『サイバー剣士 暁ジュン』第7章 「中野ブロードウェイ」

登場人物・あらすじ


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 三月一日、午前十時五分。

 ジュンは中野駅北口の改札口を駆け抜ける。比較的暖かいのでピーコートを脇に抱えている。柱に寄りかかって本を読むカズサを見つけた。

「カズくん、遅れてごめん!」

「いや、俺も今来たところだから」

 カズサはジュンの服装を見て意外そうな顔をする。伊勢丹で買った白のワンピースに、デニムパンツとグレーのニットを合わせている。薄くチークを乗せるなど、不慣れなメイクをしてたら出るのが遅くなった。

 ジュンが言う。「この恰好、変かな」

「なんと言うか……馬子にも衣装?」

「それママにも言われた。あたし孫じゃないのに」

「褒め言葉だよ」

「そっか、ありがと」

 ふたりはアーケードへ向かい歩き出す。ジュンは長身のカズサに対し、上目遣いで尋ねる。

「手……つなぎたいんだけど」

「いいよ」

 ジュンはすでにチークをつけた意味がなくなっていた。




 きょうは念願の初デートだが、中野ブロードウェイに来た途端に物欲のスイッチがはいり、ジュンは漫画やゲームやグッズを買い漁る。

 荷物持ちを任されたカズサは、十四歳らしい無邪気さを微笑ましく思う。激務による倦怠感が癒やされる気がした。

 地下一階のデイリーチコで、抹茶など四種類のフレーバーの大きなソフトクリームを注文する。

 ジュンが言う。「冬でも必ず食べるんだ」

「ひとりで食べ切れる?」

「一口あげる。あーんして……ふふっ」

「なに」

「好きな人とブロードウェイ来るの、夢だったんだ。カズくんはオタクじゃないから、つまんなかったかもしれないけど」

「珍しい店がたくさんあって面白かった」

「よかった。一生の思い出にする」

 口をソフトクリームまみれにしたジュンは顔をほころばせた。




 地下一階から地上四階まで回って歩き疲れ、ふたりは腰掛ける場所を求めメイドカフェへ入る。出迎えたメイドの猫耳を見て、ジュンは動揺。猫カフェ騒動以来、ネコ恐怖症になっていた。

