小説15 「ティーガー」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 ローザリンデ・ハイドリヒ親衛隊大将が、金髪のツインテールを揺らし邸宅から出る。もとは【ヴァンピーア】の資産家の所有物だが、オーナーはいま強制収容所にいた。メルセデスのオープンカーの側に立つ副官が、軍靴をぶつけ敬礼。

「ハイル・ヒトラー!」

 ローザリンデは朝に弱い。「……っとら……むにゃむにゃ……さっさとドア開けなさいよ」

 副官は直立したまま。

「閣下、再度申し上げます。オープンカーでの移動は危険です!」

「そんなにテロが怖いんですの? サスーリカの土民どもに、わたくしに歯向かう度胸があるものですか」

 自分でドアを引いて乗りこむ。彼女は東方の王であり、その高貴な姿を民衆に見せつけることが統治に必要だった。まして今日はエイダ・ヒトラーに対面する。気弱なふるまいはできない。

 若い副官は助手席に座る。彼とは肉体関係がある。その青々と刈り上げたうなじを見てローザはほほ笑んだ。心配されるのは嬉しい。

 庄内平野の田地の匂いのする風のなかをメルセデスは北上。最上川にかかる橋の前で、倒木が道を塞いでいる。

「困りましたね」副官が振り返る。「どかせられるか、もしくは迂回できるか見て参ります」

 ローザの脊髄を悪寒が駆け下りる。

「バックしなさい! 全速力で!」

 それと同時に、右後輪のあたりで手榴弾が炸裂する。副官は降車しヘックラー&コッホで応戦するが、パルチザンは影も形もない。

「閣下、お怪我は!?」

「無事でしてよ」ローザはウィンクする。「はやく総統にお知らせしなくては。車を出しなさい」




 頑丈なメルセデスは、パンクしたまま酒田にある総統大本営へたどり着いた。騒ぎを聞きつけたエイダが走り寄り、ドアノブに手をかける。

「ローザ、災難だったな……あっ」

 金属片が、シートと乗員の腹部を貫通している。

「ジ……ジーク・ハイル……」

「医者を呼べ!」エイダは絶叫。「副官、貴様は何をしていた!?」

「彼を責めないでくださいまし……悪いのはわたくしの傲慢さなの……あと、襲撃犯は紅い目をしてましたわ……」

「もういい、しゃべるな」

「あなたの帝国が完成するのを見たかった……そして、いつかはわたくしが……」

 エイダの腕のなかで、ローザリンデの発言は中絶した。十五歳だった。だれより有能で、鉄の意志を持つ、「アイゼンの理想の乙女」とエイダに激賞された少女の最期だった。




 エーリッヒ・フォン・マンシュタインが、みすぼらしい身なりをした労働者風の男を突き出した。親衛隊の尋問を受けて痣だらけだが、紅い瞳は盛んに燃える。

 男は悪態をつく。「ヒトラー、次はお前の番だ。同志が必ずやり遂げてくれるだろう」

 エイダは眉一つ動かさない。

「あたいの友達を殺しておいて、その言い草か」

「お前の名前は歴史上最大の悪人として残る。未来永劫、呪われ続けるんだ」

「そーかよ」

 エイダは暗殺実行犯を蹴り倒す。声を上げる暇すら与えられず、男は戦車レオパルト2の履帯の下敷きとなった。

「アディ!」エーリッヒが目を剥く。「パルチザンの情報を引き出さないでどうする」

「知るか。どうせ口を割らねーよ。こいつらを庇う様なら、村ごと焼き払え」

「お前は感情的になりすぎる!」

「うるせーな。じゃあ兄者は、あたいが殺されても同じことを言うのか」

「アディ……」

 口を開けば、人を傷つける言葉しか出て来ない。ジャケットに両手を突っこんだエイダは翻り、その場を後にした。




 もしユリア・スターリンによる「大粛清」を正当化するなら、国家や軍の指導者が若返った点を挙げられる。そんな政治的議論の真偽はともかく、すくなくとも軍事面においてサスーリカは、たしかに急速な近代化を達成していた。

