小説9 「フクシマ要塞攻略」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 豪雪・補給の停滞・T-34の威力・敵予備兵力の意外な多さ……。諸々の理由でアイゼンの侵撃は足止めを食らった。雪の積もるテントでエイダとエーリッヒが軍評定をひらく。

「なんてこった」エイダが叫ぶ。「寒さで【パンツァー】が起動しない! 絶対零度でも故障しないって触れ込みなのに」

 丸まっているシェパード犬ブロンディの下に差しこんで温めた。愛犬は迷惑そうに身じろぎ。

「アディ」地図を睨むエーリッヒが言う。「やはり福島を攻撃するのは愚策だ」

「一直線に青森を攻めろって言うんだろ。軍事のことしか考えてないから。なあ知ってるか? アイゼンはガイスト鉱の85%を輸入に頼るって」

「軍事的安定がなくては、政治や経済も成立しないはずだ」

「まあね。で、あたいはその全部を顧慮しなきゃいけないんだ」

 だから楽しい。アイゼンのみんなの幸福が、あたいの肩に掛かってる。これほどやりがいのある仕事はほかにない。




 厚手の羊革コートを着こむユリア・スターリンが、馬で雪原を疾駆する。機械化部隊がまるで役に立たないので、時代錯誤と思いつつ騎兵師団を率いていた。

 全身白の雪上迷彩服の男がスキーで近づく。新設したスキー旅団の指揮官で、ゲリラ戦の功績がある。

「同志スターリン、状況を報告します」

「わかったわ」ユリアは副官をよぶ。「紅茶を用意なさい!」

 下馬したサスーリカの優美な狐は、折りたたみ椅子に腰かけた。銀のサモワールで保温した紅茶を、ハンサムな副官がカップに注ぐ。

「あなたもどうぞ」ユリアが赤軍大佐に一杯勧める。「さすがにジャムはないけどね」

「スパシーバ、同志。工場の移設は無事終わりました。すでに主要な施設は北海道にあります。油田や鉱山など、どうしても動かせないものは破壊しました」

「結構。さぞかし子猫ちゃんが悔しがるでしょうよ。発疹チフスの流行は?」

「医師たちの献身的な努力により、エピデミックには至っておりません」

「ありがたい話ね。なんだかんだ言って、愛国心に優る武器はないんだわ」

 政府機能のほとんどは海峡の向こうの函館へ疎開し、本土には幕僚部しか残してない。一方でユリア自身はクレムリンに留まると宣言、市民の恐慌を最小限に抑えた。

 さあ子猫ちゃん、かかってきなさい。これはプライドとプライドの対決よ。先に心が折れた方が負け。シンプルでいいじゃない?

 ああ、そうそう。やるべきことがもう一つあったわ。




 クレムリンの閣僚会議館の中庭で、若い女性秘書三人が大はしゃぎ。想い人に渡したラブレターの返事を、ここで聞くことになっている。相手は、サスーリカ女性で知らぬ者のない王子様。昂奮せずにいられない。

