小説12 「真珠湾攻撃」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 二〇四一年十二月二日、横須賀鎮守府。

 ヒロヒト天皇がペガサスの「赤城」のリードを引く。薄紫の着物に紅色の襷をかけた姿は凛々しい。見送りにきた三人の妹と母親に気づいた。

「留守をお願いします。みんな母上の言うことをよく聞くのですよ」

「はい!」

 普段は生意気な妹たちも、幼いなりに姉の決死の覚悟を察している。

 長妹のヤスヒトは緊張の面持ち。勉強もスポーツも得意な優等生で、のんきな姉と相性は良くないが、年が近いだけ共感する部分は多い。

「やっちゃん」ヒロヒトが妹の頬に触る。「もしものことがあれば、後はよろしくね」

「……姉上、御武運を!」

「ええ、無様な戦いはしません」

 ポールにDG旗が掲揚される。皇国の興廃この一戦にあり。感極まったヤスヒトが泣きじゃくる。

 沈黙を守る皇太后が叱責。「やめなさい、縁起でもない!」

「母上」恐縮するヒロヒト。「幼い妹を置いて遠征するのは心苦しいですが……」

「身勝手な行動には慣れてます。思う存分暴れてらっしゃい。それはともかく、あなた最後に髪を切ったのはいつ?」

「ええと……忙しかったから一年前くらいかな。あっでも、前髪はたまに自分で切ってます!」

 皇太后は溜息つき、白い鉢巻を渡す。「ナデシコの女は、たとえそこが地の果てでも、乱れた身なりをしてはいけません」

 ヒロヒトは伸び放題だった黒髪をギュッと纏める。赤城に跨り敬礼、空へ駆けのぼってゆく。




 十二月七日午前八時、志摩半島にあるリバティアのマリーネ基地。入り組んだ海岸線の湾に民間人が筏を浮かべ、真珠の養殖をおこなう。人はこの静かな海を「真珠湾」とよぶ。

 狭い湾口で十メートルほどの「夫婦岩」が波に洗われる。強力な結界が張られ、敵のガイスト兵器を無効化する。

 基地の司令官室でドロシー・マッカーサーが着替え中。ボーダーのニーソックスを履き、姿見の前に立つ。火炎の様な赤毛で口元を隠す。エメラルドの瞳がますます輝く。

 背筋を電流が走る。自分のうつくしさに感動して震える。もし神が藝術家なら、その最高傑作はボクにちがいない。

 誰もドロシーを「ナルシスト」呼ばわりしないし、当人もその自覚はない。彼女が家柄・容貌・知性・人望・戦技を兼備する完璧な戦乙女なのは、数学的公理。「1+2=3」みたく問題を解いたとして、その答えが傲慢とは言えまい。

 東京で見たナデシコ高官の醜態を思い出していた。一大臣が書き殴った、拘束力を持たないただの紙切れに周章狼狽する様子は、彼らが未開民族である證明。ドロシーはどちらかと言えばナデシコに好意的だが、それでもあの国は数年後に消滅していると思う。

「ああドリー、かわいい……すき、だいすき……本当にだいすき……ボクのいとしいドール……」

 辛抱たまらず黒衣の少女は、鏡台にしがみつき自分とキスする。ドロシーはドロシーに抱かれ、天に登るほどの幸福感に浸る。

 ドンドン!

 部下の叫びとドアを叩く音が、ドロシーを忘我の境地から引き戻す。毎朝の着替えは彼女にとり神聖な儀式で、絶対邪魔しないよう命じてある。敵襲でもないかぎり。どこのバカか知らないが、厳罰に処さねば。




 雲海を突き抜け、ペガサスが真珠湾へ急行。ハーピーの瑞鶴・セイレーンの翔鶴・フェニックスの加賀・ワイバーンの飛龍・ドラゴンの蒼龍が後につづく。

 戦史上前代未聞の規模の、飛行ユニット単独での空襲だ。東條らの猛反対を、赤城を見て「空戦の時代」の到来を直感したヒロヒトは押し切った。もしこの確信が間違いなら、わたしが海の藻屑となるだけ。自分の運命は自分で切り開く。エイダちゃんがそうしている様に。

