小説13 「史上最大の巨人、大和」
『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』
黒塗りのリムジン、トヨタ・センチュリーロイヤルが皇居へ向かう。夕闇が迫る沿道に提灯行列が連なる。老若男女が日章旗や旭日旗を振る。鎧袖一触でリバティアとビッグベンを蹴散らす快進撃に、国民は舞い上がっていた。
後部座席にエイダ・ヒトラーがいる。帰国途中、ヒロヒトを激励に来た。
「すごい人出だな」
「いまナデシコ国民は」東條英機が答える。「大東亜新秩序の建設に燃えています。アイゼンと我が国で、八紘一宇の理想を完成させようではないですか!」
ふふ、とエイダは鼻先で笑う。泥沼の東部戦線でもがく彼女は、空疎なスローガンが戦場でなんの意味も持たないのを痛感している。
多忙なヒロヒトは横須賀におり、出迎えに来れなかった。エイダはすこしホッとした。前の別れ際に弾みでキスしてしまい、どうゆう顔をして会えばよいか分からない。防弾ガラスに頭をゴンゴンぶつける。
どうしてあたいは、いつも後先考えず行動するのか。ヒロのやつ、怒ってるかもしれない。あたいだって、いきなり誰かにキスされたら嫌だもの。うう、気まづい。
横須賀のマリーネ基地。着物の裾をたくし上げ、ヒロヒトがペガサスの体を洗う。水が嫌いな赤城は、不快げに身じろぎする。たっぷり用意された飼い葉のため我慢している。
「こんにちは、赤城。わたしがママよ♪」
ヒロヒトは赤城を世話するのが大好きで、いつも鼻歌まじりになる。連戦の疲れも吹き飛ぶ。
うっとりと純白の翼を撫でながら言う。
「あなたは本当にうつくしいわ。恋人がいなくていいのかしら。ひとりで寂しくない?」
天馬は不機嫌そうに蹄で地面を掻く。余計なお世話らしい。
「じゃあ、わたしと結婚するのはどう? 天子と天馬、お似合いのカップルじゃない。さすがに子供は作れないだろうけど」
赤城は大きな舌で飼い主の顔を舐める。唾液まみれになりながらヒロヒトは笑う。
「あはは、赤城はツンデレなのね。まるでエイダちゃんみたい。ああ、早く会いたいなあ!」
ヒロヒトは赤城の首をきつく抱きしめる。エイダと会うのは「あのとき」以来。なにかが起きそうな予感で胸は張り裂ける寸前。
空から騒がしい声が聞こえる。見上げるとハーピーの瑞鶴が飛んでいる。姉の翔鶴も後に続く。
「こらヒロヒト、また赤城を贔屓してるな!」
着地した半人半鳥の女が、翼を広げて怒る。
「そんなことありません。わたしは【マリーネ】のみんなが好きですよ」
「だったらあちきと姉ちゃんにも御褒美くれよ! 囮役の姉ちゃんなんて、ケガばかりで一番損な任務なんだぞ。あちきはそれが不憫で……」
羽根で目元を隠し泣くフリをする。
「なにが欲しいですか?」
「肉! 叙々苑に行きたい!」
「あなたがたを高級焼肉店に連れてったら、国家財政が傾きそう……ただでさえ逼迫してるのに」
水を張ったドックで突然、波しぶきが飛ぶ。五階建てのビルほどの人型の頭部が浮かんだ。顔の中央に一つ目がある巨人サイクロプスだ。手に鉄槌を持っている。
ヒロヒトはこの単眼の巨人をはじめて見た。味方とはいえ恐ろしい。
「あなたが大和ね?」
「そうだべ。史上最大最強の幻獣だべ」
ミカドは巨人の右手を指差す。「とても大きなハンマーですね。なんでも壊せそう」
「雷も落とせるべ」
東京湾に数本の稲光が走り、轟音が響く。ヒロヒトは両耳を塞ぐ。赤城が暴れ、瑞鶴と翔鶴は飛んで逃げた。
大和がドックから上がる。かすかに動くだけで建物は激しく揺れ、和装の天子は柱につかまる。巨人は脛当てと胸当てを装備していた。
「オラは防禦も最強だべ。オラさえいればナデシコは無敵だべ」
背中と頭部が無防備なのにヒロヒトは気づいた。敵の飛行ユニットに攻撃されたらどうなるのか。