 通せんぼする様に、彼女らのボスが立っていた。煙草をヒールでもみ消す。

「ど、同志スターリン!」

「戦時中なのに堂々サボり?」ユリアは低音でつぶやく。「それとも仕事は終わったのかしら。ならあなた達は優秀ね。網走あたりで才能を発揮したらどう?」

 それが脅しでないのをクレムリンの住人は知っている。金髪の娘が縋りつく。

「お許しください! すぐ職場へ戻ります。これからは寝ずに働きますのでどうか……」

「ああ臭い!」ユリアはハンカチで鼻を覆う。「売春婦の息で鼻が曲がる! でもあたしは寛大だから、イワン雷帝みたく皮を剥いだりしないの。さっさと消えなさい」

「ユリア様……そんな……」

「次にお前達を見かけたら、一族郎党皆殺しよ」

 ユリアは呆然とする部下に背を向け、奥の噴水へむかう。弟のヤーコフが手持ち無沙汰そうに座っている。

「あらヤーシャ」ユリアはうそぶく。「こんなところにいたのね」

 弟の顔が輝く。「姉さん!」

「ひょっとしてガールフレンドとの待ち合わせ? お邪魔だったら退散するわ」

「まさか! 困ったことに、そうゆう浮ついた娘もいますけど」

「あなたも恋人がいておかしくない年頃よ。いいパートナーを見つけて、姉さんを安心させてちょうだい」

「あはは。前から言ってる通り、ユーリャ姉さんより美しく、より賢明な人がいたら結婚したいと思っています。望み薄ですが」

 ユリアは、涙が頬を濡らすのを止められない。

 弟のためなら、すべてを犠牲にできる。どれだけ汚れてもかまわない。この天使を守るべく、あたしは生きている。




 エイダは五人パーティで、福島にある海岸沿いの〔ラビリーント〕に潜っている。手元の方眼紙に迷路の構造を描きこむ。

「ここまでダメージ床、と。はあ、めんどくさ」

 冒険者を阻む数々の仕掛けを解き、第四階層まで踏破した。アイゼン鉱を採掘するまであと一歩。

 金切り声が暗い迷宮にこだまする。ゆっくりと特大の雄鶏の頭があらわれた。つづいて山脈の様なヘビの胴体が。視線で人を即死させる「バジリスク」だ。

「あいつは」エイダの声は震える。「まだこっちに気づいてない。階段まで突っ走ろう」

「ムチャだ」エーリッヒが囁く。「もう一度FOEと戦えば全滅する。そんなリスクは冒せない」

「くそッ」

 エイダが壁を叩く。カチッとゆう微かな音を五人は聞きとった。〔ラビリーント〕全体が震動。異音は次第に大きくなり、轟音となる。

 逃げる一行は激流に飲みこまれ、階層の奥まで流される。鉄格子が降り、袋小路に閉じこめられた。脱出口で大蛇が待ち構える。

 エイダが叫ぶ。「みんな覚悟を決めるにゃあ!」

 先陣切って光刃で斬りつける。怒声をあげる怪獣が嘴で反撃。女パラディンが割って入り、盾で防ぐ。鎧を貫通され斃れた。生死は不明。

「メディーック!」エイダは回復役を呼ぶ。

 反応がない。

 振り返ると、メディックは救急バッグを持ったまま、白目を剥いて死んでいる。同じく後衛のアルケミストも。

「貴様あああああ!」

 逆上するエイダを引きずり、エーリッヒはバジリスクの脇をすり抜けた。

 息を切らし遁走するふたりは、下り階段の前を通りかかる。エイダが足をとめた。

「兄者、アリアドネの糸は?」

「残りひとつだ。これは温存するぞ」

 念のため兄貴分は壁の隠しスイッチを押す。鉄格子が階下への道をふさぐが、エイダは咄嗟に滑りこんだ。エーリッヒは虚しく格子をつかむ。

「アディ、また無謀な真似を!」

「失礼な」エイダはジャケットの埃を払う。「『リスク分散』と言ってくれ。三人もやられて手ぶらじゃ帰れないだろ」

「お前一人でどうするつもりだ!?」

「兄者は素直に糸を渡してもいいし、あたいを見捨ててもいい」




 後方基地で、ヤーコフが予備兵を訓練している。召集年齢を五十歳まで拡げ、サスーリカ軍の予備兵力はは千四百万人にふえた。

 しかし士気と練度は低く、ライフルの持ち方から教えねばならない。忘れたフリをしてるのかもしれない。泥酔するものもいる。ヤーコフは過保護な姉のせいで、前線へ出れない不遇を嘆いた。

「緊張感がないぞ!」ヤリギン拳銃を突き上げる。「いま我らの農地は荒らされ、住居は潰れ、女たちが犯されている。いま、このときもだ!」

 それでも酒臭いあくびをした中年男に銃口を向けたとき、発砲音が基地の裏側から響いた。侵入者に対し守備兵が射撃している。

 瑠璃色の着物に襷をかけた黒髪の少女が、細身の光刀を手に、アイゼン兵を率いる。敵の背後で通信施設や橋梁などを破壊する空挺作戦を遂行中。諜報員でもあるヤーコフは彼女に見覚えある。ナデシコの内親王ヒロヒトだ。