 ハーピーの瑞鶴が先頭に並ぶ。

「なあ、目的地はまだか? 今日は早起きしたから眠いよ」

「ほら」ヒロヒトが指差す。「志摩半島が見えてきましたよ。気を引き締めてください。ところで瑞鶴、あなたには謝らなきゃいけない」

「なんで?」

「めったなことでは【マリーネ】を動かさないと約束したのに……」

「事情は聞いたよ。あちきらは戦うために作られたんだ。いざってときはやるさね」

「ありがとう。救われる思いです」

 夫婦岩の小さい方の「女岩」にセイレーンの翔鶴が腰かけ、竪琴を鳴らして歌う。耳から心臓へ媚薬を流し込む、魅惑の声。結界の張られた入り江の奥から、恐ろしい巨人たちが誘い出される。オクラホマ・カリフォルニア・ウェストバージニア・ペンシルバニア・アリゾナ・ネバダ……。

 待ち構えていた二匹の龍が火を吹く。波を立ててのた打ち回る巨人たちの急所を、瑞鶴が鉤爪で抉る。フェニックスの加賀が羽ばたくと、真珠湾は紅蓮の炎に呑みこまれた。

 ヒロヒトは「九十七式」を嵌めている。剣ではなく、中島製の魔法の指輪だ。灼熱地獄をものともせず赤城を駆り基地内へ侵入、有機物か無機物かを問わず、軍事的価値あるものすべてに雷撃をくわえる。

「父上、御覧になってますか? ヒロヒトは仇を取りましたよ!」

 体中に千の目をもつネバダが、脱出しようと湾口へ向かうも、力尽きて倒れる。このままでは巨体で脱出口を塞いでしまうため、岸に這い上がった。見ためは不気味でも知能は高い。

