『サイバー剣士 暁ジュン』第6章 「襲撃」

登場人物・あらすじ


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 高田馬場の家の、リビングからパーティションで仕切られた客間で、ジュンが布団で眠る。自室は二階だが、ロボットを管理する都合上、庭に面した部屋で生活している。服と漫画が散らばるくらいで、十四歳の少女らしい暮らしの跡はない。

 赤兎が、鉄の前肢でジュンを揺する。

「起きろ」

「……いま何時」

 パーティションから光が洩れているが、十分睡眠をとった気がしない。

「午前七時十一分だ」

「日曜は八時にセットしたでしょ。目覚ましも満足にできないわけ」

 布団からの痛烈な蹴りで赤兎をよろけさせる。

 ジュンが続ける。「八時五分前に起こして」

「監視カメラが、同じ車が低速で家の前を三度通るのをとらえた。こちらを観察していた。クロネコヤマトのトラックだ」

「それを先に言えよ」

 跳ね起きたジュンは、枕元の朱塗りの愛刀とアイフォンをつかむ。録画した映像を再生する。トラックの助手席にも人がいるのを確認。

 ジュンが言う。「こいつらがチャリオットだとして、なんでウチの住所を知ってんだ。青山霊園にいた連中は皆死んじゃったのに」

 ピンクのパジャマを着た母親が、いきなりパーティションを開けて言う。

「ドタバタうるさいわね」

 彼女は元美容師で、いまは美容院とネイルサロンの経営者だ。週末も働くことが多いが、たまの休みの今日は一日中寝ているつもりだった。

 赤兎が言う。「安眠を妨げてすまない」

「あら、セキト君は悪くないのよ。いつも家事を手伝ってくれて大助かり。誰かさんとちがって」

 ジュンは顔をしかめ舌をだす。

 赤兎の専門のひとつは民心獲得工作だった。地元住民が、タリバンと米軍を天秤にかけ狡猾に立ち回るアフガニスタンとくらべたら、日本の母子家庭などたやすく浸透できる。

 インターフォンの呼び出し音が鳴り、玄関から「アマゾンからお届け物です」と男の声が聞こえる。

 ジュンはテレビ台から、紫色のゲームキューブを出す。立方体の筐体に取手がついている。

 玄関で赤いニューバランスを履き、勢いよくドアをあける。緑の帽子をかぶった男はよろけ、段ボール箱を落とす。ゲームキューブが頭蓋骨を砕いた。

 ベージュのフリースジャケットを着た男が、庭に控えている。咄嗟にベレッタを抜くが、ジュンが左手でスマッシュブラザーズの八センチディスクを投げる方が早い。

 フリース男は頭部への攻撃を防ごうとする。ジュンは立方体の角でみぞおちを打つ。足払いをかけて倒し、肋骨を踏みつけて折る。

 母親が庭に出たとき、戦闘は終わっていた。

「ママ」ジュンが言う。「お願いがあるんだけど」

「どうしたの。ケガをしたの」

「ゲームキューブ壊れちゃった。誕生日にWiiU買って」

「それどころじゃないでしょ!」

 憤慨した母は、通報しに中へ戻った。

 物置からビニール紐を出したジュンは、うつ伏せにしたクロネコ男を後ろ手に縛る。

 ジュンが呟く。「こいつ、見覚えあるぞ」

 リビングの窓を開け、赤兎が庭に下りる。

「インターネットで共有されている情報によると、青葉誠、二十三歳」

「だれそれ」

「大学を辞め、イスラム国に戦闘員として参加したことで話題となった」

「ああ、いたかも。チャリオットって一体何なんだ。何が目的なの」

「私は戦略レベルの助言はできない」

「しょぼ……あっ、しまった! いま何時!?」

「午前八時三十二分」

「ライダー見逃した。ねえセキト、気を利かせて録画してくれたりとかは」

「私は世界最高のAIだと自負しているが、正直君の要求にはついてゆけない」




 ジュンは車で迎えられ、新木場の警視庁第七方面本部に来ていた。ヘリポートに近いこの施設の四階に、虚実隊は本部を構える。

 濃紺の制服を着た女子職員が声をかける。スカートが短く、シャツの胸元がはだけ谷間が大胆に露出している。

「携帯電話などをお預かりしますね」

 ジュンはアイフォンを託して中へ入る。ドアの手前の長椅子に、議員バッジと拉致問題のブルーリボンをスーツにつけた五十代の男が、足を組んで座っていた。隣には秘書らしき女が。