 綿密な立案作業に基づき、作戦行動がなされる様になった。執拗な欺瞞工作や偵察のあと、複雑に組み合わされた陸空の協働行動が敵陣に深い亀裂をつくり、ユリアやジューコフらがT-34を振るい突進。それはガイスト時代に最適の戦術だった。天才戦略家トゥハチェフスキーの没後に、彼の「縦深攻撃理論」が実現したのは皮肉と言うべきか。

 民族衣装のサラファンを着たユリアが、リバティア製のトラックの荷台に立つ。いまや工業力は敵国アイゼンを上回るが、それでもルーズベルト大統領からの物資供与はありがたい。

 青のサラファンはジャンパースカート風の作りのワンピースで、凝った刺繍が施されている。頭にココーシュニクを被る姿は神々しく、仰ぎ見る兵たちは憧憬の面持ち。

 助手席に座るゲオルギー・ジューコフ上級大将が、小窓から荷台へ声をかける。

「きょうは一段とお美しいですな」

「女の武器も活用してこその総力戦よ。これが『弔い合戦』なのを、全軍で共有できてるかしら」

「かつてない士気の高さです。ただ補給の限界が近づいています。足が止まった部隊もあるくらいで」

 ユリアの顔色が変わる。「どこの部隊? 指揮官はだれ?」

 ジューコフはいかつい顔を顰める。彼が失言するたび、部下の生命が失われるのだった。

「そいつらは懲罰大隊送りよ!」ユリアは狂った様に叫ぶ。「あたしは復讐の女神ネメシス。命令違反は承知しない。これまで以上に」

 数か月の時を経て、ユリアは弟の死を克服した。正確に言うと、発作を起こして入院する頻度が減った。憎悪は自分でなく、敵にぶつけるのが賢明だと、やっと理解した。

 具体的に言うと、アイゼンの子猫ちゃんをこの手で八つ裂きにする。比喩表現でなく。




 ラスプティツァ。それは泥濘期を意味する。雪解けしたサスーリカ全土が沼地に。長い長い冬のあとに続く苦悩の季節。

 おしゃれなエイダは、お気にいりのスニーカーやニーソックスが汚れるのを嘆く。

「なんてクソッタレな国なんだ……神がこの土地を創りたもうた理由がわからない」

 サスーリカ兵は泥の中から現れ、死んで泥の中へ帰ってゆく。人と言うより両生類の軍隊だった。

 参謀将校が通信文を読み上げる。

「SS軍団からです! 敵、最上川を越え、我を包囲しつつあり。鶴岡からの撤退の許可を求む」

「シャイセ!」エイダは文書をはたき落とす。「いま弱みを見せたら終わりだ。死守命令は絶対従わせろ……いや、あたいが直接指揮を執る。ついてこい!」

 エーリッヒが妹分の腕を掴む。「司令官は現場の判断に干渉するな」

 右腕を捩じ上げられながら、エイダは虎の様に牙を剥く。

「その手を離せ。いくら兄者でも許さないぞ」

「分からないなら何度でも言う。軍事のことは私に任せろ。信じられないのか?」

「西の方が微かに香水臭いんだよ。サスーリカの牝狐がきっといる。決着つけさせろ」

 エーリッヒは苦笑いし、エイダを解放した。匂い! この娘は嗅覚にもとづき軍配を振るっている! しかもそれが大抵的中するから質が悪い。

 銀髪の青年は仕方なく、非合理的な要素も組み入れて策を練りなおす。他の追随を許さない演算能力を誇るコンピュータは解答をすぐ導いた。




 サスーリカ軍は高級指揮官から兵卒まで、復讐心の奴隷となっていた。一秒でも早く、殺戮・掠奪・陵辱の報いを受けさせることしか頭にない。

 エーリッヒは魔術師の様に、敵の感情を手玉に取る。彼らは進撃していたのでなく、進撃させられていた。補給が滞り全軍が停止したとき、包囲していたはずの軍隊が包囲されていた。

