小説10 「天駆ける馬、赤城」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 帰国したヒロヒトが、横須賀ガイスト工廠で技術士官に囲まれて熱辯をふるう。テーブルに図面や工具がちらばる。

「世界の【パンツァー】の進化は日進月歩です。ナデシコの九十七式の缺点はたくさんありますが、致命的なのは防禦力の弱さで……」

 技術者たちは真剣な表情で頷き、メモをとる。開発競争に遅れをとれば国が滅びかねないことを、みな意識している。

 ヒロヒトは開発中の新兵器を渡された。防禦力と機動力を強化した「一式」だ。刀状の九十七式より柄が長い、薙刀の外形。試しに素振りをおこなう。

「えいッ! たあッ! うん、かなり良くなりましたね。でも威力をもっと上げないと。完成を急いでください」

 長い黒髪が汗で額に貼りつく。東條英機が好物の羊羹と茶を用意したが、姫君はお茶を一口すすっただけで打ち合わせに戻る。

 姫様がお菓子に手をつけないなんて、と東條は目を疑う。本国でヒロヒトは一挙手一投足が注目される。留学中の様にはふるまえない。顔つきも急に大人びてきた。

 突然、「立入禁止」と書かれた奥の赤いシャッターごしに、ドタンバタンと物音が響く。動物と人間が騒ぐ声も聞こえる。

 姫君が訝る。「なにごとですか?」

「え、ええ」技術士官が作り笑いを浮かべる。「ここではよくあることです。お気になさらずに」

「シャッターを開けなさい」

 ナデシコの軍人がいかに悪しき秘密主義に染まっているか、ヒロヒトは海外経験で学んだ。判断するときは、できるだけ自分の目で見るべし。

 中には足を鎖で繋がれた白馬がいた。だいぶ暴れたらしく、留め具で傷ついた足が出血する。蹴り上げられた管理担当官が気絶している。

「まあ、なんて美しい生き物なの!」

 和装の姫君は我を忘れて駆け寄った。白馬の背に翼が生えている。天駆ける馬、ペガサスだ。莫大な水を素材とするガイスト技術【マリーネ】の一種として運用される。

「かわいそうに」ヒロヒトの目が潤む。「すぐ鎖を外してあげますね」

「ひ、姫様!」東條が慌てる。「この馬は『赤城』と言いまして、非常に気性が荒いのです。すでに三十人も蹴り殺されたほどで」

 ヒロヒトは幻獣のつぶらな瞳を覗きこむ。人間に拘束され誇りを傷つけられたが、理不尽な運命にじっと耐えている様に見える。

「責任はわたしが取りますから、外してください。あと彼は馬ではありません。ペガサスです」

「まったく」東條は顔をしかめる。「言い出したら聞かないんだから。ただし、絶対触ってはいけませんよ……あッ!」

 ヒロヒトは鞍もない天馬の背にひらりと飛び乗った。着物の裾がはだけ黒のレギンスが露わに。太い首を抱き、頬を寄せて囁く。

「赤城、苦労を掛けてごめんなさい。あなたの気高さや繊細さを、あの人たちは理解できないの。でも安心してね、今日から自由に暮らせるわ」

 天馬は高らかにいななき、猛然と駆けだす。周囲の制止をふりきり工廠の外に出た。ひろげた翼をはためかせ、瞬く間に上空へ。姫君は夢中でしがみつく。

「あはは、すてき! クレーンがあんなに小さく見える……ほら爺、ここまでおいで!」

 振り落とさないよう赤城がバランスをとるのが伝わるので、恐怖は感じない。アイゼンでも見たことないガイスト技術の神秘に感動するばかり。

 雲の向こうから、大きな鳥が飛んでくる。上半身はヒトの女の姿をもつハーピーだ。

「こいつはビックリだ」ハーピーが羽ばたきながら言う。「潔癖症の赤城が人間を乗せてるよ!」

 ヒロヒトは会釈する。「はじめまして、わたしは内親王ヒロヒト。あなたのお名前は?」

「あちきは『瑞鶴』ってんだ。ふーん、あんたが最近帰ってきた姫さんか。なんで赤城に乗ってんの?」

「気づいたらいつの間に空を飛んでて……」

「どーせ戦争に使おうってんだろ」

「いいえ、あなたたちは大事なナデシコの守り神。めったなことでは動かしません」

 瑞鶴はヒロヒトをまじまじと観察する。

「へえ、そーかい。信用していいのか分かんないけど、一応姉ちゃんも紹介しとくか。おーい、こっち来い!」

 雲のなかから、ほぼおなじ外見の半人半鳥が滑空する。

