小説20 「神風特別攻撃隊」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 小雨がヒロヒトの萩色の着物を濡らす。千鳥ヶ淵マリーネ墓苑に参拝に来た。エイダに告白した思い出の場所であり、彼女の冷たい肌に優しく抱かれる様な気分に。

 羽ばたく音とともにハーピーの瑞鶴が現れる。

「ヒロヒト、毎日来てるな」

「これくらいのことしかできません」

「赤城たちの声が聞こえるか?」

「心のなかで会話はしてますが、本物かどうか」

「人間は鈍いな。みんなそこにいるよ。ヒロヒトに会えて喜んでる」

 瑞鶴は六角堂の外で身を振るい、水を切る。

「捷一号作戦ってのを読んだ。なんであちきを使わない?」

 ヒロヒトは答えた。「制空権を完全に奪われた状況で、飛行ユニットを出しても意味がないので」

 瑞鶴は傷だらけの竪琴を持ち上げる。雨音に楽音を交える。

「姉ちゃんほどじゃないけど、あちきも歌えるんだぜ。絶対ついてくぞ」




 雨脚が強まり豪雨となった。ヒロヒトは折り畳み傘を差し、数分歩いて靖国研究所へ立ち寄る。

 彼女を呼び出した東條英機首相が、二十代の海軍軍人を連れて石畳に姿を見せる。

「こちらは関行男大尉です。今回の作戦に志願してくれました」

 関大尉は今上天皇を直視して言う。「国体護持のため、喜んで我が身を捧げます!」

 ヒロヒトは答える。「どうもありがとう。どの様な任務ですか?」

 東條が彼女に【シュトック】を渡す。

「陛下には、この場で大尉を斬っていただきます。その魂をぶつけ、驕れるリバティアを撃滅します」

「なんですって!?」

 それを聞いても、関大尉の瞳は燃えたまま。

「心中お察しします」東條は続ける。「ですが、駿河を取られたらナデシコは干上がります。ほかに手段はないのです」

「そこまでしなければいけないの……」

 落雷が、東條の禿頭で反射する。逡巡するヒロヒトに囁く。

「大尉に恥をかかせませぬよう。御覚悟を」

 和装の天子は俯いて【シュトック】を起動。ようやく実戦投入された薙刀状の「三式」だ。心を鬼にして振り上げる。

「関大尉。あなたの尊い志、無にはしません」

「天皇陛下万歳!」

 斬撃が、関大尉の肉体と霊魂を切り離す。

 ヒロヒトは歯を食い縛り、嗚咽をこらえる。英霊たちが私を見ている。外見だけでも毅然としなくては。

 兵士二名が、次なる志願者を連行する。「嫌だ、離せ」と叫び、両腕を振り解こうと暴れる。異臭を感じたヒロヒトが彼の股間を見ると、恐怖のあまり脱糞していた。

「東條、彼らは志願したはずでは!?」

 東條は、泣き叫ぶ男を殴りつけ怒鳴る。「貴様、見苦しいぞ! それでもナデシコ男子か!」

「こんなの……むごすぎる……」

 ヒロヒトは三式を落とす。光の蛇が石畳でのたうつ。

 劣勢を挽回するのに新戦術が必要なのは、自分が一番分かっている。だがこれでは本末転倒だ。国民を守るための戦争ではないのか。

「陛下、三式を取りなされ! 遣い手本人が斬らねば効果半減と、実験結果が出ているのです」

「できない……ごめんなさい……」

 下駄で水飛沫をあげつつ、ヒロヒトは走り去る。雨はさらに激しさを増す。




 二〇四四年十月二十五日未明、富士山麓。

 ヒロヒトは一角獣の榛名を駆り、樹海に覆われた青木ヶ原の溶岩棚を行く。時計回りに富士山を迂回。二十日からドロシー・マッカーサーの上陸作戦が始まっている。ガイスト鉱を産出する霊峰を占領されれば、ナデシコは文明国家として破綻する。

 彼女が率いるのは、サイクロプスの大和など地上ユニット五体。

「ようやっと」単眼の大和が言う。「オラたちの出番だべ。羽根の生えたチビどもに頼るから苦戦するんだべ」

 ヒロヒトは答える。「あなた方を動かすには大量の資源を消費します。ただの大飯食らいではないと證明してね」

「誰に言ってるんだべ。オラと武蔵は、史上最大最強の大和型巨人だべ。リバ公なんぞ、捻り潰してやるべ」

 武蔵は大和の弟で、五十の頭と百の腕をもつヘカトンケイル。天を突くほど巨大な兄弟が哄笑する。馬上のヒロヒトは耳を塞いだ。




 瑞鶴は本作戦でも機動部隊を指揮。瑞鳳・千歳・千代田・日向・伊勢を従えるが、みなすでに空戦能力を失っている。もはや撃ち落とされるのを待つだけの、単なる鳥にすぎない。

