小説22 「終戦」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 半袖の黒のワンピースを着るドロシー・マッカーサーは、ハンカチで額を押さえながらホワイトハウスの階段をのぼる。八月にゴスロリ服ですごすには忍耐力が必要だ。

 三階のトレーニングジムで、上半身裸のルーズベルト大統領がベンチプレスをする。ドロシーに気づきバーベルを置く。

「汗を拭いてくれるか」

 ドロシーは無視した。自分はもう奴隷じゃないと、エメラルドの瞳が訴える。

「ナデシコに対し」ドロシーは言う。「隕石魔法を使うそうですね。あれは無益な大量殺戮です。止めてください」

「魔法はすでに発動した。落下までちょうど二十四時間」

 ルーズベルトはドロシーに支えられ、松葉杖で休憩室へ移る。開いたノートPCに「23:57:40」の表示が。落下地点は東京。

 黒衣の少女は蒼ざめる。

「停止するにはどうすれば?」

「騎士道精神を現代戦に持ち込むな。我が軍の百万の死を回避するため必要な犠牲だ」

「それほど死者は出ません。せいぜい三、四万人。あなたはスターリンを恐れてるんだ」

 エイダ・ヒトラーの自殺のあと、長野はサスーリカ軍に占領された。さらにユリア・スターリンは対ナデシコ参戦の準備を進める。もし東京まで取られたら、戦後の世界は彼女の物に。

 ルーズベルトは笑う。「さすがは次期大統領候補の洞察力だ」

「いづれスターリンはボクが斃す。決着は通常戦力でつけるべきだ」

「君はもう五年、いや十年戦争を続ける気か? 厭戦気分の国民がそれを支持するとでも? チャーチルでさえ失脚したのに」

「そこに正義があれば、リバティア国民は後押ししてくれる」

「ハウ・ナイーヴ! 話にならない」

 ドロシーは椅子に座り、テーブルに右肘をつく。腕相撲を取る姿勢だ。

 ルーズベルトが言う。「私を病人と思ってるのかもしれないが、かつて……」

「ボクシングチャンピオンのジャック・デンプシーが、肉体美を褒めてくれた。あなたの自慢の種だ」

「随分と挑戦的だな。いいだろう、受けて立つ」

 ルーズベルトはドロシーの華奢な手を握る。骨が砕けるほどの力で握り返される。全身の筋肉を収縮させるがビクともしない。

 手の甲を叩きつけられた大統領は、体ごと回転しテーブルで仰向けに横たわる。泡を吹き痙攣する。心停止していた。重度の障碍をもつ身体で、史上最大の戦争を史上最長の任期で指導してきた。とっくに限界が来ていた。

 ドロシーが叫ぶ。「ルーズベルト、パスワードを言え!」

「君にはわかるまい。単細胞の軍人には……」

 虚空に手をのばし、なにかを操縦しようとしながら、フランクリン・ルーズベルトは息絶えた。




 八月六日、午前七時。

 紅の着物をきたヒロヒトが、京葉線舞浜駅から出る。頭にリボンつきのミニーマウスの耳が。

 きょうはお忍びで「ひとりディズニー」に来た。開園一時間前に並ぶのは当たり前。「敵性施設」ではあるが、年間パスポートを保有するヒロヒトの肝煎りで営業している。戦時中でも現実逃避したい日はあるから。

 見覚えある赤毛の「少女」が鉄柵に寄り掛かっている。ヒロヒトは舌打ちした。ウチのスパイ網はなにをやってるのかしら。

 ヒロヒトは言う。「あなた、まだ女装を続けてるんですね」

「だって」赤面したドロシーが答える。「陛下がプロポーズを受けてくれないから……いやいや、それどころじゃないんです!」

 サイゼリヤに場所を移し、ドロシーはPCを見せて事情を説明。隕石が落ちるまであと三十分。止めるには十文字のパスワードを入力しないといけない。本物の政治家にしか分からないとルーズベルトは言った。

「そんなの簡単です」ヒロヒトは言う。「こう打ち込んでください。C・O・M・P・R・O・M・I・S・E」

「コンプロマイズ、妥協……あっ、認証された!」

 しかしすぐカウントダウンの画面へ戻る。何度入力しても同じ。ディスプレイを覗くヒロヒトの顔を間近に見てドロシーはときめく。

 残り五分。

「なぜだ!」ドロシーは叫ぶ。「パスワードは正しいはずなのに!」

「おそらく騙されてたんでしょう。この魔法は止めることが可能だと」

「そんな馬鹿な。最高司令官である大統領に嘘をついたら、それは叛逆だ」

「ルーズベルト大統領さえ、軍が担ぐ神輿にすぎないんですよ」

 残り一分。




 捻じ曲がった時空がリアリティを恢復したとき、ヒロヒトは自分が灯台の下にいると認識した。馴染みのある横須賀の近く、観音崎だろう。隣にいるドロシーが転移魔法をつかった。

 東京湾の向こうで爆煙が上がる。五十キロ離れたこちらにも衝撃波が伝わる。数え切れない人々が一瞬で消滅。津波などの災害も起きるだろう。ヒロヒトは目をつぶり、深く息をつく。

 ドロシーがうつ伏せで号泣する。

「ひどすぎる……こんなの戦争じゃない。リバティアの軍人であることが恥づかしい……」

 和装の天子は跪き、黒衣の少女の手を取って立たせる。

「ナデシコはリバティアに降伏します」

「陛下……ボクはそんなつもりじゃ」

「現状、サスーリカを含めた二正面作戦は遂行できません。わたしの身柄はあなたに委ねます。よろしければ、妻としてください」

「な、なんだって!」

 ドロシーのエメラルドの瞳は、喜びより驚きの色の方が濃い。

 ヒロヒトは苦笑する。「プロポーズしておいて、その反応はないでしょう」

「でも、陛下はボクが嫌いだって……」

「結婚は好き嫌いでするものじゃないですから」

 ヒロヒトは、五歳年上の花婿の小さな顔に左手を添えて口づけする。そばかすの浮かぶドロシーの頬があざやかに染まる。

「ひょっとして」ヒロヒトは続ける。「ファーストキスでした?」

「陛下は違うのですか」

「年頃の女なら、恋愛のひとつやふたつ経験して当然ですよ」

 頬を膨らませ嫉妬の炎を燃やすドロシーを見て、可愛いと思う感情が芽生える。

 ミニーマウスの耳をつけっぱなしだと気づき、外して袂に入れた。おっちょこちょいな、わたしらしい。後世の歴史家は、この出来事を想像すらできないだろうな。

 背の高いドロシーの左の肩に頭を預ける。おづおづと背中に彼の手が回る。

 わたしはいま、それなりに幸せ。




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