あっさり捕まりやがって。これはどこのビル?」

「神田淡路町の損保会館だ」

「よく見つけたね」

「2008年の通り魔事件以降、秋葉原周辺は監視カメラが多数設置されている」

 ジュンはセーラー服のスカーフをゆるめる。

 やったろうじゃないの。百倍にしてやり返すのが雪風流だ。



 神田郵便局の最上階である八階のオフィスには、四人の男しかいない。カズサはマックブックプロを操作し、その画面をボスが立って眺める。新八は結束バンドで後ろ手に縛られ、椅子に座らされている。

 窓際でアディダスのジャージを着た男が、FNSCAR‐Hのスコープで向かいのビルに照準をあわせる。ストックの長さやチークピースを調節可能な、長距離射撃に適したアサルトライフルだ。スナイパーライフルを使わないのは、神出鬼没の暁ジュンにCQBでも応戦するため。

 無論、チーム総掛かりでジュンを迎え撃つ体制はととのっている。

 スコープ越しに損保会館八階の会議室がみえる。中に新八とボスとカズサがいる。似た外見の警官が変装している偽者だが。

 暁ジュンは理性の人ではない。かならず人質を救出しに来る。そこを銃弾でもてなす。いざとなればクレイモア地雷で味方の警官ごと爆殺する。

 ハッキングするジュンをあえて泳がせ、罠へ誘いこむ戦術は前回とおなじ。相手に読まれるのは覚悟の上。手裏剣・パワーグローブ・赤兎などの敵戦力は把握ずみ。装備も人員も、こちらが凌駕している。

 たしかに暁ジュンは天才剣士であり、サイバー戦能力まで持つ。彼女と対峙すれば国家権力さえ翻弄される。しかし超能力者でない以上、周到に準備したキルゾーンを切り抜けるのは不可能だ。

 グレーのスーツを着たボスが、縛られた新八に言う。

「まだ時間はある。奥義を見せれば、孫娘は死なずにすむ」

「ふん」新八が答える。「死期が迫ってるのはお前だ」

 ボスはMP7のストックを新八の頭に打ちつける。流血がシャツの襟に新たな染みをつくる。昨晩から水責めなどの拷問をうけていた。

 新八は、赤兎に搭載されたAI「ZB2」の開発にかかわったため、虚実隊に追われた。いまでもZB2は世界最高の知能をもつが、2011年には人間より千倍賢い「人工超知能(ASI)」の水準に達していた。『マトリックス』や『ターミネーター』が描く暗い未来を恐れた開発者は、ZB2の一部機能をロック。つまり現在の赤兎の頭脳はダウングレード版にすぎなかった。

「不可解だ」ボスが言う。「古武術と人工知能はどう考えても繋がらない」

「お前みたいな青二才にわかるものか」

「私は剣道八段だが」

「九段下でも飯田橋でもおなじこと」

 ボスは苛立たしげに首を回す。鋭い口調で詰問する。

「ザンビョウと言う奥義を見た者は何人いる」

「俺とジュンと友人のスティーブの三人。ただしスティーブは五年前に癌で死んだ」

「2011年……まさかスティーブ・ジョブズのことか」

「よく知ってるな。有名なのか。スティーブはアメリカにいたころの弟子だ。禅や武道が好きな男で、俺とはウマが合ってな。あれこれ面倒みてやった」

「信じがたい……しかし辻褄は合う」

「奥義を撮影したビデオが会社に残ってるはずだ。見たいならあっちに見せてもらえ」

「開発者は米軍と揉めたと聞く。そうか、ジョブズがASIの軍事利用に抵抗したんだ」

「頑固なやつだからな」

「遺言があって、彼の死後もアップル社は暁家の人間をサポートしてるわけか」

 ボスは自分の推理をまくし立てる。堕落したとはいえ公安警察官の血が騒ぐ。昂奮のあまり、軍刀拵えの国広を抜く。

「情報の勝利だ!」ボスは叫ぶ。「米軍さえ出し抜いた。俺は日本の、いや世界の王になる」

 マッキントッシュをあやつるカズサが、ボスに報告する。

「暁ジュンが来ました。一階で交戦中です」

 画面の中で、虚実隊の戦闘員が襲撃者に発砲する。銃声と怒号がスピーカーから流れる。

 ボスは窓際に立ち、双眼鏡で偽の人質がいる会議室を観察。カズサとボスに扮した警官がこちらに背を向け、ドアを警戒してSIGP230を構えている。

 小さな破裂音がした。

 ボスの右隣で椅子に座り、射撃姿勢をとっていた戦闘員が仰向けに倒れる。頭蓋骨の破片と脳漿が飛び散る。

「スナイパー!」ボスが叫ぶ。

 射界から逃れようとしたボスの鼻先を、ライフル弾がかすめる。

 マッキントッシュのスピーカーから、女子にしては低めの声が響く。

「動くな。あたしの射撃の腕じゃ、ギリギリ狙うのは難しいんだ。つぎは死ぬぞ」



 ボスは裸眼で損保会館を視野におさめる。十階の窓に、SCARを頬にあてた人影を見つける。双眼鏡を覗くと、モッズコートを着たジュンが手を振った。

「やっほー」スピーカーから声がする。

 SCARは損保会館の屋上にいたスナイパーから奪ったもの。

 かすれ声でカズサが言う。

「銃を使えたのか」

「火縄銃の時代から雪風流のレパートリーなんだな、これが」

「使えないと言ったのは嘘か」

「嫌いと言っただけ。あたしは好きな人に嘘つかないよ。カズくんはどうか知らないけど」

 カズサはマッキントッシュに目を戻す。交戦はまだ続いているが、どこかチープな映像に違和感をおぼえる。作戦中の緊張で見逃していた。

 カズサが呟く。「映像がおかしい」

「それメタルギア」ジュンが笑う。「あたしゲーム実況やってるから、この手の動画いっぱい持ってるんだ。大塚明夫の声に誰も気づかないとか、マジ草生える」

 カズサは口元をおさえ、椅子から立ち上がる。外部からのハッキングを防ぐのは彼の役目だ。完璧だったはずだ。そう、「外部からの侵入」に対する防禦は。

 新八が、縛られた手の中の赤い装置を見せる。ウロボロス・デバイスだ。内部から破壊工作をするためわざと捕まった。

「貴様!」

 珍しく激昂したカズサが、六十九歳の老人を殴ろうとする。

「カズくん」ジュンが言う。「これ以上あたしに人殺しをさせないで」



 ジュンはボスと交渉し、新八を解放させた。

 いまからビルの外で、真剣による一騎打ちをおこなう。ジュンが勝てば偽装テロ事件は終わり、ボスが勝てば雪風流の奥義、つまり史上初のASIをアンロックする鍵を手に入れる。

 ヘッドセットで赤兎に指示をだす。

「引き続き周囲を警戒。特にスナイパーに注意」

「ジュン」赤兎が言う。「さっきはすまなかった」

「はい?」

「私は偽情報をつかまされた。君と新八の策略がなかったら、窮地に陥ったろう。私は君のパートナーにふさわしくない」

「あたしの方こそ、信じたフリしてごめん。敵を騙すにはまず味方からと言ってね」

「人間はなぜそんなに嘘が好きなんだ」

「さあ。軽蔑する?」

「わからない。この複雑な感情をどう表現すればよいのか」

 ジュンは階段を駆け下りながら笑みを浮かべる。ロボットが自分の感情を語るのがおかしい。赤兎の内面でなにかが覚醒しているのだろうか。

「まあ、難しいことは後回し。たのむぜ、相棒」

「了解」




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