「でやぁああああッ!」

 ヒロヒトは加賀から飛び降り、光の刀でネバダを貫く。強化版の一式は開戦に間に合わず、いまだ九十七式のまま。区別して「チハ剣」と呼ぶ。

 背後から赤城のいななきが聞こえた。

 セイレーンの翔鶴が、緑の閃光を放つ槍で刺されている。黒衣の戦乙女、ドロシー・マッカーサーだ。武器は最新型の「M4シャーマン」。

 ヒロヒトが叫ぶ。「翔鶴、逃げなさい!」

 機転のきく瑞鶴が、双子の姉を攫って飛んでゆくのを見て安堵する。しかしリバティア軍の反撃や消火が活発化しだした。そろそろ潮時か。

 火柱を背に、漆黒のシルエットが浮かぶ。緑の光槍が、遣い手の感情に影響され火花を散らす。

「騙し討ちとは」ドロシーがすごむ。「ナデシコは卑怯だ。ボクの完璧な軍歴に傷をつけた罪は償ってもらう」

「あなたがたの流儀に合わせたまでです」

「逃げるなら今だと忠告しよう。相手が誰だろうと、ボクは手加減しない」

「望むところです。リバティアでは世話になりましたが、戦場で情けは無用。いざ、尋常に勝負!」

 ミカドが左上段に構える。

 ドロシーの端正な顔に嘲笑が浮かぶ。チハ剣はポンコツで有名な【パンツァー】だ。技量や経験でも自分が遅れを取るはずない。ヒロヒトの勇気は、むしろ蛮勇と評すべき。

 ふたりの少女が交叉する。

 ヒロヒトの鉢巻が切れ、はらりと落ちる。出血は、ない。

 チハ剣は、ドロシーの腹部を貫通した。黒衣の戦乙女は串刺しされたまま、「なぜだ」とつぶやく。M4はダメージを吸収しきれず機能停止。持ち主と同時に砂浜へ落ちた。

「ドロシーさん」ヒロヒトが見下ろす。「投降しますか? それとも死を望みますか?」

 和装の天子の乱れた黒髪が、朦朧となったドロシーの視野に映る。なんとゆう崇高さか。鏡のなかの「ドリー」より美しい人間がいたとは。

 ヒロヒトは再び問う。「ドロシーさん、返事がなければ……」

 ドロシーは喀血しつつ指輪をまさぐり、「C-47スカイトレイン」を発動させる。

「アイ・シャル・リターン」

 血の染みと人型の凹みだけが、砂の上に残った。




 床に十字柄があしらわれたホワイトハウスのオーバルオフィスに、全裸で立つ痩身のドロシーと、椅子に座るルーズベルト大統領がいる。机の上には趣味の切手収集用のストックブックが。

 ドロシーの滑らかな肌は傷ひとつない。ガイスト技術による損壊は修復可能で、首でも斬られないかぎり死なない。灼ける様な激痛の記憶は残っているが。

 つまり富めるリバティアの戦士は、命が無限にある様なもの。不公平な戦いと分かっているから、ヒロヒトは人身御供となってまで開戦を避けようとした。

 眼鏡の大統領は外科医みたく冷然と、背を向けるドロシーに紐のパンツを穿かせ、ストッキングをガーターベルトで留める。すべて黒。ドロシーは人形の様になすがままだが、触れられるたび微動する。

 ルーズベルトはよそよそしい声で言う。「対ナデシコの【マリーネ】は壊滅か。これで私の戦略に一年の遅れが生じた」

「言い訳はしません」ドロシーは紅潮しながらも真顔で答える。「ナデシコは強かった。ボクの油断が敗因のすべてです」

「二正面作戦を十分に遂行する力は、まだリバティアにない。しばらく敗北がつづく。雪辱を果たしたいだろうが、そう簡単ではないぞ」

 ドロシーは振り向いて懇願。「どうかチャンスをください! このまま解任されるのは、ボクにとって死ぬより辛いことです!」

 ルーズベルトは部下の股間に目をやる。勃起した男性器が下着からはみ出ている。ドロシーはアッと叫んでうずくまった。

 ドロシー・マッカーサーの本名は「ダグラス」。ファリーヌ系の母親に伝わる風習で、幼少期は女の恰好をして過ごした。養成校〔シコーラ〕に入っても女装癖はなおらず、人目を忍んで女物を着るのをルーズベルトに見咎められた。

 これが名高い軍人であるマッカーサーが、大統領の個人秘書の様に使われる理由。弱みを握られ、着せ替え人形として弄ばれていた。本人もまんざらではないのだが。その證拠に「彼女」の性器は、はち切れそうなほど膨張している。

「苦しいだろう」ルーズベルトはそこへ手を伸ばす。「私が出してやろう。手でも口でも」

 ドロシーは華奢な両手で大統領の首を絞める。涙がソバカスのある頬を濡らす。

「そこまで……そこまでボクは堕ちたくない……」

「ふふふ」大統領は動じない。「たまにはこうゆうプレイもいいかもな」

 興を削がれたルーズベルトは、退室を促す手つきをした。ドロシーはキャミソールだけ着て、ゴスロリ衣装を脇に抱え小走りする。この部屋の汚れた空気を一秒も吸いたくない。

 ドアノブを引きながら尋ねる。

「……大統領、ひとつだけ腑に落ちないことが」

「言いたまえ」

「あなたは、真珠湾が攻撃されると知っていたのですか?」

 静寂が執務室を満たす。

「大統領はすべてを知らなくてはいけないが、他の当局者は知らなくていいことがある」

「質問の答えになってません」

「では答えよう。リバティア国民を見殺しにするほど、私は堕落していない」

 ドロシーは扉を閉じる。愚問だったと後悔した。あの冷血漢に誠実な返事を期待するなんて。

 リメンバー・パールハーバー。いまボクが考えるべきは、これだけだ。




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