『サイバー剣士 暁ジュン』第11章 「ボス」

登場人物・あらすじ


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 北区王子の高台にある自宅のテラスで、ボスが夜景を見下ろしている。青白い東京スカイツリーも目に映る。時折ウィスキーのグラスを傾ける。リビングから響くブラッド・メルドー・トリオの演奏にあわせ、左手でリズムをとる。

 メルドーはボスと同年代のピアニストだ。ボス自身も剣道とともに、ピアノ演奏を嗜んできた。若い頃はステージに出たこともある。即興性において、ジャズと剣道は通じると思っていた。

 玄関側から車の音がして、リビングにカズサがあらわれる。黒いテーブルにぶつかり、食器を床に落とす。

 カズサが言う。「す、すみません」

「かまわん」ボスが答える。「銀行はどうなった」

「チーフが……亡くなりました」

「死体を見たか」

「はい。刀で一撃だった様です」

 小声の報告に心を動かされた様子もなく、ボスはウィスキーを流しこむ。

「ザンビョウを目撃した者は」

「いえ。現場は相当混乱していたらしく」

「録画も残ってないのか」

「ボス……」

「なんだ」

「弟さんを殺されて悲しくないのですか」

 ボスは邸内へ上がり、ソファの前のテーブルにグラスを置く。甲高い声で自嘲する。

「すでに母親も死んでいる。俺が悲しんでやるべきなのだろうな」

「出すぎたことを言いました」

「嘆いている暇はない。同じ場所にとどまるには、走り続けなければいけない」

「赤の女王仮説ですね。わかりました。暁ジュンを追います」

「お前はここにいろ」

「命令ですか、それとも個人的に?」

「俺は人に命令しかしない」

 ボスは長身のカズサの顎をつかみ、強引に唇を吸う。紅潮したカズサが口元をぬぐう。

「酔ってますね」カズサが言う。「らしくもない。こんなことしてる場合じゃないでしょう」

「ソファに横になれ」

 ボスはなすがままのカズサにのしかかり、黒づくめの服を脱がす。自分は着衣のまま激しく欲望を打ちつけた。

 事が終わり、呼吸を乱したカズサが言う。

「クリスマス以来ですね」

「そんなになるか」

「僕をここに置いてくれませんか。あなたの傍にいて、いろいろ学びたい」

「好きにしろ。ただし今夜は来客がある」

 庭で夜景を背に、佩刀したセーラー服のジュンの姿が、室内照明に照らされて浮かぶ。




 ジュンはよろけて膝をつく。

「大丈夫か」ボスが尋ねる。

 ボスは大股でテラスへ出ようとする。うつむくジュンは掌をむけて制止。

「ただの低血糖だ」ジュンが言う。「朝から何も食べてないから。頼めた義理じゃないけど、ジュースか何かほしい」

「カズサ、持ってきてやれ」

 ジュンは視線を逸らすカズサから、オレンジジュースのはいったコップを受け取る。

「言いたいことは山ほどある」ジュンが言う。「でも一つだけ聞いたら今日は帰る」

 ボスが答える。「承知した」

「あたしの従妹のスミレが売春をしてる。お前が元締めなのは分かってる。絶対に殺す。でもカズくんもその一味なの? お前の口から聞きたい」

「漠然とした質問だな」

「イエスかノーで答えろ」

「もしイエスと言ったら」

「調べた上でカズくんも斬る」

「質問はともかく、行動は明瞭でいい」

 ボスは白の麻のシャツの裾をまくる。FNファイブセブンを取り出し、カズサに渡す。それが答えだった。

 カズサの右手は震えている。

「ボス」カズサが尋ねる。「これでどうしろと」

 ボスが答える。「いい練習だ。暁ジュンは即興演奏のパートナーとして最適だろう」

 リビングからカズサは、銃口を真下へ向けたまま、庭に立つジュンと目を合わせる。五メートル離れた闇のなかで、ジュンの眼光がほとばしる。

 自分が斬殺される瞬間の鮮やかな映像が、カズサの脳裏をよぎった。

 縮み上がった喉から奇声を漏らし、カズサはファイブセブンをボスへ押しつける。

「できません」

 ボスが首を振る。

 背を向けたジュンは庭の斜面を駆け下りようとするが、振り返ってボスに言う。

「言い忘れた。あたしやじいちゃんに報復するのは構わない。でもスミレやママに手を出すなよ。指一本でも触れたら、お前の親類縁者のうち、十歳以上の男子は全員斬る」

「勇ましいな」

 ジュンは腕組みしながらカズサに言う。

「さっきはジュースをありがとう」

「あ、ああ」

「でも一言も声をかけてくれなかったね。ガッカリだよ」

 カズサが返事を考えるあいだに、ジュンのシルエットは闇に溶けていた。辺りはピアノトリオの音しか聞こえない。




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