小説18 「オーバーロード作戦」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


全篇を縦書きで読む








 四国は「チャルカ」と呼ばれる国だが、ビッグベンの植民地だった。少なくともこの二百年は。

 伊予の松山にあるチャルカ総督府は、ムガール建築の様式を採りいれた「西洋と東洋の融合」とみなせる傑作。だが民衆は、それは融合でなく支配だと声高に主張しはじめた。装飾のない白い布を纏う男女が、無言で総督府を取り囲む。

 ウィンストン・チャーチルが肥満体を揺らせ、入口の階段の上に立つ。鉤爪のついた槍「クロムウェル」を携えて。

「失せろ、乞食ども!」

 輝くハルベルトを一閃すると、数十人の頭部が花瓣の様にちぎれ飛ぶ。真紅の滝が階段を洗う。それでも群衆の輪は途切れない。官憲が襲い掛かり一斉に逮捕する。きょうこの場で首脳会談が開かれる。チャーチルは連合国の指導者の前で面目を保ちたい。

 騒動が鎮まったころ、車内で難を逃れていたユリア・スターリンが姿を見せる。着ているのは透ける素材の赤いドレス。汚物を避けながら階段でヒールを鳴らす。殴られ、引き摺られる禿頭の男に見覚えがある。たしか、マハトマ・ガンジー。「非暴力主義による抵抗」を唱え、実践していた。