 予備兵は逃散したが、ヤーコフは兵舎の陰に身を潜めた。ピロシキを歩き食いする姫君は油断している。人質にとれば形勢逆転だ。

「武器を捨てろ!」後ろから銃を突きつける。

 右手の九七式を離し、左手のピロシキを頬張ったヒロヒトは、振り向きざま拳銃をはたき、ヤーコフの手首を極めて地面へ転がす。

「ごめんあそばせ」パンを咀嚼しながら言う。「護身術はナデシコの乙女の嗜みなんです」

 右腕を捻じり上げられ苦痛に喘ぐヤーコフの、彫りの深い美男子ぶりにヒロヒトは目を瞠る。

「サスーリカのフィギュアスケート選手がステキと思ってたけど、絵に描いた様なイケメンが本当にいるのね。まさに王子様!」

 自分も一応お姫様なのにときめいた。




 福島第一要塞の上空を数十匹のドラゴンが舞う。陸と海から怪物が津波のごとく押し寄せる。エイダが迷宮を攻略するのを阻止しようと、東北全体のガイスト機能が暴走していた。

 カノン砲・榴弾砲・ロケット砲・対空砲……アイゼン軍は大砲千三百門をかき集め、手持ちの砲弾すべてを降り注ぐ。二十四時間止まない砲撃を、まる五日間つづけた。

 撃墜される龍、粉々になる巨人、突撃しては食いちぎられるアイゼン兵。それは「世界の破滅」と題すべき地獄絵図だった。

 エーリッヒは日隠山から双眼鏡で戦況を眺める。〔ラビリーント〕から脱出したあと、要塞攻囲戦の指揮をとっていた。副官のシュタールベルク中尉が早足で歩み寄る。

 中尉が敬礼。「将軍、弾薬はあと六時間分しかないとのことです!」

「そうか」エーリッヒは双眼鏡から目を離さない。「なら二時間で陥落するのを願おう」

「ですが我が軍の人的損耗も甚だしく……」

「砲撃中止を進言するのか?」ようやくエーリッヒが振り返る。「悪いがそれは副官の職掌じゃない。ところで『グスタフ砲』の設置はどうなった」

 リニアモーターカーから取り外した「グスタフ機関」の荷電粒子砲への改造は、四千人を動員しての作業が長引き、すでに三週間に渡る。完成すれば現時点で世界最強の攻撃兵器となるが。

 副官が答える。「理論上は使用可能だと砲兵将校は言っています」

「よし、射撃命令を出せ。モンスターを薙ぎ払い、天蓋をぶち抜くんだ」

「しかし将軍」副官が抗議する。「中にはまだ総統がいらっしゃいます。危険ではないですか!」

「ふふ……悪運だけは強いんだよ、あいつは」

 エーリッヒは爆煙に包まれた要塞をレンズ越しにながめる。

 私は私の流儀で戦う。アディ、お前もそれを信じてるんだろう?




 エーリッヒ・フォン・マンシュタインは、福島制圧の功により十九歳で元帥府に列せられた。




 和装の姫君が石畳を颯爽と横切る。下駄の音が小気味よい。

「赤の広場って、別に赤くないんだ。ちょっとガッカリ」

 〈マネージャー〉の肉親を生け捕った殊勲者であるヒロヒトは、交渉のため北上しクレムリンを訪れている。

 書記長官邸へ通されると、ユリア・スターリンは食事中。ヒロヒトは席を勧められる。鮭のソテーにかかる香ばしいソースをみて、唾を飲みこむ。

「知っての通り交戦中だから」食器を鳴らしながらユリアが言う。「外交辞令は抜きにしましょ。それで、用件は?」

「捕虜の交換です。そのうちの一人がヤーコフ・スターリン氏であることを確認しました」

 食器の音が止まる。

「ありえない。遠路はるばる申しわけないけど、無駄足だったわね」

「アイゼンのマンシュタイン氏は彼に会ったことがあります。身元は確実です」

 ユリアがフォークを自分の右手の甲に突き刺す。鮮血がテーブルにひろがってゆく。

「きゃっ」ヒロヒトが飛び上がる。

「……ありえないと言ってるでしょう。スターリンの弟が、おめおめと俘虜になるものですか」

 ユリアに為す術はない。降伏しようとした指揮官や、臆病にふるまう兵士を、政治委員は容赦なく粛清してきた。もし自分の家族だからと特別扱いしたら、反応は火を見るより明らか。全国で一斉に叛乱がおきる。

