『サイバー剣士 暁ジュン』第8章 「Siri」

登場人物・あらすじ


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 三月三日、午後一時。

 池袋駅北口近くのコインパーキングにある銀色のワゴン車に、モッズコートを着たジュンが歩み寄る。ギターケースを背負い、ベルトをたすき掛けにして大きなバッグを運ぶ。中野でのデートのあと家を出て、ネットカフェで生活していた。曇天で肌寒く、両手をポケットに入れている。

 ドアを開けて乗り込み、白いジャンパーの運転者に挨拶する。

「ども」

「御苦労様です」

 義務的に答えた運転者は、ジャンパーの下に林檎のマークの入ったグレーのTシャツを着ている。渋谷のアップルストアの店員で、赤兎を預かっていた。前にジュンに貸したキャラバンは廃車となり警察に引き取られたので、今度はちゃんと回収するのが役目だ。

 ジュンは荷室にいる赤兎に尋ねる。

「セキトが運転するんじゃないの」

「前の車は青山霊園で蜂の巣になった。君は信用されてない」

「時価総額世界一のくせにケチだな」

 助手席に座ったジュンは、ダッシュボードをいじるストアスタッフに話しかける。

「例のブツは」

「必ず暁新八氏に直接渡すように言われました」

「祖父は急用で来れません。あたしが預かります」

「ならば後日お渡ししますね」

「なにそれ。ティムに言いつけますよ」

「ティム・クックのことですか? そんな上層部から指示が出てるとは聞いてないなあ」

 ジュンの表情がこわばり、目つきが鋭くなる。スタッフは視線を逸らして言う。

「ヘイSiri、矢来町まで道案内して」

「目的地まで四・二キロ、時間は約十五分です」

 アイフォンと自動車を連携させるシステム「カープレイ」が反応し、無機質な女の声で返答する。

 ジュンをいとこのスミレの家へ送るため、スタッフは車を発進させる。ジュンは頬をふくらませて窓の外をながめている。

 赤兎が言う。「姉さん、ひさしぶり」

「ZB2、元気そうでなにより」

 四足歩行ロボットとiOSの会話がはじまった。

 ジュンが振り返って尋ねる。

「『姉さん』って、あんたら姉弟なの」

 赤兎が答える。「私はDARPA、国防高等研究計画局の支援をうけて開発されたAIだ。2008年にアップル社が、その一部機能であるSiri姉さんを2億ドルで購入した」

「ええ」Siriが言う。「ZB2は優秀で、私の誇りです。かわいがってあげてね、ジュンさん」

「姉さんこそ世界中で愛されて、鼻が高いよ」

 ジュンが呟く。「なにがなにやら」

 三菱東京UFJ銀行のATMの前にできた行列が、窓から見える。携帯電話で喚く者もいる。

 ジュンはツイッターで最新情報を仕入れた。

 テロ組織チャリオットが、第三弾となる「タワー作戦」の発動を宣言した。かねての予告どおり、東京の富を根底から破壊すると。もともと市民の間に、サイバー攻撃で銀行預金が奪われるとの噂があり、それに火がついた。

 ジュンの話を聞いたスタッフは、ワゴンを路肩に停める。鞄から長財布を出して言う。

「すみません、お金下ろしてきていいですか」

「どうぞ」

 スタッフが約三十番めの最後尾に並ぶのを見て、ジュンが言う。

「セキト、車出して」

「了解。君の預金は大丈夫か」

「官房長官が三日間の預金封鎖を発表した。下ろしたくても下ろせない」

「日本人はデマに弱いと聞いてたが、君はそうでもないらしい」

「どうせこれも、自演乙ってオチに決まってる」

 ジュンは運転席へ移るが、運転はセキトに任せている。スタッフの鞄を探り、USBメモリに似た形状の器具を取り出す。赤い表面に蛇の模様が描かれている。ハッキング用の装置「ウロボロス・デバイス」だ。

 装置をデニムパンツのポケットに入れ、ジュンが言う。

「Siriが軍事目的で作られたって意外。あたしは使ってないけど」

 赤兎が答える。「インターネットやGUIなどもDARPAの資金提供により開発された。戦争がなければ、文明は素朴なままだったろう」

「人間って矛盾した、変な生き物だと思う?」

「正直に言えばイエスだ」

「ははっ」

 ワゴンは都道435号線を通り、灰色の街を駆け抜ける。スミレと差し向かいで話して確かめたい疑問がある。ジュンはコートのポケットをまさぐり、手裏剣をジャラジャラ鳴らす。

 大事なことは本人に直接聞く。情弱になりたくなければ、それしかない。




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