「わたしでさえ」ヒロヒトは巨人を見上げる。「あなたのことを名前しか知らなかった。なぜ諸元を公表しないのかしら。抑止力になるのに」
大和が嘲笑する。骨まで震動させる音量。
「所詮は人間の浅知恵だべ。オラのことは最高機密にしとくべ」
「でも、それだけ強力なら外交材料になります」
「邀撃作戦が聯合獣隊のドクトリンだべ。リバ公を近くに引きつけ、オラたち巨獣が待ち伏せて叩く。あんな羽根の生えたチビどもは頼りにならないべ」
遥か上空で瑞鶴が異を唱えている。地上ユニットと飛行ユニットは不仲だ。
ヒロヒトは腕組みし首を捻る。舵取りがむつかしい。
「うにゃあああああ! よっしゃハイスコア!」
ゲームセンターにいるエイダは、ガンシューティングのゲームをクリアした。どうしても秋葉原に行きたいと言うのでヒロヒトが連れてきた。
ミカドは目を瞠る。「初プレイでワンコインクリアってすごい! エイダちゃんって何をやらせても器用ですね」
「ヒロはすぐ死んだなあ」
「わたしはドラクエやFEとかが好きなんです」
はしゃぐ少女たちを、十名のSPが警護する。ほかの客はあえて天皇に見向きもしない。ヒロヒトは神のごとく敬愛されていた。
ふたりは仲良くプリクラを撮る。出来上がりを見てエイダが奇声をあげた。
「うわっ、キモッ!」
「自動で目の大きさが補正されるんですよね。エイダちゃんはもともと大きいからバランスが……」
「あのさあ、ナデシコの女子って外見にこだわりすぎじゃない?」
「元がかわいいから言えるんですよ」
「そんなことない。ヒロの方がかわいいよ。最近大人っぽくなったし」
「いやいやいやいや……」
ヒロヒトは幸福だった。いろいろ悩みはあるけど、すべて忘れられる。この時間が永遠に続いてほしいと願わずにいられない。
ペンで画面に「I love you.」と書いた。
エイダが笑う。「あはは、なに書いてんだよ!」
「冗談で書いたんじゃありません。あなたのことが好きです。愛してます」
「え……」
「もう自分の心に留めておけない。エイダちゃん、わたしの恋人になって」
皇居に戻ったヒロヒトとエイダは、千鳥ヶ淵の堀に沿って歩く。満開の夜桜を眺めながら。
エイダは多辯になり、真珠湾攻撃の戦術的革新性を褒め称える。
「ヒロはすごいよ。【マリーネ】の使い方を変えた功績で、世界の歴史に残るな」
「あくまで真珠湾攻撃は」ヒロヒトの表情に翳りが。「ガイスト鉱の供給を確実にするための前段階、支作戦にすぎません。本番はこれからです」
会話が途切れた。エイダは短い金髪をいじる。
ヒロヒトは足を止め、告白したばかりの相手と向き合う。薄紅色の着物が、宵闇に朧に浮かぶ。
「エイダちゃん。突然あんなことを言って、嫌われても仕方がない。でも無視されるのは耐えられない」
「む、無視なんかしてないよ」
小柄な天子は胸に手をやる。そこに懐剣を忍ばせている。
「わたしがどんな覚悟で告白したか、あなたは知ってるはず。大和撫子の本気を見くびらないで!」
強まった風が桜花を散らす。エイダは赤面し、蚊の鳴く様な声でつぶやく。
「あ、あたいは兄者が好きなんだ……ヒロの気持ちは嬉しいけど、はいとは言えないよ……」
「答えてくれてありがとう。これで前向きに日々をすごせます」
十一歳のヒロヒトにとり、生まれて初めての失恋だった。奥歯を噛みしめ泣くのを堪える。一面に花瓣が散らばる堀の水をじっと見つめる。
「なあ」エイダは気を揉む。「早まった真似はするなよ。ヒロさえよければ、ずっと友達でいてほしいんだ」
ついに一筋の涙がこぼれた。
「やっぱりエイダちゃんは優しいな。だから大好き。安心して、わたしは自分を粗末にはしません。身も心もあなたのものです」
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