小説8 「バルバロッサ作戦」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 明くる2041年6月。

 陸奥国に聳える中世以来の政治権力の象徴「クレムリン」の廊下を、十七歳のヤーコフ・スターリンが闊歩する。軍服の襟章の黒いパイピングは、彼が政治委員なのを示す。

 書記長の執務室から激しい物音が響く。「姉さん、またやってるな」とヤーコフはほくそ笑んだ。

「ヤーシャ、いいところへ来たわね」

 グレーの軍服を着たユリアが大量の汗を流している。我が姉ながら凛々しい軍装だ。手にした光の鞭がバチバチと火花を散らす。

「それは新しく開発された……」

「『T-34』よ。使い勝手はイマイチだけど、アイゼンの【パンツァー】より遥かに優秀なの。実戦で試せなくて残念だわ。どう、振ってみる?」

「ええ、またの機会にぜひ」

 破壊されつくした部屋を見渡しつつヤーコフは答えた。

 ユリアは四年前に〈マネージャー〉に就任。下水道の整備も不十分な辺境のサスーリカに、強引にガイスト技術を導入した。農業の荒廃などの代償を払ったにせよ、純国産の【パンツァー】の生産まで漕ぎつけ、喜びもひとしお。

 ユリアが目を細める。「ところでヤーシャ、なにか用事があるのではなくて?」

「はい、トゥハチェフスキー元帥が面会を求めています」

 姉の眉間に皺がよる。犬猿の仲なのだ。苛立だしげに顎をしゃくり、元帥の入室を促す。

「同志スターリン」トゥハチェフスキーが堅苦しく挨拶。「御多忙のなか、時間を割いていただいたことを小官は……」

「手短にお願いするわ。弟と旅行の打ち合わせをしたいの」

「本日報告に参上したのは、国境でのアイゼンの動静についてです」

「またその話!?」ユリアは声を荒げる。「アイゼンの子猫ちゃんが深手を負うのを、あたしはこの目で見たの。それがなくても、二正面作戦を始めるほどあのコもバカじゃないでしょ」

「御説はごもっとも。しかし現在赤軍の配置はひどく分散しており、いざとゆうとき十分な作戦行動を取れません」

「〈トレーダー〉はありもしない危機を煽り、権力を拡充したがる。その手には乗らないわ。いまは政治と経済の季節なの」

「発言を撤回していただきたい。小官の軍歴のどこにも、利己主義的行動などありませぬ」

「それ以上の口答えは反革命罪とみなすわ。ヤーシャ、元帥はお帰りになりたいそうよ」

 美形の姉弟は、彼らにしか分からない微かな目くばせを交わした。




 ヤーコフは、憤慨する国家的英雄を取り成しながら階段を下りる。

「わざわざ御足労お掛けしたのに済みません。姉は強情な人なので」

「ダー!」トゥハチェフスキーは憤懣やるかたない。「彼女は軍事を知らない。サスーリカ存亡の危機だと、同志からも伝えてくれないか」

「努力します。ところで元帥、いいウォッカが入ったんです。気分直しに一杯いかが?」

 酒の誘いを断るサスーリカ人はいない。「ハラショー!」

 上機嫌のトゥハチェフスキーが通された部屋は殺風景で、飲食物の類はない。高級軍人となって鈍った戦場の勘は、警告を発するのが遅すぎた。

 ヤーコフは顔色を変えず、後頭部に突きつけたヤリギン拳銃を発砲。六十八万人と言われる大粛清の対象者をひとり増やした。

「姉さんは神じゃない。しかし神に最も近い人間がいるとしたら、それはユリア・スターリンだ」

 瞳を紅く光らせ、最高権力者の弟はつぶやく。




 六月二十二日は、サスーリカにとり悪夢だった。なにもかも最悪だった。赤軍がもっとも弱体化した瞬間に、もっとも戦力充実した状態でアイゼン軍は猛攻を仕掛けた。

 フライパンの上のアイスクリームみたいに、サスーリカの軍隊が溶けてゆく。たとえばその日の朝だけで、千二百機の軍用機が失われた。エイダとエーリッヒが操る剣と魔法は、死神が振るう鎌の様に、母なる大地を屍体の山で埋め、大河を血の色で染めた。