「革命もいろいろね……」

 かつて手段を選ばないテロリストとして悪名を馳せた、二十六歳の女がつぶやく。

 世界はいま、ガラガラと音を立て崩壊する。瞬きしたら、すっかり別物に変わってるのに気づくだろう。




 ユリアが食堂に通されると、フランクリン・ルーズベルトが着席していた。車椅子に乗るところを見られたくないらしい。下半身不随である事実は、スパイに暴かれてるのに。

 ホスト役のチャーチルが、給仕とともに入室。引き攣った笑顔が分厚い頬に浮かぶ。

「先程は思わぬ醜態を晒し、恐縮の至り」

 ユリアはナイフとフォークを取る。「ガンジー氏に手を焼いてるそうじゃない。チャルカは独立しちゃうかな?」

「奴は乞食みたいなナリだが、実際はビッグベンで学んで辯護士になったインテリだ。化けの皮を剥がしてやる」

「自分がそうならないよう気をつけることね」

 ルーズベルトがクックッとくぐもった笑いを漏らす。

 贅を凝らした晩餐が一通り済んだが、大食漢のチャーチルは飽き足らず、手を叩いて追加を注文する。

「デザートにピザって……」

 甘いものに目がないユリアはアイスクリームを頼もうとするが、香ばしいチーズの匂いを嗅ぐと迷いが生じる。

 チャーチルがテーブルに大きな世界地図を広げた。鮮やかに色分けされている。

「戦後の勢力図を描いてみた。御意見を伺いたい」

 ユリアの声はアイスより冷たい。「なにこれ。赤がサスーリカの領土ってこと?」

 東北地方だけ赤く塗られている。旧領回復しか認めないとゆう意志の表れか。

「もともと広いから十分だろう」

「冗談よして」

 赤いドレスの女は、ワインの残りを中部地方一帯へぶち撒ける。チャーチルを睨みつけて言う。

「血を多く流した者が報いられるべきよ」

「それではヒトラーの帝国と変わらない!」

「へぇ、ならビッグベンは植民地を捨てるのね?」

「詭弁だ!」

 両者は立ち上がり角突き合わせる。植民地獲得レースに距離を置くルーズベルトは、薄笑いしてシェリーのグラスを傾ける。

 チャーチルが重い腰を下ろす。「……まぁ貴国の主張も分からんでもない。それなら我が国は琉球の支配を認めていただきたい」

「知らないわよ。取りたきゃ自力で取れば」

 バトル・オブ・ビッグベンで疲弊しており、西部戦線以外に割ける兵力はない。チャーチルは憤然として退席する。

「無礼な牝狐だワン!」

 この世界戦争はウィンストン・チャーチルが始め、優れた戦略眼により勝利を確実なものとした。そして、政治的に敗北した。もはやビッグベン帝国の維持は不可能だった。




 几帳面なルーズベルトが、ピザカッターで正確に八等分する。

「哀れなチャーチル……時代錯誤の帝国主義者だ」

 ユリアが尋ねる。「あなたは違うの?」

「私なら、もっとスマートにやる」

 ピザの一切れをユリアが取ろうとすると、ルーズベルトと手が触れる。好色な二十四歳の青年は刺激され、女の豊満な胸元を凝視。弟との旅行で着るため買ったドレスだ。

 ユリアが男と寝る動機は、打算か知的好奇心。いまは後者が勝る。下半身不随者はどんなセックスをするのだろう。

「ねぇ、あたしの部屋の場所知ってる?」




 二〇四四年六月六日午前一時。琵琶湖上空。

 暗闇を飛ぶリバティアの輸送機を、アイゼンは対空砲火で歓迎。機上では第一〇一空挺師団がパラシュート降下に備える。

 緑のランプが点灯した。

「カラヒー!」

 恐れ知らずのジャンパーが次々と重力に身を委ねる。機内の方が危険だからでもあるが。

 夜の農場へ無事に着地する者、足を骨折する者、、沼に落ち溺死する者、木に引っかかり敵に射殺される者、パラシュートが教会の尖塔に絡まり宙吊りのままの者……。

 リチャード・ウィンターズ中尉は混乱のなかで装備一式を紛失したが、命があるだけ幸運と思っていた。とにかくE中隊の部下と合流したい。

 農村をしばらくさまよい、三名見つけた。

「おい、地図とGPSはあるか?」

「ウィンターズ中尉、御無事でしたか! あ、ライフルを失くされたので?」

 軍曹は地図だけ貸した。ライフルは歩兵の命、相手が誰だろうと渡さない。

 ウィンターズは月明かりに浮かぶ風景と、地図を照らし合わせる。クソ、いったいここはどこだ。有能な士官である彼も途方に暮れていた。アイゼン軍に包囲される予感に戦慄するが、部下の手前表情に出さない。

 軍曹が不安げに聞く。「次の目的地は?」

 ノコギリを引く様なアイゼンの機関銃の射撃音が響く。ウィンターズは音が聞こえる方向を指差す。

「あっちだ」




 十九歳の物理学者アリース・アインシュタインは、いつも以上に顔色を悪くしてトイレを出た。船酔いする体質で、しかも嵐に巻きこまれたのが辛い。アイゼンからの亡命を余儀なくされ、いまはリバティア軍に協力している。

 ドワイト・アイゼンハワー大将による「オーバーロード作戦」は、湖岸を五つの管区に分けて上陸を試みるもの。「オマハ・ビーチ」が一番の激戦区で、すでにエイブラムス戦車二十七両が沈没。

 白衣のアリースはよろけつつ、フォード級空母の戦闘艦橋へ戻った。

「ここは人使いの荒い軍隊ッスね……学者は陸に置いといて欲しいッス……」

 ルーズベルト大統領が車椅子で指揮を取っている。ユリアにもらったサスーリカの七宝焼のペンダントが首に掛かる。

「アリース、君は今日ここにいたことを、いつか孫に自慢するだろう」

「そんなもんッスかね……」

「ところで、これはもう使えるのか?」

 ルーズベルトは車椅子の肘掛けを叩く。アリースは口をへの字に結んだ。

「やめといた方がいいッス。威力が強すぎて味方が巻き添えになるんで」

「私が聞いてるのは、使えるのか否かだ」

「……使えるッス」

 飛行甲板に出たルーズベルトは、肘掛けのボタンを押す。車椅子が変形しだす。バラバラに分解された部品が勢いよく組み立てられ、全身を覆うパワードスーツとなる。そのまま滑走して離陸。

