小説14 「ミッドウェー会戦」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 皇居の表御座所で、十二歳になったヒロヒトが任天堂の携帯ゲーム機をうごかす。ソフトは『ファイアーエムブレム』の新作。〈トレード〉のシミュレータとして、各国の軍隊で採用されている。対戦相手は東條英機。

 1%と表示された「必殺」が運悪く発動、リーダーユニットのペガサスナイトが斃れた。ヒロヒトは即座にリセット。

「ちょ、姫様ズルい!」タイトル画面を見て東條が不平を鳴らす。

「出陣を前に縁起が悪いでしょう。それと、あなたはいつまで姫様呼ばわりするのですか」

「……失礼しました、陛下」

 鷹揚な性格がヒロヒトの長所だが、最近は些細なことで機嫌を損ねがち。

 東條は今回の「MI作戦」を支持しない。味方を三手に分け、誘い出した敵を挟撃するとゆう複雑さを、職業軍人としての勘が拒絶する。すくなくとも真珠湾攻撃には、一撃離脱のシンプルさがあった。

 だが大成功を収めた真珠湾でも反対したため、彼は引け目を感じてもいる。新時代の戦術を自分が理解できないだけかもしれない。

 ニャーと小さな声と鈴の音を鳴らし、黒猫が部屋に入ってきた。ヒロヒトの膝に乗る。

「おや、猫を飼い始めたんですね」

「ええ」ミカドは相好を崩す。「気づいたら住み着いていて。名前はまだないですけど」

 ひとりでいると疎外感に苛まれるので都合よかった。ネコ顔のエイダに似てるのも気に入っている。

 失恋がこんなに苦しいなんて、知らなかった。




 破壊の跡がなおも残る真珠湾基地の一室で、ドロシー・マッカーサーが目をつぶる。右手を水晶球に乗せている。

 黒衣の「乙女」がいま操るのは、遠隔透視魔法。潜入させた猫の目を通じ、作戦名・指揮官・兵力・攻撃日時および地点まで丸裸にした。

 部下のスプルーアンス少将が口笛を吹く。

「元帥閣下の魔力は桁外れですな。その水晶球も、由緒ある骨董品なのでしょう?」

「ふふっ」ドロシーは目を開く。「これはイーベイで落札した安物なんだ。ゴスロリ美少女には黒魔術が似合うから、まあ形だけね」

 この人自分で美少女って言っちゃったよ、とゆうツッコミを、如才ないスプルーアンスは飲みこむ。上司の不興を買って、軍人は務まらない。

 赤毛の少女は少将を伴いドックを視察する。翼をもった動く石像のガーゴイルが、技術士官と揉めている。幻獣の名は「ヨークタウン」。

「どうしたんだ」ドロシーが小競り合いに首を突っこむ。

「ケッ」ヨークタウンが牙を剥く。「どうもこうもないぜ。大怪我したばかりなのに、次も出撃なんて冗談じゃねえ!」

 司令官が面々を見渡すと、技師たちはお手上げと言わんばかりの身振りをする。ドロシーは緑の光槍を起動。

「ヨークタウン、リバティアはお前を遊ばせるため飼ってるわけじゃないぞ」

 ガーゴイルは巨体のわりに小さな目で、放電する槍と、その遣い手を値踏みする。人間にしては手強い女だ。

「その上から目線が不愉快なんだよ。てめえらに協力しても、なんのメリットもないだろーが」

「メリットはあるけど」

「あ……」

 ドロシーは両膝をつき、海水に浸かるヨークタウンの頬にキスする。ザラザラした肌で唇がすこし痛む。悪魔の様な風貌の幻獣は照れたのか、ブクブクと泡を立て水面下に潜った。




 二〇四二年六月五日午前六時。ヒロヒトはペガサスの赤城を駆り、濃尾平野の上空を南進。フェニックスの加賀、ドラゴンの蒼龍、ワイバーンの飛龍と編隊を組む。眼下に木曽三川が流れる。