「このあちきそっくりの美人が」瑞鶴が羽で指す。「双子の姉の『翔鶴』。あちきと違ってセイレーンだから間違えんなよ。チョー歌がうまいんだぜ。ほら姉ちゃん、挨拶しな」

「…………」翔鶴は妹の陰に隠れた。

「しっかりしろよ、長女だろ……。まあこんな感じでコミュ障だけど、歌を聞けば人間はみんな惚れちゃうのさ。姉妹ともどもよろしくな!」

 ハーピーの無邪気な笑顔がヒロヒトに伝染する。たのしい友達がふえて嬉しい。

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」




 恰幅のよいゲオルギー・ジューコフ上級大将が、クレムリンの廊下をのし歩く。気分は重い。溺愛する弟を失った上司に、これからまみえるから。心神喪失状態にあるとも聞く。

 ドアをあけると、ユリア・スターリンが拳銃の銃身を口に咥えている。

「なにをしているのです!」

 ジューコフはあわてて銃を取り上げる。スライドを引くと薬室が装填されており、背筋に寒気が走った。

「返しなさい!」ユリアは爪をたて部下に掴みかかる。「ヤーシャの宝物をどうする気!?」

「お辛いのはわかります。しかしこの難局を乗り切るには同志が必要なのです」

「返せ、泥棒!」

 高官同士の見苦しい取っ組み合いが続く。騒ぎを聞きつけた兵士二名が力づくでユリアを椅子へ押しつけた。

 ユリアはジューコフの報告に関心をしめさない。ときおり冷笑めいた表情を浮かべるのみ。アイゼン軍による大量虐殺、特に【ヴァンピーア】に対するそれにすら無反応。

「同志スターリン」ジューコフは苛立つ。「あなたの民族が絶滅しかかってるんですよ!」

「うるさいわね。あなたは声が大きすぎる」

「茶化さないでくだされ!」

「いたって大マジメだけど。大量虐殺が悪いんなら、あたしはどうなるのよ。処刑でもする? 好きにしたらいいわ」

「同志……」

「ところであなた、なぜ靴下を手に持ってるの? 暖かそうでいいわね。ヤーシャは寒がりだから、きっと喜ぶわ。ちょうだいな」

 黒の厚手の靴下を胸にあて、ユリアは聖母の様にほほえむ。

「それは【ヴァンピーア】の頭髪から作られたものです。アイゼンは彼らの金品を奪い、強制労働させ、役に立たない人間を殺します。ただし、使えるものはすべて毟り取ってから」

 ユリアは靴下を取り落とす。「ふふっ……うふふふ……」

 やるじゃない、子猫ちゃん。ここまで徹底的に掠奪するんだ。こんなに貪慾なんだ。ヤーシャの命だけじゃ足りないくらい。

 そっちがその気なら、受けて立つわ。




 エーリッヒ・フォン・マンシュタインは前線を離れ、越後を訪れていた。パルチザンによる奇襲が活発化し、後方が撹乱されるのに対処しにきた。

 越後はかつて「オーゼル」とゆう〈ブランド〉があったが、アイゼンに合併されてからはローザリンデ・ハイドリヒ親衛隊大将が統轄する。行政官庁は春日山城に置かれている。

 ハイドリヒのオフィスから、ピアノの伴奏にあわせバイオリンの音が流れ出る。技術的に完璧なだけでなく、演奏者の孤独感がにじみでる様な、プロ顔負けの音色だった。

 エーリッヒの来訪に気づき、ローザリンデが弓をとめた。金髪を両側でまとめツインテールにしている。服はフィールドグレーのSSの制服。

「御機嫌よろしゅう、元帥」ローザは細い目をさらに細める。「ヘンデルはお好きでして?」

 エーリッヒはぶっきら棒に答える。「あまり詳しくない」

「そうそう、モーツァルトを嗜まれるんでしたわね」

 銀髪の青年は警戒する。無口な彼は、エイダとすら音楽の話をしたことがない。ワーグナー崇拝者の彼女と趣味が合わないから。ではなぜローザが知ってるのか?

 国家保安本部、そしてローザリンデ・ハイドリヒに知らないことはない。少なくともそう人に思わせていた。長野で高級娼館を経営し、そこで客に諜報をおこなっているとの噂もある。ときに自分が客を取るとさえ……。とにかくアイゼンでもっとも危険な人物だった。

「パルチザンについて相談に来た」エーリッヒが言う。「国防軍はゲリラ戦の適性が乏しい。非常に不本意だが、SSの助けを借りたい」

「おーっほっほ」ローザは口元を隠して笑う。「皆が元帥の様に正直だと、あたくしの仕事も少なくて済みますのに。では佐渡島へ参りましょう。収容所を直に御覧になるとよろしくてよ」




