『サイバー剣士 暁ジュン』第4章 「青山霊園」

登場人物・あらすじ


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 日が沈みかける明治通りを、黒の日産キャラバンが南進する。ジュンが運転席でじゃがビーを食べている。ハンドルやペダルは一切触れない。

 ジュンは荷室にふり向いて尋ねる。

「セキト、本当に事故らないの」

「事故率は人間の運転とほぼ同じだ」

「もっと安心させる言い方できないかな」

 四足歩行ロボットはその塗装から、後漢末の武将・呂布の乗馬になぞらえ、ジュンに「赤兎馬」と名づけられた。男性声優のボイスサンプルをダウンロードし、声も彼女好みに調整された。

 このワゴン車は、「彼」を開発したアメリカ企業の日本支社が提供したもの。自由に使ったあと乗り捨てて構わないと言うほど、貴重なデータを日本で収集しているらしい。

 ジュンが紺のダウンジャケットのポケットに手を突っこむ。金属音が鳴る。左手でアイフォンのマップを操作する。目的地で戦闘が勃発する恐れがあるため、地形を記憶していた。

 赤兎が言う。「君はポケットをいじる癖がある。注意した方がいい」

「へいへい。ところでセキトは、次のテロの対象はどこだと予測してた?」

 昼に警視庁が騒がしかったのは、「チャリオット」と自称する組織が犯行予告を発表したから。

 物質面に続き、東京の精神面を攻撃する「ムーン作戦」は、きょう午後七時に決行される。都民を無意識の層まで動揺させ、迷信にとらわれた心を解放するとチャリオットは宣言した。

 警視庁は勿論、近隣の県警や公安機関が動員され、都内のシンボリックな施設に警備体制が敷かれた。皇居・都庁・東京タワー・スカイツリー・ディズニーリゾート・浅草寺・渋谷109・秋葉原など。

「わからない」赤兎が答える。「私は戦術レベルの助言は与えられるが、戦略についての質問に答える機能がない」

「勘でもいい」

「私に非論理的な洞察を求めるとは……。逆に聞くが、なぜ君は青山霊園がターゲットと考える?」

「簡単だよ。自分がやられたら一番嫌なところを、敵は狙うと想定する。たとえば、もし池袋の乙女ロードが爆破されたら腹立つけど、衝撃はそんなに大きくないと思う」

「なぜだ」

「取り返しがつかないダメージじゃないもん。でも、ここはちがう」

 キャラバンを路上に駐め、ジュンは降車する。靴は黒のショートブーツ。愛刀を忍ばせたギグバッグを背負っている。

 赤兎が言う。「すこし動きが鈍いな」

「バレたか。あたし生理が重いタチなんだ」

「できるかぎりサポートしよう。イスラエル軍が提供した研究成果がある」

「うう、諏訪部順一ボイスが子宮に響くぜ。きょうは代永さんに変えるか」

 アイフォンで音声設定をいじるジュンに、自力でバックドアから降りた赤兎がソプラノで話しかける。

「君がアドミニストレータなのは承知しているが……」

「かわいい! むしゃぶりつきたい声」

「……私は最新のテクノロジーを導入した戦闘支援システムだ。相応の扱いを要求したい」

「兵士の士気を高めるのも仕事だろ。あたしが生涯の最後に聞く声が、セキトのになるかもしれないんだ。こだわらせてもらうよ」

 ジュンは平然とゲーム用ヘッドセットを装着する。月に照らされ両目が光った。




 たまに車が通るだけで、人気のない墓地をジュンはひとりで探索。さすがに薄気味悪い。両脇にならぶ墓石は見て見ぬふり。乃木希典や秋山兄弟など、高名な軍人もここに眠る。彼らが目を覚まさぬ様、穏便に済ませたい。

 迂回した赤兎からヘッドセットに連絡が入る。

「こちらに車輛二台が来て、人が降りた。数は十二名。武装している」

「ビンゴ。得物はなに」

「全員ガリルだ」

「イスラエルの小銃か。ダム襲撃のときと同じだ」

「あとプラスチック爆薬を確認した」

「まいったね。よし、そのまま監視を続けて」

 ジュンは祖父からもらった、左用の銀色の手袋に嵌めたアイフォンの画面を見る。手袋は「パワーグローブ」と名づけた。

 緑一色の映像の中で、集団が慌ただしく動く。長髪で細身の人物が命令する。声が高い。リーダーは女らしい。爆破の準備作業は統制され、ムダがなく、彼らがよく訓練されてると分かる。