 別行動していたハーピーの瑞鶴が、暇をもてあまして近づいてきた。姉の翔鶴は負傷が癒えておらず横須賀にいる。

「この川って、鵜飼をやってるんだろ。あちきも見てきていいか?」

「作戦が無事終了したらね。それでね、あのう、これはちょっと言いづらいんだけど……」

「なに?」

「前から気になってたんだけど、あなたの胸って隠せないのかしら。目の遣りどころに困るって言うか、軍には殿方もいるわけだし……」

 瑞鶴は裸の胸をグッと反らす。

「なんだよ、こんなにキレイなおっぱいを見せない方がおかしいだろ。自分がペッタンコだからって僻むなよ」

「失礼な! わたしはこれから大きくなるんです!」

 かつてない激昂ぶりに震え上がり、瑞鶴は持ち場である西の揖斐川へ飛び去っていった。

 長良川の急流に、大和ら巨人をのせた筏が数枚浮かぶ。上流で伐採した丸太をその場で組み立て、即席の軍艦にした。別働隊のいる西の揖斐川、東の木曽川も同様。作戦では河口付近に「一夜城」を築き、交通の要衝を守る〔ラビリーント〕の「ミッドウェー」を攻略する予定。

 しかしながら、MI作戦の目的は要塞攻略でなく、真珠湾で無傷の敵飛行ユニットをおびき寄せる点にある。左右どちらかの先遣隊に食いついたところを、ヒロヒトが率いる主力部隊で挟撃。

 壮大で巧緻な戦略だが、東條が危惧するとおり、そのややこしさは机上の空論めいている。




 偵察から戻ったワイバーンの飛龍が、旋回しながらギャーギャーとけたましく喚く。黒光りする鱗をもち、ドラゴンと違い前肢がない。

「敵飛行ユニット三体発見か……確かなの? 情報より一体多いわ」

 ヒロヒトは川面を見下ろす。加賀と蒼龍が筏の上で、対地攻撃スキルへの換装作業をおこなう。タイミングが悪い。属性攻撃にこだわる彼女の周到さが裏目に出た。

 気性の激しい飛龍が声を大にする。上空の二体だけで先手を打とうと進言している。

「でも、もし敵とすれ違ったら、あの子たちが二対三で迎え撃つことになる……」

 ヒロヒトは赤城を駆って水面に近づき、スキルを再換装する命令を技師にくだす。怒る飛龍の鳴き声が上から響く。

 赤城がいなないた。低空を這う様に飛ぶ、ガーゴイルのヨークタウンを発見。飛龍もコカトリスのホーネットと交戦を始めた。雄鶏の体に、コウモリの翼と蛇の尾を生やす幻獣だ。

 ガーゴイルの口が裂け、残忍な笑みが浮かぶ。真っ赤な舌が血を求めている。

「来たわね……いでよ、零式!」

 ヒロヒトは光の弓を構え、三本の矢を同時に放つ。全弾的中。ヨークタウンは絶叫しながら川底へ沈んだ。

 手綱を引いて上昇、飛龍に加勢する。巨大なニワトリにきらめく矢を発射。飛龍も自慢の速力を活かし、敵をきりきり舞いさせる。

 ナデシコの【マリーネ】は、リバティアのそれを寄せつけない。だが自軍が苦戦する様子を、高度八千メートルから眺める戦乙女がいた。ドロシー・マッカーサー。上半身が鷲で、下半身が獅子のグリフォンに跨る。

「賽は投げられた。いくぞ、エンタープライズ!」

 赤毛を靡かせ急降下。緑の光槍でヒロヒトを貫こうとする。和装の天子は咄嗟に抜いたチハ剣で防ぐ。鞍から落ちかけたが、赤城が懸命にバランスを保って主人を救う。

 形勢は逆転。ヒロヒトの掩護も空しく、加賀と蒼龍は致命傷を受ける。筏ごと炎上し浅瀬に乗り上げた。赤城は制御を失い、騎手をのせたまま漂う様に墜落、ヒロヒトを砂礫に投げ出す。光刃を杖にして立ち上がったとき、彼女は目を疑った。

「赤城……赤城!」

 白い胴体に大きな裂傷が走り、内臓が無惨にはみ出ている。駆け寄ったヒロヒトの足元を血が染める。

「こんな傷を負って飛んでいたの……」

 はやく気づいて応急処置すれば、あるいは助かったかもしれない。脱力したヒロヒトは血溜まりにうずくまる。

 ドロシーはグリフォンの上で、ピーッと指笛を鳴らす。引き際だった。飛龍の機動力に手を焼いており、これ以上粘れば、敵の地上ユニットが助勢するはず。三体撃破は十分な戦果だ。水中に隠れていたヨークタウンも悪びれずに顔を出す。