 エイダは新兵器を起動。巨大なウォーハンマーの「ティーガー」だ。泥田の真ん中で不倶戴天の敵と対峙する。

 ひとりはショートパンツを穿き、ジャケットの下にパーカーを着るカジュアルなスタイル。もうひとりは優雅な民族衣装。

 言葉は交わさない。彼女たちには戦うべき理由がありすぎた。

 先手をとったユリアがT-34、光の鞭で連打するが、かつてエイダを叩きのめした攻撃は撥ね返される。空間そのものが鋼鉄と化した。

 ユリアは動揺を隠しながら言う。「いいオモチャを手に入れたみたいね」

「ああ。もっと遊んでたいけど、瞬殺しちゃうだろうな」

「へぇ、一端の口を利くようになったじゃない。マンシュタイン君と何かあったかな」

 老練なユリアは、華麗なフットワークで円を描く様に動く。たとえ新兵器が強力でも、T-34が機動力で劣るはずない。

 一撃だった。

 遠心力で加速したハンマーは目標を正確に捉え、【パンツァー】を無力化し、その遣い手をノックダウンした。

 サスーリカの優美な狐は、泥の中で仰向けになり痙攣。大量の血が口から溢れる。

「あ……ありえないわ……」

 だがティーガーも機能停止した。複雑な機構ゆえ、泥土により故障しやすい缺点がある。

 エイダはとどめを刺すのを断念し、背を向けた。分別を辨えたと言うより、アイゼンの兵力不足が顕著で、無理できないのが実情。

 次に立ち合うときが、最終決戦だ。




 奪還した鶴岡の市街で、エイダがぽつんとガードレールに腰掛ける。それに気づいたエーリッヒは、ねぎらう様に自分の水筒を渡す。

 エイダは口をつけかけるが、なんとなく恥づかしくなり突き返した。

「いいよ。別に喉渇いてないし」

「脱水症状は兵士の大敵だ。いいから飲んでおけ」

「やさしいな。あたいは今回もしくじったのに」

 勢いよく飲み干す四歳下の妹分を、銀髪の青年は柔和な笑顔で見守る。

「お前はよくやってる。ティーガーは決して使いやすい武器じゃない。大したものだ」

「なんだよ……珍しく褒めるから照れるじゃんか……」

 エイダは辺りを見渡す。将兵が慌ただしく往来する。目まぐるしい攻防がしばらく続くだろう。

 返された水筒の最後の一口を、今度はエーリッヒがすする。

「なぁ兄者」エイダがなにげなく呟く。「ひとつお願いがあるんだけど……」

「改まってどうした」

「……今夜あたいを抱いてくれないか?」

 水が気管に入り、エーリッヒは激しくむせる。

「きゅ、急になにを言い出すんだ! だいいち処女じゃなくなれば、ガイスト適性も失うだろう」

「迷信だにゃあ! それに、こんな能力なくなったって構わない。女にここまで言わせて、兄者は逃げるのか?」

「お前は妹みたいなもので……」

「そう、妹みたいなものさ。でも初めて会ったときから七年間、ずっと好きだった。兄者、そろそろ態度を決めてくれ。あたいのことを好きなのか、それとも嫌いなのか?」

 エーリッヒが唾を飲みこむ音が響く。

「二者択一しかないのか」

「好きか、嫌いか?」

「そりゃ好きにきまってる」

 エイダは想い人にしがみつき、唇を重ねた。息切れしながら延々と求める。エーリッヒの両手が尻をまさぐるのを感じる。やっぱり女の胸や尻が好きだったのかと内心でほくそ笑む。

 急報を告げに来た部下は、愛し合うふたりを遠巻きに見て困惑するが、意を決して呼びかけた。

「お、お取り込み中のところ失礼します! スターリングラードのパウルス大将から、支援の要請です!」

「わかった、いま行く。アディ、また後でな」

 エーリッヒは恋人に目配せし、軍装を整えつつ早足で司令部へ向かう。あれほど恋愛に関して臆病だったのに、途端にエイダを「自分の女」みたく扱うのだから、男とは面妖な生き物だ。

 唇に右手を添えてエイダは溜息つく。

 長年待ち焦がれた瞬間だったわりに、感動しなかった。ファーストキスじゃないからか。ヒロとした口づけの方がドキドキした。

 この感情、いったい何なんだろう。




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