 あたしの出る幕じゃない。けど通報しても、おそらく間に合わない。

 ジュンが言う。「セキト、どうしたらいい?」

「『どうしたら』とは?」

「いますぐ止めるべきか、否か」

「もし君が爆破を止めたいなら、直接介入するしか方法はない」

「そうじゃなくて、どうするのが正しいか」

「君は倫理の話をしているのか」

「うん、まあ」

「私は人間の倫理について判断できない」

「だよね」

 ジュンは自分の生命と、墓石や遺骨を天秤にかける。あらゆる観点から考えて、前者が重い。

 けど納得できない。また三月にママやじいちゃんとお墓参りしたいもん。

 くそ、やってやる。あたしは人間なんだ。




 世界を騒がす重武装の組織は、テロ行為の真っ最中に女子中学生から話しかけられ仰天した。

「あの、すいません」

 全員のガリルを持つ手が緊張する。

「あたしは」ジュンが続ける。「暁ジュンって言います。姫百合学園中等部三年です。ちょっとお話ししたいんですけど」

「何者だ」女リーダーが言う。

 彼女は身長百六十四センチのジュンより、頭一つ分高い。ノースフェイスのマウンテンパーカーを着ている。

「あなた方はチャリオットさんですよね。できれば爆破はやめてほしいなあって。ここにウチのお墓があるもので。別に恨みはないから、まだ通報もしてません」

「いったいお前は何を言っている」

 四つの銃口がジュンの胸元を狙う。

「わかってるんですよ。あなた方に一般市民の死傷者を出す気がないのは。炭疽菌テロだって、いっぱい殺せるのにしなかった」

 街灯がぼんやりと浮かび上がらせる少女は幽霊の様で、チャリオットの各員に怖気を震わせた。

 しかしリーダーは、ジュンの首にかかったヘッドフォンにマイクがついてるのを見咎める。

「お前、誰かと交信しているな」

 予想以上に目敏い。保険をかけてヘッドセットを襟に隠していたのが裏目に出た。

 ジュンが言う。「セキト、プランB」

 敵の背後に潜む赤兎が、パトカーのサイレン音を鳴らす。戦慄した集団が隊列を乱した隙に、ジュンは左手で隠形印をむすぶ。

 暗転。青山は一瞬にして光のない街となった。

 あらかじめ目を細め暗視能力を蓄えていたジュンが身を翻す。周辺視野を使い、猫の様に夜目を利かせて逃走する。

 ナイトビジョンを装備した二人がガリルを発砲。5・56ミリ弾が防護柵で跳ねる。ジュンは遮蔽物を求め、歩道から霊園内へ転がり込んだ。

 二人組は連携しながら距離を縮める。十メートルまで近づかれたとき、ジュンはポケットの棒手裏剣を投じる。黒塗りの手裏剣は右肩に刺さり、一時的に敵を無力化した。




 ヘリコプターのローター音と風圧が墓所を満たす。

 CH-47からロープで、迷彩服やヘルメットで身を固めた十名の戦闘員が降下。HK416を構えて前進し、連射する。アサルトライフルの交響曲は急激にクライマックスを迎えた。

 ジュンは這々の体で、キャラバンのエンジンブロックの陰にたどり着き、座り込む。

「ひっ」

 銃弾がアスファルトを削るたび身をすくめる。生まれて初めて経験する銃撃戦だ。雪風流宗家ともあろう者が、完全に腰を抜かしていた。

 CHから新手の十名が降りてくる。その内の一人がジュンの隣で膝をつき、暗視装置を持ち上げて話しかける。

「無謀にもほどがある!」

「カ、カズくん!?」

 死線で片思いの相手と遭遇し、ジュンは不覚にも涙する。防弾チョッキで厚くなったカズサの胸にしがみつくと、ぎこちなく抱きすくめられた。

 聞き覚えのある甲高い笑い声がする。

「ぎゃはは」

 昼にジュンがつけた頬の傷にガーゼを貼ったチーフが、HKを撃ちながら横切る。日本刀も提げている。

「おいメスガキ」チーフが言う。「威勢がいいのは道場にいるときだけか」

 ジュンが答える。「お前はちょっとだけイケメンになったな」

「なんだと。鏑木、こいつを拘束しろ!」

 チーフはテロリストそっちのけで、レーザーサイトをジュンに合わせる。数秒前まで泣いていたジュンは手裏剣を握って立つ。

 カズサが叫ぶ。「二人ともやめてください!」




 カズサやチーフが所属するチームは「警視庁公安部サイバー犯罪対策班」と言い、約三十名の人員を抱える。そのうち十名が陸上自衛隊からスカウトされた戦闘員で、残りの二十名はおもに技術面で貢献。カズサはエンジニア系のスタッフだが、今夜みたく荒事に駆り出されもする。