 異臭、鉄面皮な警備兵、絶望すら忘れた収容者の表情……。鉄条網に囲まれたその強制収容所は、一目見ただけでその活動の忌まわしさが直感できる施設だった。

 貨物船が到着し、あらたな収容者数百名が「荷降ろし」される。その内訳は被差別民族・政治犯・同性愛者・障碍者など。ライフルの銃把で殴られても我が子を抱いたままの女に、犬をけしかけて無理に引き離す。

 エーリッヒは水筒の水で胃薬をながしこむ。

「まさか、アイゼンがこれほどの非道を働いていたとは……。ハイドリヒ、貴様は良心が痛まないのか!?」

「あら、心外でしてよ」ローザリンデは片眉を上げる。「あたくしほどの温情主義者は歴史上存在しないのですから。どの様にパルチザンを掃討したか御存じ?」

「たやすく想像つく。不当逮捕・拷問・裁判なしの死刑執行……」

「ドゥムコップフ! 当代随一の名将も、治安維持に関しては白痴同然ですのね」

「なんだと?」さすがのエーリッヒも血相変える。

「あたくしが最初にしたのは、最低賃金の五十パーセント引き上げですわ。労働者階級を懐柔し、パルチザンのリーダー格どもが焦って暴走したところを一斉に弾圧。アメはひたすら甘く、ムチはひたすら痛く。これがあたくしの統治哲学ですの」

 ツインテ少女が胸を反らせ思想を開陳するのを、銀髪の青年は黙って聞いていた。警察活動は誰かがやらねばならない。自分にその余力がなく、ローザがこの分野の権威なのは事実。汚れ仕事を頼める人間など、そういるものではない。

 いくつか情報を交換したあと、エーリッヒはまた戦場へ向かった。

「おーっほっほ」客を見送りながらローザは勝ち誇る。「総統から『ヴァンピーア問題の最終的解決』を任されたのが、このあたくし。それはアイゼン最大の秘密を握ったのを意味する。つまりいづれあたくしが帝国を牛耳るのですわ!」




 天と地を駆けまわり埃だらけの赤城を、ヒロヒトがホースで水をかけ洗う。

「ふぁーいあーえーむぶれむ、てーごわいシミュレーション♪」

 上機嫌の姫君は鼻歌まじり。大好きなゲーム『ファイアーエムブレム』の「ペガサスナイト」になった気分でいる。赤城はマスターを信頼し、嫌いな水をじっと我慢する。

「よう、ヒロ!」エイダが姿を見せた。「うひゃあ、ペガサスか。ナデシコの【マリーネ】は立派だなあ」

「えへへ、可愛い子でしょう! 東京はどうでしたか?」

「体調が悪いらしく陛下には会えなかったけど、お袋さんに挨拶できたぞ。ちょっと怖い感じだな。『早く東京に戻れ』と伝えるよう頼まれた」

「あはは……また怒られる……」

 ヒロヒトの帰国に付き添い、エイダもナデシコを訪問していた。滞在は二日間の予定で、すぐ東部戦線へ復帰する。

 エイダは水道台に腰かけ妹分の作業を眺める。おもわず微笑が浮かんだ。

「ナデシコに来ると、ヒロがお姫様なのを実感するよ。意外としっかりしてるし」

「そんな! 父上が御病気がちだから、名目上摂政を務めるだけで」

「実はヒロのガイスト適性って、あたいが同い年のときより高いんだぜ。悔しいから黙ってたんだけどさ」

「いやあ、わたしなんてまだまだです……そんなに褒められたら困っちゃうなあ……」

 おだてられ身悶えする姫君のホースから水が飛び散った。

「うわっ、冷てッ!」エイダは逃げ惑う。




 タオルで短い金髪を乾かしつつ、エイダが呟く。

「あたいはいつも背伸びしてたんだ。周りが年上の男ばかりだし。だからヒロに出会えて嬉しかった。ヒロと一緒だと自然でいられた」

「わたしこそ、エイダちゃんには感謝の気持ちでいっぱいです」

 赤城をドックに戻したヒロヒトは、唇をきつく噛みしめる。絶対泣かずにエイダを送り出すと決心していた。

 エイダの声が震える。「だからヒロと別れたくない。もう一生会えないかもしれないなんて嫌だ」

「そんなこと言わないで。お互い悲しくなるだけです」

「もう戦いたくない。ケガをしたり、味方が死んだり、敵を殺したり……。あたいの夢はミュージシャンになることだったんだ。どこかで道を間違えてしまった」

「エイダちゃん、お願い。わたしは明日、笑顔でさよならしたいんです!」

 エイダはタオルを噛むが、嗚咽が漏れるのを止められない。

「あ……あたいは、ヒロが大好きだにゃあ! 世界のどこにいても、ヒロのことを考えてる……なあ……信じてくれるか?」

 ヒロヒトの返答は言葉にならない。ふたりの少女はかたく抱擁しあい、天に届くほどの声で号泣した。




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