 メイドが尋ねる。「お嬢様、どうなさいました?」

「いや別に。とあるカフェで働いてたときの失敗を思い出しただけッス」

「メイドカフェですか? 似合いそう!」

「マジでトラウマなんです」

 メイドは不審顔のまま、ジュンにコーラフロート、カズサにコーヒーを置いて席を離れた。

 カズサが言う。「まだアイスを食べるのか」

「フロートは別腹でしょ。まあなんつうか、連続テロがあっても東京は平和だね。働いたり、食べたり、恋したり」

 カズサはショルダーバッグから、ずんぐりした外見のオートマチック拳銃を取り出しテーブルに置く。スミス&ウェッソンのM&P380ボディガードだ。

 ジュンはそれが実銃と察し、顔をしかめる。

「物騒なもの出さないでよ。ミリタリーショップが多いから、誰も怪しまないけど」

「これを貸そう。日本人女性でも扱いやすい護身用の銃だ。レーザーサイトも搭載している」

「いらない」

「使い方を教える」

 カズサは慣れた手つきでマガジンを外してから再度挿入、スライドを引いて給弾した上でサムセフティを掛ける。

 ジュンが言う。「銃は嫌いだけど、仕組みくらい知ってるし。ホッチキスと同じでしょ」

「君にはかなわないな。日本刀で銃に対抗できると本気で思ってるのか」

「うん」

「いくらなんでも自信過剰だ。自宅でチャリオットを撃退できたのは運が良かっただけだ」

「あたしの専門は居合なんだ。どっちが速いとか遅いとか関係ない。相手が抜く前に斬る。ただそれだけ。早くしまって」

「俺は君が心配で……」

「カズくん、しつこいよ! せっかくのデートを台無しにしないで!」

 店中の注目を浴びたカズサはM&Pを戻す。

「すまない、強引だった。でも公安は君の強制的な保護を検討している。そうなれば君は反撥し、新八氏と同様に潜伏するだろう」

「警察は信用できない」

「暁ジュンに干渉すれば殉職者が出ると、俺が組織を説得する。君も譲歩してくれ」

 ジュンのストローが、グラスの底で音を立てる。

「カズくんはスパイでしょ。じいちゃんの情報を探れと命令されて、あたしに近づいた」

「それは誤解だ。君が事件に関与してると知ったのは、稽古に参加した後だ。いま現在、上からプレッシャーがあるのは認めるが」

「カズくんが、あたしの初恋を踏みにじる人じゃないのはわかってる。でもなんで虚実隊にいるの? あいつらテロリストより悪い人殺しじゃん」

 もともと人の目を見ないカズサの視線が、ふらふらさまよう。

「俺達には俺達なりの正義がある」

「優しいカズくんに向いてないよ。出世のため?」

「酒を頼んでもいいか」

「いいけど」

 猫耳メイドがハイネケンの瓶を運ぶ。

「なあ」カズサが尋ねる。「俺は出世欲の権化に見えるか」

「べつに」

「周りからはそう思われている。友人も恋人も作らず、昇任試験の勉強ばかりしてるから」

「偉いと思うよ。あたしは」

「俺の父が都知事なのは知ってるだろう。彼は数学者なんだ。フィールズ賞も獲っている」

「あたし数学超苦手。分数とか」

「二年前、いきなり『選挙に勝つ方程式を編み出した』と言って出馬し、当選した。それまで俺は、父が政治について話すのを一度も聞いたことがない。本当に驚いた」

「暁家とちがって頭の良い血筋なんだね」

「血筋じゃない。東大文学部に合格したとき、父に報告したら鼻で笑われた」

「え、どうゆう意味?」

「まともな頭の人間は文系なんかに進まないと。正直殺意を覚えたよ。父は冷たいんだ。十四歳のとき両親が離婚したが、それも方程式さ。結婚生活を続けたらお互いがより不幸になると、数学的に證明した」

「ひどい」

「だから俺は出世というか、いい仕事がしたいんだ。誰からもバカにされない様な」

 寡黙なカズサが饒舌なのは、ハイネケンを二本空け、さらにウィスキーまで飲み始めたから。

 ジュンはテーブルに身を乗り出して話す。

「ウチの両親も離婚してるんだ。パパに会うのは年に二、三回かな。親って勝手だよね」

「ああ」

「ママのことは好きだけど、なんか無性にさびしくなるときがあって。家で一人のときとか」

「俺も中学高校時代は辛かった」

「好きで結婚したのに別れるとか、おかしいよ。あたし、好きな人に一生尽くす自信あるもん」

 ジュンの頬を涙がつたう。

「おかしいな」ジュンは笑う。「なんで泣いてんだろ。柄じゃないのに。それほどパパが好きだったとか、仲が良かったわけじゃないんだよ」

 ジュンはニットの袖で涙を拭う。その手をカズサが両手で包む。はじめて力強く、ジュンの瞳を見つめる。

 誰かに触れてほしいとゆう、まさにそのタイミングでの接触に、ジュンはこの人を好きになって良かったと心底から思った。




 ジュンは洗面所で勢いよく洗顔する。薄化粧はすぐ落ちた。

 ハンカチで顔を拭いてから電話をかける。

「はい、今村でごさいます」知らない女の声が答える。

「暁新八の孫でジュンと言います。祖父がそちらにお邪魔してると思うんですが」

「えっ……少々お待ちください」

 一分ほどして新八が電話に出る。かつての愛人の家に居候していた。

「なぜお前がここを知っている」

「ママに教わった。ママはなんでもお見通しなんだよ。じいちゃん、元気?」

「用件をはやく言え」

「いま公安の鏑木って人とお茶してるんだ。じいちゃんに聞きたいことがあるって」

「都知事の息子がそこにいるのか」

「約束したから、話だけでもしてあげて」

「それどころじゃないと鏑木に教えてやれ。いますぐ自宅へ向かえと。最悪の事態を想定して」

 通話を切ったジュンが鏡を見ると、蒼白となった自分がそこにいた。




 ジュンとカズサはタクシーを拾い、環七を通って世田谷へ急ぐ。カズサが運転手に警察手帳を見せて言う。

「スピード違反は気にせず飛ばしてくれ」

 カズサはホルスターからグロック22を抜き、スライドを引いて給弾されてるのを確かめる。

 タクシーが大きな鉄門の前に停まり、カズサは待機するよう運転手に言ってから降りる。門を開けると、庭の小型ブランコで遊んでいた六、七歳の少女が駆け寄る。兄夫婦の娘だ。

