『サイバー剣士 暁ジュン』第9章 「スプラトゥーン」

登場人物・あらすじ


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 いとこのスミレの家のリビングで、ジュンは白の革張りのソファにうづまり、WiiUゲームパッドを揺らしている。スミレに話があったのだが、自分はWiiUを持ってないため、つい誘惑に負け三時間も遊びこんでいる。

 五十インチのテレビ画面では、イカをモチーフにしたキャラクター同士が、水鉄砲の様な武器でインクを撒き散らして戦う。インターネットを経由して四対四の対戦をおこなう『スプラトゥーン』とゆうゲームだ。

 天井まである大きな窓ガラスの向こうの庭で、紺のジャンパースカートの制服を着たスミレが、赤兎に跨っている。

 スミレが言う。「たのしい! これどこで売ってるの、いくらするの……ねえ、お姉ちゃん!」

「ちょっと待って」ジュンが言う。「あと一人斃せば二十キルなんだ」

「もう! 遊びに来てくれるのは嬉しいけど、いつもゲームしかしてないじゃない」

「よっしゃ、ノーデスで二十キル達成。はあ、イカおもしろい」

「そんなに好きなら買えばいいのに」

「お宅みたいに裕福じゃないんで。ウチは」

「ふうん」

 リビングに上がったスミレは、ソファの裏から重い箱を引っぱり出す。イカの絵が描かれている。

 スミレが言う。「お誕生日おめでとう」

「え?」

「きょう誕生日でしょ」

「そうだけど……え、どうゆうこと」

「だからプレゼントだって」

「え……ええ? くれるの?」

「いらないならいいけど」

「そんな、悪いよ……安いもんじゃないし」

「ポイントで買ったから大丈夫」

「嘘でしょ……本当にいいの」

 ジュンは膝をつき、夢にまで見たWiiU本体を抱きかかえる。動揺して思わず涙をこぼす。

「あはは」スミレが笑う。「泣くほど喜んでもらえると思わなかった」

 ジュンは潤んだ瞳でスミレを見つめる。にじり寄ってスミレの体に両手を回す。

「スミレ!」ジュンが言う。「嬉しすぎて、なんてお礼を言ったらいいかわからない」

「こちらこそ、いつも仲良くしてくれてありがとね」

「うう、あたしはお姉ちゃんらしいこと何一つしてないのに。本当にありがとう」

「どういたしまして。前も言ったけど、ジュンお姉ちゃんが世界で一番大好きだよ」

「スミレのためなら死ねる。心から誓える」

 インターフォンが鳴り、スミレが応対する。受話器を戻してからジュンに言う。

「お姉ちゃん、ごめん。友達が二人来ちゃった」

「いいよ。稽古したいから、客間借りていいかな」

 スミレの友人は同世代の十二歳前後のはずだが、二人とも大人びた服装をしている。アクセサリーをジャラジャラとつけ、ネイルも色とりどり。

 ジュンは適当に挨拶し、部屋へ籠もった。




 畳敷きの客間で、ジュンが朱塗りの刀を持っている。稽古は毎日九十分おこなう。準備運動と足捌きで三十分、居合で三十分、手裏剣で三十分。祖父が道場を畳んでからは、いつもひとりで己を鍛えている。

 眼前に帯刀した想像上の暁ジュンがいる。彼女が抜く前に斬らないと死ぬ。しかしこの仮想敵は誰よりも速い。相打ちを覚悟する必要がある。斬られるとわかった上で、「後の先」を取って斬る。刀が鞘の内にあるときに勝負を決める。

 ノックの音がした。

 スミレが言う。「お姉ちゃん、入っていい?」

「うん」

 ジュンは自分を切断したばかりの刀を納める。

 スミレが尋ねる。「それってすごい刀なの」

「無銘だけど孫六だって言うね。あたしは鑑定できないけど。ただメチャクチャ斬れる」

「なんでも?」

「まあね」

「金属とかでも? 自動車とか」

「斬れる」

「まさか!」

「鉄で鉄を斬れなかったらおかしいだろ。刃筋を立てれば大抵のものは斬れる」

「ほんとかなあ」

 スミレは、部屋の端に動かしていた座椅子に腰を下ろす。座ると編みこんだ長髪が床に流れる。

「そういえば」スミレが言う。「デートはうまくいった?」

「まあまあかな。服も褒めてもらった」

「よかった。で、どこまで行ったの。キスした?」

「いや、別に……」

「したんだ。意外とやるじゃない!」

「そんなんじゃないって……」

 ジュンは障子に穴を見つけ、指を突っこむ。

「照れてる照れてる。そっかあ、お姉ちゃんが幸せになると、自分のことみたいに嬉しいな」

「全部スミレのおかげだよ」

「そんなことない。私の友達も、お姉ちゃん可愛いねって言ってた。彼氏さんはお父さんが自殺しちゃったから、慰めてあげるチャンスだね」

「かもね」

 微かなモーター音が聞こえたので、ジュンが障子と窓ガラスを開けると、赤兎がいた。アフガンハウンドに飛びつかれながら言う。

「そろそろ時間だ。用は済んだか」

「いちおう」

 ジュンは別れを惜しむスミレをなだめ、ギターケースとボストンバッグとゲーム機を車に積んだ。




 ワゴン車は夜の新宿区を通り抜け、渋谷へ向かう。

 運転席のジュンがダッシュボードを蹴り上げる。

「くそっ」ジュンが言う。「これで確信した。スミレはこの事件に関わってる」

 赤兎が答える。「その判断は、彼女が鏑木治三郎の死因について言及したからか」

「そう。自殺なのは関係者以外知らないのに」

「憶測を語っただけじゃないか? 風説では自殺説が有力だ」

「あの口ぶりは憶測じゃない。前にカズくんの写メを見せたときも怪しかった。スミレはカズくんを知ってて、しかもそれを隠してる」

「十二歳の彼女が関与してるとなると……」

「皆まで言うな。想像したくない」

 ジュンは座席に両手の爪を立てる。カバーを突き破り、スポンジが露出する。譫言の様につぶやく。

「絶対ゆるさないぞ……」

「ジュン、車は無傷で返却したいのだが」

「……関係者全員ぶっ殺す。どんな言い訳をしようがぶった斬る。あたしの可愛い妹を巻き込みやがって。死刑になっても構わねえ」

 ワゴンは渋谷のレッスンスタジオの前に停まる。ジュンがガードレールに腰掛けて二十分ほど待つと、ダンスのレッスンを終えた女が五人、ビルの玄関に現れる。

 ジュンはその内の胸の大きい一人に手を振る。

「こんばんは、新木場でお会いしましたね」

 巨乳女は狼狽する。眼光鋭いジュンは、顔を覚えられやすい。虚実隊を手伝っているミニスカポリスが、きょうは本業の藝能活動をしていた。

 ジュンはコートのポケットから、紙と装置を取り出す。テレビ局プロデューサーであるスミレの父の名刺と、ハッキング用のウロボロス・デバイスだ。

「お姉さん、ちょっといいですか」

「は、はい」

「頼みごとがあるんです。あなたにとって良い話だと思いますよ」

 「情報がこの世のすべて」と言ったボスに対し、情報戦を挑む。相打ち覚悟で後の先を取る。居合もサイバー戦も、極意はおなじ。




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