『サイバー剣士 暁ジュン』第1章 「突発」

登場人物・あらすじ


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 オリーブ色のモッズコートを着た暁ジュンが、高田馬場にある自宅の門を開く。コートの下は、中学校の紺のセーラー服と黒タイツ。

 馬の様に寸胴な四足歩行ロボットが、玄関へつづく敷石を塞いでいた。ロボットは滑らかな動作で立ち上がり、平坦な口調で言う。

「暁ジュン、君に話がある」

「あたしにはないけど」

 ジュンは背負っているギターケースに右手をのばす。日本刀を忍ばせている。

 ロボットの前面のカメラが傾き、ジュンの手の動きを追う。頭部は赤く塗装されている。

「私は」ロボットが言う。「戦闘支援システム『ZB2』だ。アメリカ海兵隊で試験運用されている。怪しいものではない」

「さてはじいちゃんのイタズラか」

「私の開発コードが『ザンビョウ』だったと言えば信じてもらえるか」

 ジュンの大きな目が見開かれる。それは古武術「雪風流」の奥義の名だった。知っているのは第十一代宗家の自分と、先代の祖父だけ。道端で口にするのは許されない言葉だ。

 ジュンは二月の寒空の下で震え、両手をコートのポケットに突っこんで言う。

「本当にロボットがしゃべってるの」

「人工知能がロボットにしゃべらせている」

「じいちゃんとは知り合い? 正月に『しばらく奥多摩へ行く』と言ったきり、連絡取れないんだ」

「暁新八からメッセージを預かった」

「家の中で聞くよ」

 ジュンは、母親と二人暮らしの二階建ての白い家に顎をしゃくる。




 四足歩行ロボットは、窓から板張りの床のリビングへ入った。ジュンが敷いたタオルで足を拭く。

「器用だね」ジュンが言う。

「アフガニスタンの山でも登れる。ところでジュン、よければ充電したいのだが」

「これをプリウス用のコンセントに挿せばいい?」

「そうだ。ありがとう」

 ジュンは台所で、浄水器つきの蛇口からコップに水を注ぐ。美容院とネイルサロンを経営する母は忙しく、不在のときが多い。お掃除ロボットのルンバが床を横切る。

 ソファに沈み、足を組んだジュンが尋ねる。

「で、メッセージってなに」

「新八は君に金銭的援助を求めている。彼は犯罪に巻き込まれ、警察に追われている」

「電話すりゃいいでしょ」

「詳しく言えないが、きわめて重大な事件なのだ。警察に傍受される恐れがある」

「だからと言って、あんたを送るとはねえ」

 ジュンは溜息をつき、コップの水を飲む。

 あまりに胡散臭い。祖父の身は心配だが、突然あらわれたロボットを信用するのは無理だ。そもそも放浪癖のある祖父が、ふらっと行方をくらますのは珍しくない。

 一一〇番しよう。変な機械を引き取ってくれと。

「いま新情報を受信した」ロボットが言う。「テレビのニュースをつけてくれ」

 ジュンがリモコンを操作すると、薄明に浮かぶ巨大なダムで、タンクローリーから液体が注がれる映像が流れる。

 きょう未明、武装した集団が奥多摩の小河内ダムを襲撃、警備員を拘束した上で、推定十六キロリットルの炭疽菌を水源へ投入。さらに「チャリオット」と名乗る組織が、ユーチューブに犯行声明をアップロードした。

「うっ」

 ジュンが白い喉を押さえる。コップ一杯分を飲み干した。腸炭疽症の致死率は高い。

「一日で」ロボットが言う。「水はここまで届かない。それに水源への攻撃なら浄化可能だ」

 青ざめたジュンは口に指を突っこむが、焦ってうまく吐き出せない。

「やれやれ」ロボットは続ける。「生物兵器に関する米軍の知識を信頼してほしいものだ」

 ジュンはロボットのカメラを睨んで言う。

「人の心はそう単純じゃないんだよ」

 深呼吸したジュンは、アイフォンで犯行声明の動画を再生。目出し帽をかぶる迷彩服の一団が、薄暗い部屋で演説している。

 東京の民よ。退廃した都市の奴隷たちよ。これは「デス作戦」である。死は平等だと知れ。

 われわれはまず東京の物質面を破壊した。つづいて精神面・経済面の順に作戦を遂行し、この都市を根底から改造する。

 東京の民よ、汝は我らを恐れるべし。

「戦車と死神」ジュンが呟く。「タロットカードから取った名前かな。中二病なセンスだ」

「立ち直りが早いな」

「おかげさまで。たしかにじいちゃんは、この事件に巻き込まれたっぽい。奥多摩へ行くと先月言ってた」

「新八は、『例の場所』で君を待つとのことだ」

「へえ」

 テレビは生中継で、鏑木治三郎・東京都知事の記者会見を映す。知事はいかめしい顔つきで、都民に理性的な対応を求めた。

 ジュンが言う。「次は精神面への攻撃か。気味悪いなあ」

「ジュン、一つ頼みがある」

「なに」

「私を家に置いてくれないか。電気は不味いが、静かで広々として気にいった」

「ママになんて言うんだよ。絶対怒られる」

「私が説得しよう。根拠地を提供する見返りに、先端技術で君の行動を支援する」

「強引なやつ。ま、考えとくよ」

 ロボットのカメラを保護する枠を、ジュンはよしよしと撫でた。




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苑田 謙

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