 サスーリカの民衆は暴君を拒絶しない。むしろ歓迎するフシがある。彼らが決して認めないのは「弱い権力者」だ。弱さを見せた途端、玉座から引きずり降ろされ、あらたなイワン雷帝に取って代わられる。

 それが母なるサスーリカだ。




 官邸を出たヒロヒトは、肩を落として帰りの車に乗りこむ。交渉は大失敗で、エイダにあわせる顔がない。

 ジルのリムジンが路肩に寄せて止まった。女の運転手が後ろに向かい訊ねる。

「あなた、きょうだいは?」

「スターリン書記長!」ヒロヒトの声が裏返る。

 運転手の右手は包帯が巻かれる。左目の妖しい輝きも見紛えようがない。

 ユリアは重ねて聞く。「ねえ、きょうだいはいるの?」

「はい、妹が三人。みんな生意気ですが」

「そう。ならば若くても、年少の家族を思う女の心はわかるわね。頼みごとのできる立場じゃないけど、あなたに託したいものがあるの」

 充血した「両目」が物語っていた。ヒロヒトが手渡された小瓶の中身が毒薬であることを。

「お願い」虚脱状態のユリアは倒れこむ。「せめて苦しまない様にしてあげて……」

 ヒロヒトは後部座席から手を握る。「わかりました。最大限努力します。ヤーコフさんが帰国できる様に」

 若くて楽観的なヒロヒトの優しさが、ユリアには残酷だった。すでに砕け散った彼女の心が、さらに傷つく。

「ああ、ヤーシャ! あたしの天使! どこでなにをしているの? なにを思っているの? きっと姉さんを怨んでるのね? 血も涙もないこの姉さんを! ああ! ああ!」

 一切の慰めの言葉が届かない深い闇へ、ユリアの魂は堕ちていった。




 ヤーコフ・スターリンはアイゼン軍の基地で、自分が捕虜になった事実を否定する姉の発言を伝え聞いてすぐ、壁に頭を打ちつけて死んだ。最期の言葉は、姉と祖国を讃えるものだったと言う。享年十七。




 服に赤い星を縫いつけた老若男女が、貨物列車に押しこまれる。少数民族「ヴァンピーア」の強制移住がはじまった。アイゼンからサスーリカへ送られ、奴隷的な労働を強いられる。

 なかには重病を患う者もいる。不衛生なコンテナで感染がひろがり、到着までに少なからぬ死者が出るだろう。

 憂鬱そうなヒロヒトは、隣で腕組みするエイダに話しかける。

「エイダちゃん、親友だから敢えて言います。こんな政策は間違いです!」

「ヒロの言いたいことはわかる」エイダが鼻を鳴らす。「やり方に問題があると、あたいも思う。でも安心しろ、アイゼン人は組織運営の天才なんだ。じきに状況は改善する」

「そうじゃなくて……そもそも、市民から居住権を奪うのがおかしい……」

「奪ってないよ。やつらは東方でよろしくやればいい。そしてアイゼンは一つにまとまり、もっと強くなる」

「エイダちゃん、わたしはあなたが心配なの」

「嬉しいよ、本気で考えてくれて。あたいは周りが見えなくなるから、ブレーキ役が必要だ。これからも遠慮せず忠告してくれよな!」

 エイダは満面の笑顔で、四歳下の友人の肩を抱き頬ずりする。ヒロヒトは気づかれない様に涙をぬぐった。ヤーコフを救えなかった無力さも、彼女を悲しませていた。

 軋む音をたてて貨物列車が動き始める。走りだした列車は、だれも止められない。




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