「あっはっは、飛んでるぞ! 足の萎えた私が空を飛んでいる!」

 血潮で赤く染まった波打ち際を越える。機銃掃射を装甲で跳ね返す。崖の上を旋回しつつ、レーザー光線を放ち砲台を破壊した。

 地上へ降り立ち、海岸線に釘付けされた上陸部隊と合流。

「指揮官は誰だ!?」

 第五レンジャー大隊長マックス・シュナイダー中佐が、水中障害物の陰から答える。

「サー・アイ・アム・サー!」

「君と君の部下には、死ぬ覚悟はあるか?」

「……アブソルートリー・サー!」

 シュナイダー中佐は目を吊り上げて絶叫。もし自分の部下が臆病だと言うなら、たとえ大統領だろうとぶん殴ってやる。

「よし」ルーズベルトは頬笑む。「いい顔だ。人の死には二種類ある。有意義な死と、無意味な死だ。わかるか?」

「イエス・サー!」

「リバティアの軍人なら前者を選べ。レンジャーが道を拓くんだ!」

 奮い立った大隊長に率いられ、死兵と化したレンジャー部隊が銃砲弾の雨のなかを突進する。




「これが戦争ッスか……」

 艦橋でモニターを眺めるアリース・アインシュタインの紅い瞳が潤む。【ヴァンピーア】である彼女は勿論、民族を迫害したアイゼンを憎む。だからこそリバティア軍に手を貸すのだ。

 でもそれは正しかったのか。自分の発明を軍事利用させるのは、悪魔の所業ではなかったか。

「いま開発中の、あの兵器だけは使わせちゃいけないッス……誰であろうと……」

 天才科学者のつぶやきに反応し、後ろに立つ背広の男が咳払いする。機密流出を恐れ、FBI職員が二十四時間監視を行っている。

 アリースはボサボサの髪を掻いた。

 これが自由の国の正体ッスか。なにが正義なのか、ウチにはもう分かんねえッス。

 ナデシコの姫さん。いまは敵同士だけど、あんたには忠告したいことが山程あるッスよ!




 防衛戦を託されたアイゼンのB軍集団司令官エルヴィン・ロンメル元帥は、妻ルーツィエの誕生日を祝うため信州南部にいる。

 朝食を支度するルーツィエが夫の服装に気づく。

「あら、きょうは朝から軍服なのね」

「まあな」

 夫婦の静かな時間を、一本の電話が妨げた。参謀長シュパイデル中将からの報告に、受話器をもつルーツィエは蒼白となる。

「あ、あなた……敵が……」

「わかった。ありがとう」

 ロンメルは話を聞く前に立ち上がり、ナプキンで口元を拭いていた。まるで予期した様に。電話を代わり、簡潔に指示を下して切る。

「ルーツィエ、私はいまから前線へ行く。これが……」

「これが?」

「……これが、永遠の別れになるかもしれない」

「御武運を信じて待ちます」

「そうではない。もはやこの戦争は継続する意味を失った。よい負け方をするのも、将帥の重要な役目だ」

 まだ少女の面影を残すルーツィエが首を傾げる。

 いかなる軍隊もケダモノに違いないが、ものには程度がある。サスーリカより、リバティアに敗れた方がマシなのは自明。

 累が及ぶ恐れがあるため、サボタージュについて妻には話してないが、目を見れば大体通じる。女なら、敗北のあとに何が待ち受けるか本能的にわかるだろう。

 ロンメルは、妻が用意した革のコートに黙って袖を通す。

 ルーツィエは気丈に振る舞う。「お仕事のことは私には分からないけど、あなたが総統から寵愛されてるのは周知の事実。最後まで信頼は変わらないでしょう」

「いや、総統は厳しいお方だ。叛乱の罪でも着せられるのではないかな」

「そんな!」

「むしろ、その方が幸せかもしれん」

 誇り高いロンメルにとり、戦争犯罪人として裁かれる未来に希望は持てない。

 ロンメルは夢想する。もしアイゼン軍が、マンシュタイン元帥が全軍を総攬し、自分やルントシュテットが彼の下知に従い世界を駆け巡る組織だったら。思い描くだけで胸が躍るではないか?

 泣き出しそうなルーツィエの頬に口づけする。

「私は私なりに最善を尽くす。君も前向きに生きてくれ。特にマンフレートはよろしく頼む」

「はい……どうか無理をなさらないで……」

 略式元帥杖を手に取り、「砂漠の狐」は絶望的な戦場へむかった。




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 健

苑田 健

掲示板『岩渕真奈 閃光の天使』
も運営しています。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
月別アーカイヴ
02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03