 カズサが尋ねる。「おじいちゃんは居る?」

 姪は笑顔で頷いた。カズサはタクシーを帰し、ジュンを連れて邸内へ入る。

 二階の書斎のドアをノックした。

 男の声がする。「カズサか」

「ああ。入っていい?」

 返答がないのに構わず、カズサはドアを開く。

 木製の机の前に座る、頭頂の禿げ上がった眼鏡の男が振り向く。東京都知事・鏑木治三郎だ。右手にスミス&ウェッソンのリボルバーがある。

 カズサが言う。「問題解決を銃に頼るなんて、数学者らしくもない」

「銃は数学的だ」父が答える。「シリンダーに三発弾を籠めてある。私は半分死に、半分生きている。いわばシュレーディンガーの都知事だな」

「あれは大した学者じゃないと言ってたよね」

「いや、例の思考実験だけは優れている。生命とゆう幻想についての深い洞察だ」

「父さんの嫌いな哲学みたいに聞こえる」

「生と死くらいは、哲学者の業績を認めてやってもいい」

 治三郎は机の上のノートPCで動画を再生する。ホテルらしき片づいた部屋のベッドを、固定されたカメラが撮影する。黒の下着をつけた十歳くらいの少女が横たわる。

 カズサは口元を隠してうめく。

「暁さん、このビデオは見ない方がいい」

 治三郎が言う。「やはりお前は知ってたか」

「存在は知っていた。でも見てない」

「山下が私を脅迫していることは?」

「知ってる。それを止めるため俺は虚実隊に入ったんだ。早まらないでくれ」

「利用されてるだけだろう。それともミイラ取りがミイラになったか。お前は私を憎んでいた」

「俺は肉親を売ったりしない!」

 初老の男が幼い娘を組み敷く映像と音声に、ジュンは吐き気をもよおす。奥のベッドで同様のふるまいをするチーフの肥満体も映る。

 虚実隊は児童売春のシンジケートに食い込み、それを保護すると見せかけ、各界の要人を脅迫する材料としていた。

 治三郎が言う。「山下は東京の王だ。もはや誰も止められない。カズサ、お前はコンピュータに強い。データの完全な消去を頼みたい」

 S&Wを自身のこめかみへ向ける。

「やめろ!」カズサが叫ぶ。

 ジュンは部屋に入る前から、右手に手裏剣を仕込んでいた。三メートルなら絶対外さない。

 治三郎がジュンの手元を凝視する。彼女が手裏剣遣いと知っている。頬に皺をつくり冷笑する。

「暁ジュン」治三郎が言う。「君は救いの天使か、それとも破壊の悪魔か」

 ジュンは唇を噛む。不意を突かねば暗器の意味がない。それに、辯解の余地がない恥を晒した五十八歳の男の人生を、これ以上長引かせてどうするのか。

 ジュンは目をつぶる。

「カズサ」治三郎が言う。「お前はロボットになるな」

 銃声が静かな住宅街に轟いた。




 力を失い、背もたれに体を預ける父の膝に、カズサはすがりつく。

「ふざけるな!」カズサが叫ぶ。「俺が父さんを助けるはずだったんだ。なんで勝手に死ぬんだ!」

 ジュンは無力感に襲われながら立っていたが、思い切って声をかける。

「カズくん、あたしに出来ることは何でもする。あなたのためなら死ぬのも怖くない」

 カズサが答える。「悪いが電話で俺の名前を出して、所轄のパトカーで帰ってくれ」

 充血したカズサの目は、まだここにいてくれと訴えている。

「もしパパやママがこうなったら、あたしは復讐する。カズくんも同じでしょ。ボスやチーフは強いけど、あたしなら殺れる」

「俺は警察官だ。個人的事情がどうであろうと、法の下に裁きを受けさせるのが仕事だ」

「そんなだからミイラ取りがミイラになるんだよ」

「う、うるさい! 子供のくせに」

 ジュンは、跪くカズサの肩を思い切り突く。見下ろしながら言う。

「辛いだろうけど、あんましナメないでよ。あたしみたいなバカでも、虚実隊は悪党だと確信した。チャリオットはやつらの操り人形なんだ」

 カズサは否定しない。

「虚実隊は」ジュンが続ける。「情報と武力を背景に『東京の王』となった。カズくんは暴走を内側から阻止しようとしたけど、力が及ばなかった。ちがう?」

「ボスは俺が止める。俺じゃなきゃいけない」

「あたしも手伝う」

「君はまだ十四歳じゃないか。論外だ」

「あさって十五になるけど」

「そうゆう問題じゃない。新八氏の孫である君が動けば、ややこしくなるばかりだ」

「じいちゃんはどう関係してるの」

「調べてるがわからない。ボスしか知らない」

 ジュンは鼻をふくらませる。

「じゃあ、あたしは自由に動くからね」

「俺の話を聞いてるのか」

「家族が巻き込まれてるんだ、文句は言わせない」




 闇に沈んだ路上に、世田谷警察署のパトカーが停まっている。警光灯はついてない。カズサが制服警官に、ジュンを無事に送り届けるよう指示している。

 ジュンは鼻歌をうたう。

「一難去ってまた一難、ぶっちゃけありえない」

 用が済んだカズサが溜息をつきながら近づく。

「上機嫌だな」

「まあね。いろいろあって大変だけど、気を落とさないで」

「その心の強さを分けてほしいよ」

「いくらでも。とりあえず今日はキスして」

「とりあえず、って……はあ!?」

 制服警官がパトカーの窓を開け、大声を出したカズサをうかがう。

「忘れたの?」ジュンが言う。「今日はデートだったんだよ。デートの締めはチューでしょ」

「あんなことがあったばかりじゃないか」

「それはそれ、これはこれ」

「暁さん、東京都には条例があって……」

「ジュンって呼んで。あと唇じゃなきゃ嫌だからね」

 カズサは長めの髪を掻きむしり躊躇するが、説得の通じる相手じゃないと観念し、軽く口づけした。暗がりでもわかるほど、ジュンの顔が輝く。

「なにがあっても」ジュンが言う。「あたしはカズくんの味方だから」

「わかってる。ありがとう」

「仇討ちのときは連絡して。あたしがボスを斬ってみせる」




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