 微笑を湛えてハーピーが竪琴を鳴らす。姉の翔鶴に教わった歌をうたう。

 マジメな姉ちゃんは毎日歌の練習をしてた。あちきもちゃんと習っておけばな。いつもイタズラしては怒られてたっけ。

 姉ちゃんがいて、赤城がいて、ヒロヒトがいて……横須賀にいた頃は楽しかった。またみんなで遊べるといいな。

 南の空にリバティアの大編隊が見える。飛行ユニット十五体、地上ユニット六体。勝ち目はまったくない。一分一秒でも北に引きつけるのが目的だから仕方ない。ヒロヒト、がんばれよ。

 姉ちゃん……もうすぐ会えるな。




 ヒロヒトのもとに、富士山を反時計回りに突撃をかけた、山城らを擁する第三部隊が全滅したとの報が入る。死に急ぐ様な玉砕だった。

 嘆き悲しむ暇はない。山中湖から御殿場へ南下する主力部隊は、敵飛行ユニット六体との交戦に巻きこまれていた。大和は単眼からビーム光線を発射。百発撃っても、かすりもしない。

 馬上のヒロヒトが叫ぶ。「大和、もっと前線へ出なさい!」

「近づいたら四十六センチ砲の意味ないべ」

 弟の武蔵は、百本の腕で盲滅法に岩を投げるが、怪鳥たちに翻弄され満身創痍となり斃れた。

 一方の大和は狼の群れに足の指へ食いつかれ、地響きを立て逃げ惑う。

「なんて無様な戦いなの」ヒロヒトは呻く。「もういい、全軍ここへ集結しなさい!」

 錯乱したサイクロプスが北へ向かう。ヒロヒトは一角獣に鞭打って後を追う。

「止まれ! 命令違反するものは斬る!」

「敵機動部隊を発見したべ。オラは索敵能力も最高だべ」

「何を言ってるの……。マッカーサーの上陸を阻止しないと、瑞鶴たちの苦労が水の泡になる」

「沿岸部は偵察が足りないべ。危険すぎるべ」

「あなた臆したのね。ナデシコ軍の風上にも置けないやつ。そこへ直れ!」

 薙刀を振り回し猛追する司令官を見て震え上がり、大和は泣き喚きながら戦線離脱。ほかの巨人たちも逃散。ヒロヒトと榛名だけ残った。

「誰も責められない」ヒロヒトは独白。「これが負け戦とゆうもの。すべてわたし自身が撒いた種」

 一角獣がいななき、白い体を起こす。

「榛名、どうどう。あなたの忠誠は分かってるわ。いまから単騎、敵上陸部隊へ突入します。生きては還れないけど、いいわね?」

 榛名の鼻息は荒い。

「ありがとう。その代わり、今度こそマッカーサーの首を取ります。神に誓って」




 岩肌をカーテンの様に水流が覆う。間断なく飛沫の音が響く。白糸の滝で、萩色の着物のヒロヒトと、ヘソ出し黒ゴスロリ服のドロシーが相対する。滝の周りは涼しく、ドロシーはくしゃみした。

