小説16 「軍神ドロシー」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 遥か眼下に凝灰岩の絶壁が見える。標高684メートル、三河高原の鳳来寺山だ。

 セイレーンの翔鶴は竪琴を爪弾きながら、悲しい歌をうたう。失った仲間を悼む様にも聞こえる。ただその声は恐怖を感じさせない。

 雲の帳を切り裂き、美声に誘い出された幻獣が二体飛来。グリフォンの「エンタープライズ」と、コカトリスの「ホーネット」だ。両者ともミッドウェーの生き残り。

 翔鶴が敵と騒々しい輪舞を踊るところに、妹の瑞鶴と新鋭の大鳳が馳せ参じ、三対二の優位をつくる。神鳥ガルーダである大鳳の体型は人に近いが、鷲の頭と翼を持ち、総身が金色に輝く。

「姉ちゃん、ここはあちきらに任せろ!」

 瑞鶴はホーネットの鶏の喉に食らいつき、引きちぎる。大鳳は神聖な剣で、エンタープライズを深々と突き刺す。

 情報によれば、この二体を斃せばリバティアの運用可能な飛行ユニットがゼロになる。王手のかかった局面だ。




 天皇ヒロヒトは機動部隊の指揮を瑞鶴に委任、自身は主力部隊を率いる。ユニコーンの「榛名」の背に跨り、豊橋平野を疾駆する。無念の死を遂げた、ペガサスの「赤城」の面影を髣髴させるのが、彼女が好意を抱いた理由。

 名古屋への道を塞ごうと、豊川に掛かる橋の前で巨人が立ちはだかる。アイアンゴーレムの「サウスダコタ」だ。貧弱なチハ剣でぶ厚い装甲を貫けるのか? それでもヒロヒトは、躊躇せず榛名に鞭を当て加速。母からもらった緋色のリボンで束ねる後ろ髪が揺れる。

 抜即斬、一撃で足首を切断。川が溢れるほどの震動をともない、鉄の巨人が倒れた。

 耳を聾するサウスダコタの絶叫のなか、異音が微かに聞こえる。音源は真上。馬上のヒロヒトが見上げると、火炎の柱がまっしぐらに落ちてきた。攻撃魔法の「ドーントレス」だ。

 どうにか直撃は免れる。

「きゃっ……榛名、どうどう」

 和装の天子は手綱をひいて一角獣をなだめる。

 爆風で破れた電照菊のビニールハウスに、ドロシー・マッカーサーがいた。黒のワンピースは、日の傾いた田園風景に溶けこむ。赤毛は爛々と、夕陽を照り返しながら燃える。

 ドロシーは菊を一輪折り、カチューシャに挟んで髪飾りとした。いちいち芝居がかった動作が、ヒロヒトを苛立たせる。

 ミカドは下馬して抜刀。「どうやらドロシーさんを斃さねば、わたしの道は開けない様です」

「陛下はボクを好きになるべきだ」

「なんて自己中なの……」ヒロヒトは舌打ち。「わたしには心に決めた人がいます。あなたより一億倍ステキな人です」

「意味がわからない。そんな人間がこの世にいるわけない。陛下以外に」

 ドロシーは緑の電光を放つ槍を下段に構える。真珠湾では懐に飛びこまれ不覚を取った。槍を幾度かクイッと引き寄せ、相手の動きを誘う。

 ヒロヒトは中段。微動だにせず。切先だけがゆらゆら上下し、視線を釘づけにする。

 焦れたドロシーは、和装の天子の白いふくらはぎを突く。ヒロヒトはそれを刀で受けたまま、滑る様に体を寄せる。火花が散る。また腹部を刺し貫かれるのを恐れ、黒衣の少女は飛び退いた。