「飛龍!」血塗れのヒロヒトが叫ぶ。「あいつらを逃がさないで……赤城の仇を取るのよ……刺し違えてきなさい!」

 命令を最後まで聞かずに、ワイバーンは急発進する。一対三の不利をものともせず、ヨークタウンに齧りついて錐揉み落下。地上で首ごと食いちぎって吠える。

「なんて勇猛なんだ……畏怖に値する敵だ」

 ドロシーは反撃の指揮を取りつつも、感嘆を禁じえない。




 ヒロヒトは川岸で、赤城の濡れた瞳を見つめる。そっと懐剣を抜き放つ。楽にしてくれと彼は訴えていた。【マリーネ】を後に残すわけにもゆかない。

 震える両手で首を掻き切る。赤城はゆるやかに呼吸を止めた。

「うぐっ……ぐぐぅ……」

 ヒロヒトは悲しみも怒りも感じない。すべて自分の責任だった。ひたすら惨めだった。

 人が聞いたら笑うかもしれないけど、わたしはそれなりに賢く、心の強い人間だと思っていた。とりあえず、優柔不断な父上よりは立派な君主になれると信じていた。

 まったく思い違いだった。失恋してヤケになり、国家を危険に晒すただの馬鹿者だった。天皇になんて、なるんじゃなかった。この重圧に耐えられるエイダちゃんは、やっぱりすごい。

 父上、そして明治帝をはじめとする御先祖様。社稷を守る義務を果たせなかったこと、ひとえにヒロヒトの罪でございます。詫びて済む話ではないですが、いまから御報告に参ります。

 やっちゃん、逃げる様にしてバトンを渡すけど、怒らないでね。わたしは軍神となってナデシコを見守ります。あなたは頭がいいから、きっとうまくやれるわ。あと、妹たちには優しくね。

 母上、先立つ不孝をお許しください。本当に親不孝な娘でごめんなさい。

 刀身の光が、自分をこの絶望から解放する恩恵に見える。勢いよく喉へ突き立てる。




 細く、真っ白な手が短刀を押さえた。乱れた赤毛の、黒衣を纏う少女がいた。

「ハラキリは野蛮な風習だ」

 ヒロヒトは無感動に言う。「なんなの……わたしの邪魔をしないで」

「あなたは軍国主義の犠牲者です。リバティアへの亡命を、ボクが保證します。降伏するよう、一緒にナデシコに働きかけましょう」

 ドロシーの発言は、どこか宇宙の果ての言語に聞こえた。いったい何がしたいのか。いや、どうでもいい。ヒロヒトは刀を離さない。

「ユア・マジェスティ」ドロシーは力づくで兇器を奪う。「理性を取り戻してください。あなたにとって良い話をしてるんですよ」

「わたしは至って正気だけど。返して」

「ですから! 死んでなんの意味があるんですか。一刻も早く戦争を終わらせるのが、ボクらの使命でしょう」

「ドロシーさん。わたしは人の好き嫌いがあまりないタイプです」

「ええ、わかります」

「でもあなたのことが大嫌いです。そしてあなたの国も。わたしが鬼畜リバティアに亡命って、バカじゃないですか?」

 黒衣の乙女は唖然とする。これまで人から嫉妬された経験は数知れないが、軽蔑されたことは一度もない。

 ドロシーの独り言が漏れる。「ぶつぶつ……」

「なんです?」

「こんなことはあってはならない……」

「はぁ」

「ボクみたいな完璧美少女の誘いは、誰だって応じるのが当然なんだ……そう、この人は正気じゃないんだ……」

 ヒロヒトは立ち上がり、レギンスの膝の砂を払う。ゆるんだ襷を締め直す。縹色の着物は血が滲み、壮絶だ。

 女子にしては長身のドロシーと向き合う。

「なにはともあれ感謝します。おかげで闘志が蘇ってきました。今回は大敗しましたが、戦力はまだ互角」

「…………」

「ナデシコは最後の一兵まで戦います。あなたがたも、その覚悟で来ることね」




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