「陛下は愚かだ」ドロシーは言う。「敗北は明らかなのに、むなしく血を流している」

「こっちの台詞です。死ぬより辛い痛みを二度味わっておいて、また立ち向かうなんて」

「完璧美少女は、勝利するまであきらめない」

 ヒロヒトは薙刀を八相に構える。刃が禍々しく放電する。

「天照皇大神よ、しかと御照覧あれ。一撃必殺の剣、神風」

「ジンプウ?」

「あなたの茶番もこれで終わりです」

 空から届いた啼声が滝壺でこだまする。先ほど追い払った怪鳥のうち五体が殺到、炎の雨を降らす。ヒロヒトは火達磨となりながら応戦。

「マッカーサー、立ち会え!」

 黒い翼を持つ夢魔であるインキュバス「セント・ロー」を一刀両断。驚異的な斬れ味に、ほかの【マリーネ】は泡を食って逃げ散った。

 ヒロヒトは薙刀の柄を杖代わりに、かろうじて立つ。焼け爛れた着物がくすぶる。自慢の黒髪も無慚に焦げている。

 ドロシーが和装の天子を羽交い締めに。

「降伏してください。これ以上の抵抗は無益です」

「誰があなたに膝を屈するものですか!」

「お願いです、陛下はボクの妻になるべき人だ」

「はぁ!?」

 喉仏、低い声、細身だが骨っぽい体格。ヒロヒトは薄々感づいていた。ドロシー・マッカーサーが二十歳の男だと。

「金輪際」ドロシーは叫んだ。「女装はやめます。窮極美少女のボクがここまで下手に出てるんだ、少しは言うこと聞いてよ!」

「変態自己中コスプレ野郎! わたしに触るな!」




 喧騒の中、天井が下から上へ流れてゆく。ガイスト技師や東條英機がこちらを覗きこむ。ヒロヒトは、自分がストレッチャーで運搬されてると気づいた。

「【マリーネ】は……瑞鶴はどうなったの!?」

 東條は答えた。「奮戦ののち、名誉の死を遂げました」

「ああっ……」

 ヒロヒトは目を瞑る。

 治療室に到着して止まったストレッチャーで、ヒロヒトは激痛を堪え寝返りを打つ。左手で技師の腕をつかんだ。

「治療は【マリーネ】を先に……」

「陛下」技師は答える。「熱傷は広範囲に渡っており、お命が危ぶまれる状況です。特に右腕は自然治癒の見込みがありません」

「天皇の命令が聞けないのですか」

 それだけ言い残し、ヒロヒトは仰臥した。

 東條英機は鞘ごと軍刀を外して前に置き、平伏する。不満なら自分を斬れとの意思表示だ。

「恐れながら申し上げます。臣民のため投降の御決断を。罪はこの爺めがかぶります」

「すべてはわたしの罪です」

「姫様は意地になっておられる!」

 ヒロヒトはふたたび天井を見つめる。

「あなたの首相の任を解きます。爺、これまでよく尽くしてくれました。幸福な余生を送ってください」

「姫様!」

 徐々に小さくなる東條の抗議を聞きながら、ヒロヒトは眠りに落ちた。

 これでいい。傷つくのはわたしだけでいい。




 塵ひとつないが、殺風景な部屋。机の上にノートPCが一台。濃い色のスーツとネクタイの男が向かいに二人。

 アリース・アインシュタイン博士は、いつも以上に乱れた頭を掻く。リバティア軍の秘密兵器である「隕石魔法」を盗んだ容疑で、FBI本部で尋問を受けている。窃盗と言っても、彼女が開発したものだが。

 捜査官が言う。「博士は戦争を泥沼にしたいんですか? 国家に奉仕してこその科学でしょう」

「一科学者の自由を奪う国家なんていらねッス」

 黒縁眼鏡をかけたアリースの紅い瞳は力強い。捜査官はこの世界最高の頭脳を持て余す。

 取調室に車椅子の青年が入る。フランクリン・ルーズベルト大統領だ。D・DAY以来、四か月ぶりの再会。

「天才は気まぐれなものだが、君に人命を軽視する傾向があるとは失望したよ」

「あんたらの論理は分かってるッス。口の達者さじゃあ敵わない。でも科学者は、科学者なりのケジメをつけるッス」

 ルーズベルトはPCで動画を見せた。ヒロヒトがセント・ローを斃す場面が映る。

「これがカミカゼ攻撃だ」

「姫さん……こんなボロボロになって……」

「戦術的にさしたる影響はない。ただ、将兵の動揺が激しい。ナデシコは本土決戦でも徹底抗戦するだろうとね」

「逃げ道を塞いで追い詰めるからッス」

「退路はいくらでもある。ナデシコはこれまで一切和平交渉しようとしない。彼らの責任だ」

「その上から目線がダメなんスよ」

 ルーズベルトはノートPCを閉じる。

「敵が我が軍に恐怖を与えるなら、こちらはより大きな恐怖を与える。少なくとも向こう百年、リバティアに怯え続けるほどの」

「隕石魔法は……桁が違いすぎるッス」

「だからこそリバティアが管理すべきだ。協力しないなら、君をアイゼンへ強制送還する選択肢を、政府は視野に入れるだろう」

 あの狂気と暴力の坩堝へ戻ると考えただけで、アリースの心臓は縮み上がる。止めどなく涙がこぼれる。

 ウチは弱い人間で、命懸けで戦うなんてとても無理ッス。姫さん、申し訳ないッス。




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