「やれやれ」ヒロヒトは屈んで下段に。「あなたは本当に見かけ倒しですね」

「う、うるさい!」

 まんまと挑発に乗った強引な突きを刷り上げ、片膝をついた体勢で左手を峰に添え、ヒロヒトは敵の喉を刺した。

「ん、喉仏? まあいいや、これがナデシコの剣術です。大和魂のなんたるかを思い知ったでしょう。おっと、今回は逃がしませんよ」

 ヒロヒトは【シュトック】を斬って破壊、テレポート魔法を封じる。

 菊畑に仰向けに横たわるドロシーは、裂けた喉からヒューヒューと息を漏らす。血塗れの全身に、黄色い花瓣が貼りつく。リバティア一の美少女の哀れな姿だった。

 しかし遠のく意識で、下着に仕込んでいた予備の【シュトック】を起動。目も眩む閃光とともに消えた。愕然とする宿敵を残して。

「そんな……スペアを持ち歩いてるの……」

 ナデシコは一個の【シュトック】が国宝扱いだった。予備など考えられない。後継機「一式」の開発も遅れに遅れ、完全に陳腐化したチハ剣でごまかしている。

 命懸けの真剣勝負を繰り返しながら。




 ヒロヒトは一角獣の榛名を駆り、豊川に設けた拠点に帰投。禿頭の東條英機が、忙しく采配を振るうのを見つけた。

「爺、【マリーネ】の損害状況は? 翔鶴がまた負傷したと聞きます」

「陛下、よく御無事で! 戦果はホーネット死亡、エンタープライズとサウスダコタ重傷。快勝ですが、詳しくは後ほど。まづは治療を」

「かすり傷です。あのコたちを優先して」

 体中の生傷が痛むが、乏しいガイスト鉱はできるだけ幻獣に回したい。捨身の努力をする彼女らにしてあげられる、せめてもの助けだから。

「恐縮ながら」東條は有無を言わさぬ表情。「王者にとって、自己犠牲はときに悪なのですよ」

 ヒロヒトは治療室へ移る。女性技術士官に破れた着物を脱いで渡し、裸で水槽に浸かった。ガイスト技術で細胞を再生するシリコンプールだ。生温かく、ぬめりのある液体が傷口に染みこむが、まるでマッサージみたく心地よい。

「ああ、極楽……莫大な国費がかかるけど、これは癖になるわ……」

 東條が治療室に飛びこむ。「陛下、緊急事態です!」

「きゃあ! 馬鹿者、出て行け!」

「聞いてくだされ。リバティアの【マリーネ】が、飛び石作戦で三浦半島を急襲したのです」

「えっ……東京の目と鼻の先じゃない」

 動顛したヒロヒトは水槽で立ち上がる。膨らみはじめた胸や、まばらな恥毛に気づき、東條は慌てて目を伏せる。

「は、母上」ヒロヒトは蒼白に。「妹たちも……みんなの安全は確保できてるの……」

 マッカーサー、許すまじ。そして恐るべし。

 いますぐテレポーテーションで救援に駆けつけねばならない。失敗すれば自分がまるごと消滅する危険な魔法だ。それをタクシーにでも乗る様に連発するとは!

 この戦いは前途が見えない。真っ暗で、生きた心地がしない。




 ヒロヒトらが横須賀鎮守府に帰還したとき、半島では交戦が始まっていた。リバティアの飛行ユニットは十五、地上ユニットは七。その生産力は想像を絶する。くわえて早くも、エンタープライズやサウスダコタが復帰。

 対するナデシコは飛行ユニット八、地上ユニット五。約半分の劣勢。隔絶した工業力の差で、「絶対国防圏」が突破されかけている。

 ハーピーの瑞鶴が喚きながら飛んできた。

「ヒロヒト、姉ちゃんを止めてくれ! 大怪我してるのに出撃するって言い張るんだ」

 ドックへ向かうと、翔鶴が力なく海水から這い上がろうとしていた。羽毛が焼け焦げ、肩口の傷から骨が露出。長時間の戦闘に耐えられそうにないが、妹の身を案じてるのだろう。

「翔鶴、気持ちは嬉しいけど、しばらく休んでなさい。瑞鶴はわたしが守ります」

 ヒロヒトは嘘をついた。翔鶴の囮戦術は、ユニット数以上の価値がある。たとえ満足に動けなくても、いてくれたらどれほどありがたいか。

 聡明な翔鶴は大きな翼で、ヒロヒトを優しく抱きしめる。自分の本意が見抜かれていると知り、和装の天子は泣きじゃくるしかなかった。




 三浦半島の海岸は、黒白の縞模様の地層がうつくしい。サン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦が、つぎつぎと巨獣を送り出す。グリフォンのエンタープライズらが、航空支援をおこなう。指揮官のスプルーアンス大将は、新式の「エセックス」に騎乗。【マリーネ】としても大型となるスフィンクスだ。

 機動部隊を率いる瑞鶴が先手を打った。航続距離の長さを活かし、敵が迎撃態勢を整える前に総掛かりで叩く。彼女が考案した、必殺の「アウトレンジ作戦」だ。

 だがスプルーアンスは冷静沈着。目的は上陸作戦の掩護にあると割り切り、防禦に徹する。魔法の矢「ヘルキャット」を乱射し、まるで七面鳥でも狩るかの様にやすやすとナデシコの幻獣を翻弄。

 海岸に血の雨を降らしつつ、ガルーダの大鳳、ヒポグリフの飛鷹が絶命した。




 ユニコーンの榛名に乗り、地上ユニットを統御するヒロヒトは、上空の仲魔たちが死んでゆくのを絶望の思いで眺めていた。

 敵の戦略は大胆だが、戦術は堅実。圧倒的な物量で力押しする一方で、無理をしない。

 どうやって勝てと言うのか。

 変わり果てた姿の瑞鶴が、窮地から辛うじて生還した。

「姉ちゃんが、まだ海岸にいる……助けてくれ、お願いだ!」

 日が落ちて半島は闇に沈む。城ヶ島の岸壁にあいた空洞「馬の背洞門」の方から、か細い歌声が響く。ヒロヒトは一角獣を急き立てる。

 翔鶴を引っ張りだそうと、穴に突っこんだアイアンゴーレム「サウスダコタ」の腕を斬った。

「翔鶴、無事なら返事して!」

 返ってきたのは、地獄の番犬の唸り声だった。これまた新鋭のケルベロス「アイオワ」。三つの頭を持ち、蛇の形をした尾が牙を剥く。驚異的な嗅覚で敵将の存在を察知したらしい。

