最後のロックンローラー ― ジョン・フルシアンテ『ザ・エンピリアン』

 

ザ・エンピリアン

The Empyrean

 

ジョン・フルシアンテ(John Frusciante)のアルバム

制作:アメリカ 二〇〇九年

 

 

 

ロックの英雄であるためには、革新的な音楽をうみだすのは勿論、

言動も劇的でなくてはならない。

レッド・ホット・チリ・ペッパーズのギタリスト、ジョン・フルシアンテは、

その最新版といえるだろうか。

一九九二年の来日時、突如精神に変調をきたし、

二回の公演をのこしたまま、ひとり帰国。

のこした捨てゼリフは、「狂ったとでもいってくれ」

そのままバンドをはなれ、麻薬に依存する生活に。

愛用のギターまでうってヤクを買ったとか、歯のほとんどをうしなったとか。

しかしかれは、地獄の底でも音楽制作をやめなかった。

大鷹俊一によるライナーノーツからことばをかりる。

 

その垂れ流される苦悩という血液、

究極的な乱調の中での平穏を激しく求める試みがあったからこそ

今回のアルバムのような美しい世界に到達できたとも言えるはずだ。

 

おのれの価値観だけを信じる、音楽の殉教者。

ジョン・レノンがそうだったように。

だが、しかし。

今日の音楽は、「データ」という名のケシ粒に変換され、二束三文で流通する。

数メガバイトの「データ」には、塵芥ほどのおもみすらない。

それはシャカシャカとシャッフルされるなか、運がよければ再生されて、

単なる移動中の気ばらしとして消費される。

そんな時代に「ロックンローラーの生きざま」とか、あまりにバカバカしくて。

 

 

 

ジョン単独の新作である『ザ・エンピリアン』は、

九分間延々とギターをつまびく「Before The Beginning」からはじまる。

つづく「Song To The Siren」は、ティム・バックリーの四十年まえの曲の再演。

どちらもうつくしい演奏だが、聞き手に迎合する気がまったくないことを、

そっけなく宣言するアルバム構成だ。

曲名も「God」やら「Heaven」やら、おそろしげ。

三曲目の「Unreachable」から一変、はげしい音圧がのしかかる。

声は加工され、ギターもきいたこともないような、あらあらしい響き。

最近のかれはエロクトロニックミュージックしかきいてなくて、

コンピュータによる音楽に特有な音色の多彩さや、激烈な音場の変化を、

ロックの流儀で再現したらしい。

そして、八曲目の「Central」がアルバムの白眉だ。

ギターとドラムと弦楽四重奏が、ミルフィーユのように分厚くかさなり、

異様な混沌と高揚をもたらす。

千々にみだれる音の洪水のなか、ジョンは遠慮がちな声で、

"You gotta feel your lines"と切々とくりかえす。

「自分のことばを意識しろ」といった意味か。

ジョンが本作でうったえる真意を、一言であらわすことなどできないが、

とおしで五十四分きけば、声とギターからその歌心がいたいほどつたわる。

このアルバムをシャッフルするなんて、ありえない。

 

 

 

人工的な響きの数々をきいて、制作にはコンピュータを駆使したとおもったが、

実はすべてアナログの機材で録音したらしい。

シンセサイザーの音にきこえたのは、

オルガンやエレクトリックピアノにエフェクトをかけたもの。

アナログテープをハサミで切り貼りし、

逆回転などの手作業を通じて、自分だけの音を発掘する。

その労力と、研究熱心さに頭がさがる。

そう、勉強家でなければ、音楽の世界でいきのこることなどできない。

一九九九年にレッチリに復帰してからのジョンは、不始末をすることもなく、

さらに名をあげたバンドの中心として奮闘している。

そして、世界的なバンドの一員であるという重圧をしのぎながら、

経済的必要をみたしたり、人脈をきずいたり。

そのあいまにスタジオにこもって、音楽をふかく探求。

かつての行跡をおもえば、涙ぐましい努力だ。

昼はおかたい会社につとめるサラリーマンが、

自宅でひそかにプロ顔まけの動画をつくり、共有サイトに投稿するようなものか。

規模はちがうけれど。

自由な魂のもちぬしの居場所がますますせばまる昨今だが、

ロックンローラーも、不安定な環境のなかで進化する。

ささくれだった音と、たよりない歌声は、素面できくにはややつらい。

それでも夜ふけに、酒を片手に大音量でながしていると、

いまをいきる人間への応援歌にきこえる瞬間がある。





ザ・エンピリアンザ・エンピリアン
(2009/01/14)
ジョン・フルシアンテ

商品詳細を見る
関連記事

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
02 | 2020/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
月別アーカイヴ
03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03