施光恒『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』

 

 

英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる

 

著者:施光恒

発行:集英社 2015年

レーベル:集英社新書

 

 

 

東大理学部化学科では2014年10月から、英語のみで授業をおこなう。

目的は留学生を呼ぶためで、日本人学生の研究の質を高めることは想定しない。

中学や高校でも「英語のみ」の授業が広まっている。

言語教育の専門家に「ネイティヴに教わるのが一番なんて幻想だ」と批判されてるが。

 

政策決定者たちは、それは「社会からの要請」だと主張するけれど、

より正確に「財界からの要請」と言い直すべきではないか?

目先のカネをもとめ社会が変質している。

たとえばTOEFLの受験料として、毎年数百億円がアメリカに流れる。

 

怪しい「クールジャパンムーブメント推進会議」が提唱する「英語特区構想」などは、

「狂うジャパン」と題した方がふさわしかろう。

 

 

 

 

日本人が英語下手である理由は、それこそ「社会からの要請」。

ずっと輸出に依存しない内需中心の経済だったから、身につける必要がない。

 

グローバル化や英語化を礼讃するのは、団塊またはポスト団塊の世代。

かれらは高度成長期に故郷を離れ、豊かな生活を謳歌する経験をあじわった。

「日本→世界」の流れは「田舎→都会」にちょっと似ている。

 

あと根っからマルクス主義に洗脳されてるので、進歩史観もなじみやすい。

 

 

 

 

見方によれば、近代日本が抱える宿痾でもある。

初代文部大臣をつとめた森有礼は英語公用化を主張していた。

「西洋語でないと立派なスピーチはできない」などと言う雑駁な議論は、

福澤諭吉に「坊主の説教も寄席の落語もスピーチだろう」と嘲笑されたが。

 

一方で東京専門学校、のちの早稲田大学は、

お雇い外国人に頼らない「邦語による教育」の理念を打ち出すなど、

明治はアンビバレントな時代だった様だ。

 

 

 

 

現代の韓国人は、ノーベル賞受賞者数で日本に水をあけられる状況を省み、

翻訳書がすくなく、英語教材で科学研究をせざるを得ない点に原因を求める。

 

ワロン語圏とフラマン語圏の対立が先鋭化し、

国政の停滞を招きがちなベルギーなどの事例もあり、

世界はむしろ国家と母国語のむすびつきに注目している。

 

英米人がこの惑星を牛耳り、英語習得者がその手先となり虎の威を借る、

まるで宇宙戦争みたいな悪夢も、あながち杞憂とは言えない。






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テーマ : 教育政策
ジャンル : 政治・経済

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苑田 謙

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