『サイバー剣士 暁ジュン』第2章 「パワーグローブ」

登場人物・あらすじ


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 五反田のソープランド「インペリウム」は宮殿風に豪華だが、閑古鳥が鳴いている。水源が汚染された翌日に、泡姫と戯れる物好きはいない。

 自動ドアが開き、コートに両手をいれた暁ジュンがあらわれる。蝶ネクタイをしたボーイは目を丸くする。客ではないし、面接希望者にしては若すぎる。

 ジュンが尋ねる。「暁新八って客がいませんか」

「はあ、どう言った御関係で」

「孫です」

 通された個室で、薄い生地のワンピースを来たソープ嬢三人に囲まれ、祖父の新八が寿司を食べている。日本酒の瓶が散らばる。

 新八は六十九歳にしては百七十五センチと長身だが、痩せている。白い髪は短く刈られ、顔に深い皺が刻まれる。長い年月、厳しい稽古で体を痛めつけた人間の顔だ。洒落たアーガイル柄のセーターを着ている。

「よくここがわかったな」

「じいちゃんの家にあったチラシで覚えてた」

 ソープ嬢たちが騒ぐ。「しんぱっちゃんのお孫さん? かわいい! 年はいくつ?」

「十四歳。中三です」ジュンが答える。

「わかーい! 大人になったらウチで働かない?」

「それもいいかもしれないッスね」

 ジュンは無愛想に言う。体を売ってるからと軽蔑はしないが、特に親近感は覚えない。

 三十万円入った銀行の封筒を渡す。昨晩母に相談したら激怒され、やむなく自分のお年玉を預けた口座からほぼ全額引き落とした。

「すぐ返してね。あとお酒は止めなよ。また倒れるよ」

「悪いが当分返せそうにない」

「目白のマンションの家賃があるでしょ」

「あれは売った」

「え、道場も手放したの」

「仕方ないだろう。お前が継ぐには早いし」

「じいちゃん、なにやってんだよ。言いたかないけど、それあたしの貯金だよ。ママは超怒ってるし、スミレだって心配してる」

「用が済んだら帰れ」

「ひどい態度だな。人をこんなところに呼びつけておいて」

「いや、呼んでないが」

 三人のソープ嬢は「こんなところ」とゆう発言に顔を曇らせる。新八は手を振って彼女たちを下がらせた。

 鼻をふくらませたジュンが浴槽の縁に腰を下ろす。湯は張られてない。

「うちに変なロボットが来たよ。じいちゃんも知ってるんでしょ」

「そうか、あれが来たか。『虚実隊』について何か言っていたか」

「キョジツタイ?」

「聞いてないならいい」

「あたしはじいちゃんの一番弟子だ。師匠が困ってるなら助太刀する」

「孫娘に頼るほど、俺は老いぼれてない」

 ジュンは俯いてコートのポケットをまさぐる。ジャラジャラと金属音がする。薄い唇が震えている。

「じいちゃんがいなくなったら、あたしは誰に剣術を教わればいいんだよ」

 新八は長い息をつく。刀を持ち運ぶゴルフバッグから、光沢のある銀色の手袋を取り出し、ジュンに放り投げる。

「もしもの時のために、これを貸してやる。お前なら使いこなせるだろう」

「左しかないよ」

「手首の部分に、いつもいじってる機械を嵌めるんだ」

「アイフォンのこと? あ、ぴったり」

 自動的に「Zambyo」とゆうアプリがインストールされ、起動する。手袋の中の指を動かすと画面のグラフが連動。あたらしいオモチャにジュンの顔は綻んだ。

「たのしい」

「お不動さんの真言を覚えてるか」

「正月に一緒に新勝寺へ行ったじゃん」

「真言を唱えながら九字を切ると操作できる」

「なにそれ、かっこいい! 帰命す、普遍の諸金剛に。暴悪大忿怒者よ、破壊せよ……」

「あっ、待て」

 ジュンがすばやく「臨兵闘者皆陣烈在前」の印契を結んだ途端、浴室の照明と暖房が切れた。

 新八は闇の中でジュンの頭を殴る。

「まったくお前と言うやつは。すこしは考えろ!」

「痛えな、なんで叩くんだよ」

「ここいら一帯が停電になったろうが。それを返せ」

「うるせえ」

 ふたりが取っ組み合うあいだに電力は恢復。

 ジュンがアイフォンの画面を見ると、品川区近辺の地図が表示されている。

「ひょっとして」ジュンが言う。「この手袋が停電を起こしたわけ? 変電所にハッキングするとかして」

「さっきからそう言ってるだろう」

「すげえ! どこで手に入れたの」

「俺が四年ほどアメリカに住んでたのは知ってるな」

「うん。あたしが生まれる前だよね」

「当時の弟子がコンピュータの専門家で、その後もちょくちょく会って協力してたんだ。最近癌で死んでしまったが」

「意外。じいちゃんはガラケーすら持ってないのに」

 新八はマットに寝転がり肩をすくめる。ジュンはくすっと笑う。飲む打つ買うの悪癖で、二年前に亡くなった妻を泣かせてばかりいた遊び人だが、愛嬌があって我が祖父ながら可愛いと思う。

 やかましい足音がドア越しに響いた。

 新八と同年代の小太りの男が、二人の若者を連れて浴室に入る。ヤクザだった。




「しんぱっちゃん」親分が言う。「どうも良くない筋と揉めてるらしいな」

 新八は寝たまま答える。

「お前に迷惑はかけない。しばらく匿ってくれりゃいい」

「サツも相当力入れて探ってるぜ。こうゆうことは先に言ってくれねえと」

「なんだ、追い出そうってのか」

「わかってくれよ。昔とは違うんだ」

「そんな恩知らずでよく極道がつとまるな」

 ダボダボの服を着た若い衆が割って入る。

「おいジジイ! 親父にナメた口きいてんじゃねえぞ」

 浴槽に腰掛けているジュンが呟く。

「うるせえな」

「んだとコラ」

 若い衆はフードをつかみジュンを立たせる。ジュンは薄笑いを浮かべるだけ。苛ついた若い衆は衝動的に殴りつける。

 ジュンは頬をさすり、口腔内に異常がないか確かめる。笑みを浮かべたまま。

 若い衆は酒瓶を割って兇器にする。

「クソガキ、殺す」

 寝転がってそれを眺める新八は、わざとらしくあくびする。

「バカヤロウ」親分が言う。「嬢ちゃんが怖がってるじゃねえか」

 若い衆が答える。「でも親父」

「俺に任せとけ。しんぱっちゃん、事務所まで来てくれるか。話をつけよう」

 ジュンが鼻で笑うのを、三人のヤクザは聞かない振りした。女子中学生に叩きのめされては、おまんまの食い上げになると計算して。

 起き上がった新八にジュンが尋ねる。

「あたしはどうすればいい」

「今回の騒動は俺ひとりで落とし前をつける。警察が接触してきても無視しろ」

「日曜に警察で稽古があるんだけど」

「いかないでいい」

「いくよ」

「なぜ」

 ジュンは前髪をいじる。

「だって好きな人がいるんだもん」

「勝手にしろ。雪風流の看板はお前のものだ」




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