 情報の密林から犯罪の匂いを嗅ぎつけ、露見していると敵に悟られないまま、迅速かつ強引に除去する。この秘密部隊を人は「虚実隊」と呼ぶ。




 装備と練度は虚実隊が優る上に、謎の少女に弄ばれたあと奇襲を受けたチャリオットは、すでに十二人中の半分が斃れた。

 女リーダーは数発被弾し、ガリルを取り落としてうずくまっている。それでも腰のベレッタを抜いて決死の反撃を試み、警官の一人を道連れにしてから、頭部を撃ち抜かれて絶命。

 決着がついた。チャリオットの残る五人は武器を捨て、両手を挙げ降伏の意志を示す。

 しかし、無慈悲にも虚実隊のHKが火を吹き、唖然とした面持ちのテロリストを屠る。

 チーフが言う。「面白くなってきた。こうしちゃいらんねえ」

 いがみ合っていたジュンを放置し、チーフは殺戮の現場に駆け寄りつつ叫ぶ。

「女は『価値』がある。まだ殺すな!」

 ジュンは目を疑う。たとえ仲間を手にかけた凶悪犯だとしても、警察が投降者を嬲り殺しにするなんて。彼らは引き出すべき情報を持っているではないか。

 迷彩服を着たカズサは、うつむいて惨殺から目を逸らしている。

 ジュンが言う。「カズくん、なんで止めないの」

「いくら君でも言えない。重大機密すぎる」

「あれは口封じ?」

「たのむ、聞かないでくれ」

 キスできるほど間近から覗きこむジュンの大きな瞳を、カズサは直視できない。

 荒々しくタイヤの摩擦音を立て、十四人乗りの白いハイエースが二台到着。スーツにノーネクタイの、警察官にしてはやや小柄な男があらわれる。スリングでMP7を携え、腰に佩刀している。

 虚実隊隊員が一斉に敬礼。

「ボス!」

「ああ、御苦労さん」

 ボスと呼ばれた男が薄笑いを浮かべて敬礼を返す。彼の名は山下忠道。年齢は四十六歳で、チーフの実兄である。階級は警視。虚実隊の隊長をつとめる。

 ボスは出来立ての死体が転がる墓地の一角へ向かう。短い髪を金色に染めた大学生風の女が、すべての衣服を剥ぎ取られて立っていた。屈辱を与えられても自尊心を失わず、周囲の男を睥睨する。

 ボスが言う。「お前、なにやってんだ」

「ちょっと尋問を」チーフが答える。

「これ以上俺の足を引っ張るなら、縁を切るぞ」

「すまん、アニキ。自重する」

 ボスは女の前で抜刀。金髪の頭は刃を視認する時間もなく、首から切り離された。

 これで青山霊園爆破計画は未然に防がれ、未遂犯は秘密裏に全員処分された。

 納刀したボスは、カズサの傍らにいるジュンに歩み寄る。街灯がもどった墓地で、秘密部隊の長と少女剣士が対峙する。

 ボスは落ち窪んだ小さな目を細め、カズサの頬を撫でる。

「よくやった。今回はお前の手柄だな」

 カズサが言う。「ありがとうございます!」

「この娘に話がある。お前は外せ」

「はい」

 カズサは敬礼し、従順にその場を去った。

 ボスが言う。「暁ジュン。闘争のステージに颯爽とあらわれたニューフェイス」

「あたしも斬るのか」ジュンが答える。

 すでにジュンは、カーゴパンツのベルトループに通したカラビナに、朱塗りの鞘の愛刀を提げている。

 ボスは刀に見向きもしない。初対面のジュンは知る由もないが、彼は剣道八段で全国選手権七連覇の記録をもつ、弟を遥かに凌ぐ達人だった。

「いや、殺すには惜しい。興味ぶかい観察対象だ」

 ボスはパワーグローブを一瞥する。

「もしあたしを違法に監視してるんなら許さない」

「ははっ」ボスが笑う。「プライバシーの概念なんて、二十一世紀においては幻想だと思うね」




 カズサをふくむ虚実隊の二十二名は、志半ばに斃れたテロリストと味方の死体を片づけ、二台のハイエースに分乗して新木場へ帰投した。

 ガラスが割れ、無数の弾痕が残るキャラバンのそばにジュンは立ち尽くす。

 雲が厚くなり、月が隠れた。

「ああああああ!」

 ジュンは絶叫する。世界の不条理のすべてが自分の肩にのしかかる気がした。




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