 白の調度で統一された応接室には、マックブックプロで作業する鏑木上総がいた。右側の壁は横長の鏡で覆われている。

 ジュンが言う。「カズくん! こんにちは」

「今日は大変だったね。いや、『今日も』と言った方がいいか。とにかく無事でよかった」

「ねえ、鏡の裏に人がいて観察してるんでしょ」

「こっち側はビルの外壁だよ。誰もいない」

「つまんないの」

 谷間の婦人警官がお茶を置いていった。一口啜ってからジュンが言う。

「あのミニスカポリス、すごい巨乳」

「彼女は警官じゃなくて、藝能事務所から出向しているグラビアアイドルの卵さ。ウチは変わった部署なんだ」

「どうりで。ああゆうのはカズくんの趣味じゃないだろうから安心だけど」

「否定はしない」

 カズサはマックの画面をジュンに向ける。表計算ソフトで数字がずらり表示されている。

 ジュンが言う。「なにこれ」

「君の祖父である暁新八氏の株取引の記録だ。サントリーやキリンなどの株で六億円儲けた。新八氏がテロ計画を事前に知り、売り抜けを企んだと警察は考えている」

 上機嫌だったジュンの顔が引き攣る。もともとツリ目なのがさらに吊り上がる。

「ミネラルウォーターか」

「さすが察しが良い。炭疽菌テロからひと月近く経っても、いまだに品薄が解消しないからね。なにか知っていることは?」

「ない。あってもここでは言わない。じいちゃんに逮捕状は出てるの」

「今のところ我々は、新八氏を被疑者でなく参考人として追っている。一分一秒でも早く接触したい」

「おしえるよ、連絡先」

 カズサが目を丸くする。

「いいのかい? 逮捕の可能性がないとは言えないが」

「じいちゃんもカズくんも信じてるもん。カズくんの役に立てたら嬉しいし」

 誰かに悪事を働かせ、自分は陰に隠れて濡れ手で粟をつかむなど、祖父の人生観に合わない。雪風流は戦いの場では卑怯にもなるが、他人の褌で相撲はとらない。

 ジュンが続ける。「ただし条件があるよ」

「予想できるな」

「ばれたか。来週の日曜、あたしとデート。その後でおしえる」

 赤面したカズサが周囲を見回す。やはり同僚が観察しているらしい。

 外からやかましい口論が響く。長時間待たされた国会議員が「私は忙しいんだ」と、虚実隊が自分より女子中学生を優先したのを責めている。

 乱暴にドアを開けて議員が部屋に入る。ジュンをつまみ出せと、カズサにまくし立てる。

 ジュンは黙って椅子から立つ。無表情だが、目つきは険しい。激しく怒っている。

 奥の部屋から、白いマルチーズ犬が飛び出した。獰猛に吠えながら、議員の足に噛みつく。




 ジュンはカズサに付き添われ、三つのモニターがならぶ奥の部屋へ通された。隠しカメラがそれぞれ別の角度から応接室を映している。ミニスカポリスが議員に平謝りする。例のマルチーズはボスの飼い犬だった。

 胸の谷間を誇示するミニスカポリスと、議員の会話は次第に和やかとなり、ラインの交換まで始めた。

 ジュンが言う。「忙しいんじゃないのかよ」

「あの先生は」カズサが答える。「元自衛官で国防関係に強いから、ウチにとって有用なんだ」

 グレーのスーツを着て、マルチーズを抱いたボスが背後から現れ、カズサと会釈を交わす。かすれ声で話にくわわる。

「鏑木、あいつは切れ。情報の価値を知らない人間をウチに近づけるな」

 ボスは国会議員要覧をカズサに手渡す。次の人選をしろとゆう意味だ。ミニスカポリスは協力者の口の堅さを試すため雇われていた。

「かわいそ」ジュンが言う。「誰かに自分を知ってもらいたいのは自然な感情でしょ」

 ボスの小さな目が光る。身長はジュンとさほど変わらない。

「生物学的に見れば、人間は遺伝子が動かす乗り物にすぎない。遺伝子とはつまり情報だ。情報がこの世のすべてだ」

「で、あたしにこんなものを見せていいの。大事な情報じゃない?」

「君はすでに知りすぎている」

 皮肉っぽく口を歪め、ボスと愛犬は部屋を出た。

「めんどくさい職場だなあ」ジュンが言う。「カズくん、ストレス溜まってそう」

 カズサが尋ねる。「オウム真理教を知ってるかい?」

「地下鉄サリン事件の」

「そう。事件発生直後、警察は及び腰だった。宗教団体を摘発するノウハウがないからね。そこでボスが孤軍奮闘した。ひとりでオウムを潰したとまで言われる」

「尊敬してるんだね」

「伝説的な公安警察官なんだ、あの人は」

 ボスを語るときのカズサはいつもより色っぽく、ジュンの気持ちは複雑に。

「ま、犯罪者を追うのは警察に任せて、あたしは面白おかしく生きたいよ」

「それが僕らの存在理由さ。待ち合わせは来週の日曜午前十時、中野駅北口でよかったかな」

「うん。この日のために服も買ったんだ。楽しみにしてて」




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苑田 謙

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