『サイバー剣士 暁ジュン』第12章 「スミレ」

登場人物・あらすじ


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 飯田橋にある「学習塾リンク」に、手ぶらのジュンが入る。ベージュの制服を着た受付の女に迎えられる。

 ジュンが言う。「諸星スミレの姉です。本人を呼んでください」

「こちらにその様な生徒はおりませんが」

「お姉ちゃんが怒ってるから、さっさと出てこいと伝えて」

 一分ほど待ったが反応はない。廊下で二人の女子小学生が、会話しつつジュンを窺い見る。片方はスミレの家にいた少女だ。ほかに大人はいない。

 ジュンは「教室」のドアをあける。

 部屋の中央にベッドが置かれ、そこで幼い少女と中年男が裸で絡みあっている。スミレの家にいたもう一人がビデオ撮影していた。

 ジュンは、それなりの社会的地位にありそうな男を睨む。その恰好で、いますぐこの建物から出て行け。さもなくば殺す、と無言で通告。

 汚い尻を見せて去った男と入れ替わりに、初等科の制服を着たスミレが教室に入る。

 スミレが言う。「お姉ちゃん、なにしてるの」

「こっちの台詞だ」ジュンが答える。「子供のくせにウリなんかしやがって」

「はあ、バカじゃない? 私はマネージメントしてるだけだし」

「もっと悪いだろうが!」

 ジュンは平手でスミレの頬を打つ。スミレは目を見開き、八重歯を剥き出しにする。姫百合学園全校に知られる端正な顔が歪む。

「スミレん家は金持ちだろ」ジュンが続ける。「おじさんがテレビ局員で、おばさんが医者なんだから。なんで金がいるんだよ」

「お姉ちゃんにわかるわけない」

「なにを偉そうに」

「じゃあ言うけど、友達づきあいにお金が必要でしょ。最低でも月に百万」

「多すぎる」

「お姉ちゃんにWiiU買うのに四万円使ったばかりだけど。大喜びしてたよね」

「う……」

「あとお姉ちゃん、私の誕生日知ってる?」

「ええと、六月だったっけ」

「四月九日。男みたいなお姉ちゃんに、私のことがわかるわけないよ!」

 スミレはジュンにしがみつき、むせびつつ胸を拳で打つ。

 ジュンは従妹の背中に両腕を回す。スミレは、狂気の沙汰を誰かに止めてほしかったのだ。

「スミレ」ジュンが言う。「叩いちゃってごめん」

「そうだよ、すぐ暴力ふるうんだもん」

「あとはあたしに任せとけ。けりをつけてやる」




 ジュンは事務室のデスクトップPCで、スミレに指示されたソフト「セフィロト・システム」を起動する。十個の円が直線で結ばれた画像が表示される。

「エヴァに出てくるやつだ」ジュンが呟く。

「これはセフィロトの樹。カバラの秘術で使われる図だよ」

「スミレはあたしよりオタクだからなあ。この塾を隠れ蓑にしてるのも名前からわかった。『ゼルダの伝説』の大ファンだもんな」

「ちぇっ」

「チャリオットとかの中二病なネーミングセンスも、スミレの仕業だろ」

「私は……」

 スミレは口ごもり、ジュンの表情をうかがう。軽々しく打ち明けられる話ではない。

 ジュンは従妹の明るい色の髪を撫でる。

「言ったろ。姉ちゃんに全部任せろと」

「うん」

 一年前、両親に預金を強制されていたお年玉の百万円を秘密裏に運用することから、スミレの物語は始まる。裕福な家庭の娘が通う私立小学校ゆえ、似た境遇の仲間はすぐあつまった。元手のない少女には「仕事」を斡旋した。スミレの「お年玉ファンド」は、億単位の投資をおこなう機関へと急成長した。

 そこに目をつけ、スミレに接触してきたのが虚実隊のカズサだった。虚実隊から保護される代わりに、お年玉ファンドは彼らの資金洗浄を受け持つ。さらに児童売春シンジケートを吸収し、最終的にスミレはテロの立案に関わるまでになった。

 胸を張って語る従妹の話を、ジュンは目眩を覚えながら聞いていた。

「マジかよ」

「UFJ銀行を狙うと決めたのも私」

「なぜ」

「いま私達は、銀行が受け取ってる手数料の一部をもらってるの。日本の手数料ビジネスの総額がいくらか知ってる?」

「知らん」

「当ててみて」

「さあ……十億くらい?」

「一年で二兆円。バカげてるでしょ。こっちは自分のお金を引き出すだけなのに、銀行はお金取るんだよ。で、UFJが反抗したから懲らしめてやった」

「いやいや、テロはよくないだろ」

「怪我人や死人は出さない約束だもん。いまのところ犠牲者は全員、お姉ちゃんが原因だよ。ホント困った人だよね」

 どうにか正気を保ちつつ、ジュンはPCへ視線を戻す。十四桁の数字が映っている。

「一、十、百、千……百億円。これがファンドの総資産か」

「十一兆円だけど。あいかわらず算数苦手なんだから」

「さすがにこれを消すのは躊躇するな」

「え?」

「それでも消すけど」

「なに言ってんの。半分お姉ちゃんにあげるよ」

「額がデカすぎるせいか、あたしの金銭欲が反応しない。ねえ、ここをクリックすればいい?」

 マウスを動かすジュンの背後で、スミレはそっと引き出しを開ける。小さな手でグロック19を取り出す。

「やめとけ」ジュンが言う。「グロックはトリガープルが独特なんだ。スミレじゃ当たんねえよ」

 ジュンはモニターへの映り込みで観察していた。

 ワンクリックでお年玉ファンドが消滅する。取引先側の記録は残っているが、虚実隊へあたえる打撃としては十分だろう。

 スミレが両膝をつき、手で顔を覆って泣きじゃくる。実の姉妹の様に親しくしてきたジュンだが、彼女の涙を見るのは初めて。

「ひどい」スミレが呟く。「お姉ちゃんひどい。みんなで頑張って積み上げたお金なのに」

「自分が逆の立場だったら辛いと思う」

「鬼! 悪魔!」

「大切な人のためなら悪魔にだってなる」

「お姉ちゃんなんか大嫌い! 死んじゃえ!」

「あたしはスミレが大好きだ。可愛くて賢い、自慢の妹だ。お金はいつかもっと稼げるよ。そのとき半分くれ」

「いやだよ……お姉ちゃんに一生何もあげないもん」

 スミレは涙をハンカチで拭いながら笑う。立ち直りの早さは血筋かもしれない。

「あとひとつ」ジュンが言う。「気になってることがある。セキトを送ってきたのはスミレ?」

「あのロボットのこと? お姉ちゃんが家に連れてくるまで知らなかった」

「虚実隊がやたら雪風流の奥義を知りたがるんだけど、心当たりは?」

「さあ」

 スミレが赤兎に乗って遊んでいた様子を、ジュンは思い出す。嘘ではなさそうだ。

 ジュンはコートのポケットの手裏剣を鳴らす。事件の全体像はほぼ見えた。先手も打った。

 決戦のときが来た。




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