ガルパンと武道ナショナリズム

『ガールズ&パンツァー 劇場版』(日本映画/2015年)

 

 

19世紀はスポーツの時代だった。

国家の危機を、国民の心身を鍛えて乗り越えようとした。

ドイツのツルネン、スウェーデン体操、チェコのソコル、

アメリカの野球やフットボール、アイルランドのゲーリックスポーツなど。

 

日本では1911年、当時まだ撃剣や柔術とよばれていた武道が、

剣道や柔道とゆう名称をあたえられ、正課体育の選択教材にくわわる。

国家非常時において、民族自覚は喫緊の課題であるため、

忠君愛国を旨とする(?)武士道により、日本精神を涵養しようとした。

 

 

 

 

1937年、日中戦争勃発。

戦争に勝つのを目的として、日本はますます武道へ注力。

1939年、尋常小学校5年以上に準正課として剣道・柔道が課せられる。

 

さらに中国戦線での日本刀の使用経験をもとに、武道は「戦技」として磨かれる。

一本勝負化、白兵戦を想定した野外での集団対抗戦、急所攻撃など。

 

1938年の南京攻略でなされた「百人斬り競争」は、

無敵の日本刀幻想の頂点を記録する出来事だ。

 

伝統的な剣術には「活人剣」の様な平和指向も存在するが、

剣道の戦技化の歯止めにはまるで役に立たなかった。

 

 

 

 

戦後、連合国軍総司令部は武道、特に剣道を目の敵にする。

体育と精神教育を分離するため、教育現場から武道教員が一掃された。

 

それでも武道は猫をかぶり、「純粋スポーツ」として延命をはかる。

1964年の東京オリンピックで柔道が正式種目とされ、

その決定を受けて急ピッチで建設された日本武道館は、

正力松太郎など政治家の肝煎りの、現代の武道ナショナリズムの象徴だ。

 

 

 

 

1985年以降、武道界はある意思表明をはじめる。

「武道はスポーツではない」と。

とんだ二枚舌と言わざるをえないが、中曽根康弘らが活躍した80年代後半は、

自民党政権が永遠に続くかと思われた保守派の全盛期。

その本質について議論せず、歴史的問題も反省しないまま、

武道とナショナリズムはやみくもに、二度めの野合を果たした。

そして2008年、第1次安倍内閣は中学での武道必修化を実施。

 

 

 

 

学校教育の場で、健全な子女を育成するため課せられる「戦車道」が、

武道ナショナリズムの直系の子孫なのはあきらか。

戦技による精神教育。

なんの違いもない。

西住みほが、第二の向井敏明少尉とならない理由はない。

 

一方で80年代半ば以降、武道人口が減少に転じたなどの経緯をみれば、

ゾンビ・ナショナリズムがどれほど有効かについて検討が必要だ。

また「百人斬り競争」は、いまだ中国人にとって生々しい記憶だが、

その中国で2000年ごろから剣道が普及しはじめ、

競技人口はすでに1万2000人ほどにまでふくらんだ。

日本のアニメ・漫画・映画で、サムライや武士道に興味をもったとか。

 

文化や人の心は、戦争とおなじくらい複雑。






関連記事

テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 健

苑田 健

掲示板『岩渕真奈 閃光の天使』
も運営しています。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
月別アーカイヴ
07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03