密室殺人2.0 ― スティーグ・ラーソン『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』

タトゥー
(表紙は日本語版上巻のほうがよいね)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女
Män som hatar kvinnor

著者:スティーグ・ラーソン
訳者:ヘレンハルメ美穂 岩澤雅利
発行:早川書房 平成二十年



密室殺人ならぬ、密島殺人か。
スウェーデンにうまれたこの探偵小説の主たる筋は、
三十六年まえにボスニア湾の孤島ヘーデビーでおきた、
少女失踪事件の真相を調査するというもの。
しかけが大がかりだ。
登場人物をはじめ、ものがたりの背景も野心的。
主人公ミカエルに捜査の依頼をするのが、
かつてスウェーデンを代表する企業群をひきいていた、
八十二歳のヘンリック・ヴァンゲル。
ヴァンゲル家が支配する島での変事に、
この家の陰鬱な歴史がからみあう。
第二次世界大戦において中立の立場をえらんだスウェーデンは、
ナチス・ドイツともきわどい関係をたもっていた。
よむものを、ヨーロッパの闇がつつむ。
小説にでてくる大金もちは、えてして胡散くさく、現実味がないものだが、
依頼主である富豪のヘンリックは、おいても頭脳明晰で皮肉屋で、
有能な経営者らしいずぶとさを感じる。

「……私は、ヴァンゲル家のほとんどの人間を嫌っている。
連中はほとんど、泥棒と守銭奴とごろつきと役立たずの寄せ集めだ。
グループを率いた三十五年のあいだ、
私は親戚連中とのどうしようもない争いに巻き込まれどおしだった。
私の最大の敵はライバル企業でも国でもなく、彼らだった」


ややこしい感情をぶちまける老人に、下世話な興味がひかれる。
作者のラーソンは、政治雑誌の編集長をつとめていたからか、
政治や経済をかたるときも、筆のうごきはにぶらない。



政治ずきの作家であるからして、
ミカエルの捜査を支援する女主人公の造形にも、政治的主張がこめられる。
からだ中に刺青をほどこした二十四歳のリスベットは、
警備会社と契約してはたらく調査員。
国内随一と自称するハッキングの才能をもつが、
実は、裁判所から精神病患者とみなされていて、
天涯孤独の身ということもあり、
後見人の許可なしでは、金銭などに関する自由をみとめられていない。
そんな逆境につけこんだ悪徳弁護士に、ひどい目にあわされる。
ただかの女は、他人に対しきわめて攻撃的で、
自分がいためつけられたときでも、警察などには一切たよらず、
おのれの手で復讐をはたす。
先鋭的なフェミニズム理論が、結晶化したような人物だ。
そのしごとぶりもはげしい。
企業の買収にさきだっての調査では、対象を徹底的にあらいだし、
その人物が小児性愛者だとする報告書をさしだす。
依頼人をこまらせただけでなく、刑事事件にまで発展。
まあとにかく、格好よいのだ。
しかし、なんでもリスベットのハッキングでカタをつける筋だては、
都合がよすぎるかなあ。
コンピュータを魔法の箱としてえがくので、若干反則ぎみ。



ストックホルムより北にあるヘーデビー島を寒波がおそい、
一月は気温がマイナス三十七度までさがる。
水道管はこおり、窓の内側を氷の結晶がおおう。
昼間でさえ、かまどでいくら火をたいてもあたたまらない。
東京でも毎日こごえながらくらしているから、
そんな極寒を体験するのは死んでも御免だが、
小説なら、ひごろ縁のない北欧の風土や文化をたのしめる。
個人的に探偵小説は、犯人さがしが億劫なのでよまないが、
本書には魅了された。
よほどの傑作なのだろう。
主人公たちは大づめで、ある実業家の大規模な不正をあばき、
株式市場を混乱させる。
そのとき、テレビのインタビューできる大見得。

「スウェーデン経済が破綻しつつあるというのはナンセンスです」

「スウェーデン経済とスウェーデンの株式市場とを混同してはいけません。
スウェーデン経済とは、
この国で日々生産されている商品とサービスの総量です。
それはエリクソンの携帯電話であり、ボルボの自動車であり、
スカン社の鶏肉であり、キルナとシェーヴデを結ぶ交通です。
これこそがスウェーデン経済であって、
その活力は一週間前から何も変わっていません」


やはりこの作家、度量がおおきい。
小説家としての初作品である三部作をかいたあと、
第一部である本書の発売をみることなく、心筋梗塞で他界。
そんな舞台裏の事情が、神格化に拍車をかけ、
世界的な評判をもたらしたようだ。



ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上
(2008/12/11)
スティーグ・ラーソン

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

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