「だぁああああ!」

 ヒロヒトは空洞を駆け抜け、毒の悪臭を漂わす怪物に突進した。




 水平線が明らむころ、スプルーアンスは追撃はもう限界と判断、二十四時間続いた戦闘を終了させた。

 馬の背洞門では瑞鶴が、海の果てまで届きそうな声で姉の死を嘆き悲しんでいる。

 ヒロヒトは、かけるべき言葉はなにひとつ思い浮かばないが、司令官として慰めにゆく。唯一の家族を失った心痛を、わづかでも和らげたい。

「こっちに来んな!」瑞鶴が泣き叫ぶ。「こうなるのは分かってたくせに……やっぱりお前ら人間は最低だ! 鬼! 悪魔!」

 反論しようがない。岩場を洗う波が自分の足袋を濡らすのを、ミカドはただじっと見つめた。

 いまのままでは徒に犠牲が増えるばかり。挽回するには特別な作戦が必要だ。なにか、特別な。




 エアクッション型揚陸艇から降り、ドロシー・マッカーサーは湘南海岸に厚底ブーツを踏み下ろした。ナデシコ軍の抵抗を退け、平塚あたりを根拠地にする予定。

 殊勲をあげたスプルーアンス大将が出迎える。

「喉の傷はすっかり癒えたようですな」

「うん」ドロシーは無表情に答える。「急遽大役を任せて、申し訳なかった」

「いえ、大軍を率いるは武人の本懐。微力を尽くさせていただきました」

「謙遜しなくていい。報告によれば、見事な指揮だったらしいね。あ、カメラ持ってもらえる?」

 この閣下も他人を褒めることがあるのかと、スプルーアンスは驚きつつ、4Kビデオカメラで「マッカーサー元帥上陸の瞬間」の撮影をはじめる。

 その刹那、カメラが粉々に砕けた。

「スナイパー!」

 一同が砂浜に伏せる。ただひとりを除いて。

 ドロシーは天を仰ぐ。「いいカメラだったのに……どうしよう……」

「元帥! 敵の狙撃です!」

「知ってるよ。ボクを誰だと思ってるのさ。絶好の場面だから、アイフォンで撮っとくか……海兵、こっちへ来い!」

 さらに弾着が。銃声は聞こえない。

「元帥、どこか遮蔽物の陰へ!」

「ちゃんとした構図で写りたいのになあ……」

 ドロシーは自撮り棒を装着したアイフォンに向かい、とびきりの笑顔でVサイン。普段のムッツリした様子と対照的。砂まみれの味方も、比較対象として撮影。黒衣の戦乙女は武勲だけでなく、自己宣伝の巧みさで国民の心をつかんでいた。

 あれは勇気じゃなく狂気だ。スプルーアンスは必死に這い回りながら思う。あのゴスロリ少女は自己愛が強すぎ、やられる自分を想像できないのだ。




 ほどなく、ナデシコの狙撃兵は海兵隊の返り討ちにあった。

 銃撃戦に一切関心を示さず、ドロシーはフェイスブックにツイッターにインスタグラム……ありとあらゆるSNSに情報を流す。

 スプルーアンスが声を掛ける。「閣下の映像はCGだと疑う者もいますが、ドキュメンタリーだと分かりました。恐怖を感じないのですか?」

「そりゃ怖いよ。でもビーチに寝転がっても状況は変わらないだろう。服も汚れるし」

「怖がる様には見えませんでした」

「マッカーサーは、つねにマッカーサーを演じなきゃいけないのさ。ボクは救国の英雄である完璧美少女なのだから」

 スプルーアンスは気が抜けた。この娘は尊敬に値するが、絶対に友人にはならないだろう。

「なるほど、スケールが違う。閣下は次の大統領選に出馬なさるとゆう噂もありますな」

 ドロシーは血相を変える。「誰がそんなことを言った。ボクが司令官の任務を放棄して、政界に進出するなどと?」

「いえ、兵どもの他愛ない話でして……」

「二度と口にするな。デマでボクの足を引っ張るやつは軍法会議にかけてやる」

 ドロシーの澄み切ったエメラルドの瞳に射抜かれ、スプルーアンスは後ずさる。なんと不器用なのだろう! これほど感情的な反応は、出馬宣言に等しいではないか。




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