「にゃはは、楽勝だぜ!」エイダがスキップする。「サスーリカの民よ、エイダ・ヒトラーが邪悪な体制から解放しに来たぞ!」

 住民が侵攻を歓迎しているのか、その無表情からは分からない。雑草を食べて生きる様な境遇から抜け出せるなら、国旗の色はなんでもいい。願うのは「早く終わってくれ」の一点のみ。

 調子に乗ったエイダが、あたりかまわず火球を発射する。

「おらおら、出てこいスターリン!」

「無駄遣いはよすんだ」慎重居士のエーリッヒが諭す。「スターリンは狡猾な牝狐だ。おそらくまた罠がある」

「そういや兄者は、あのビッチとイチャついてたらしいな。競馬場でデートしたってカナリスから聞いたぞ」

「に、任務の一環だ!」

 頬をつねる妹分の攻撃は【パンツァー】で防げない。

「うふふ」後方で和装の姫君が笑う。「あんなに仲良しさんだと、見てるこっちが照れちゃう」

 首都防空戦での的確な指揮をエーリッヒに評価され、ヒロヒトは予備兵力としてこの「バルバロッサ作戦」に参加した。彼女がアイゼンで第三位のガイスト適性をもつ貴重な戦力なのは、保護者ぶるエイダも否定できない。

「そんなに前へ出るな!」エイダがヒロヒトに叫ぶ。「あたいはまだ、ヒロが従軍するのに納得してないんだ」

「ピロシキ……じゃない、〈トレード〉を生で見るのも留学の目的のひとつですから。それに、ナデシコへ帰る日が迫ってきました。すこしでもエイダちゃんと一緒にいたいんです」

「チクショー、甘え上手なやつめ。そんなこと言われたら断れないだろ!」

 エイダが小突く。少女の身で国家を支えるふたりは深く共感しあい、親友となった。でも重責を担うがゆえ、近いうちに離れ離れになる。じゃれあっているが、本当は泣きたい気分。

 二重反転ローターをはためかせ、攻撃ヘリ「Ka-50ブラックシャーク」が奇襲をかける。間髪いれずエイダは「Ⅲ号」を起動、対戦車ミサイルを防壁で食い止める。魔法でヘリを撃墜。

 さらに稜線に「T-90」戦車の平べったい砲塔を発見し、絶叫とともに突進、瞬く間に四両破壊した。脇目もふらず、そのまま北へ疾走。

「なんて勇ましいんでしょう」ヒロヒトはうっとり。「ついてくだけで精一杯!」

 エーリッヒが耳打ちする。「君に授けたい策があるんだ」

 緒戦の勝利は確実だが、ガイスト技術による〈トレード〉は賭け金の莫大な総力戦。戦略家が全身全霊を尽くしてはじめて、大国サスーリカを屈服させられる。




 ユリアとヤーコフの姉弟は、力を合わせてスーツケースを閉じようとしている。黒海に面したリゾート地のソチへきょう旅立つ予定。

 弟が悲鳴を上げる。「服が多すぎです! ふたりだけの旅行なのに、スーツケース四個なんて」

「でもヤーシャ、あなただって着飾った姉さんを見たいでしょう?」

「それは……そうですけど」

 突然、いかめしい顔立ちのゲオルギー・ジューコフ上級大将が執務室へ飛び込んできた。ユリアお気にいりの猛将だ。

「同志スターリン、アイゼン軍の侵攻がはじまりました!」

 スーツケースが開き、ドレスがベッドに散乱する。

「ひどい誤報ね」ユリアは鼻を鳴らす。「それとも敵の欺瞞工作かしら。報告した人間をスパイとして処分なさい」

「聡明な同志らしくもない! 我が軍のあらゆる情報源が一斉に伝えているのです」

 ユリアはよろけて尻餅をついた。ヤーコフが引き摺ってソファに座らせる。

「ありえない……子猫ちゃんがあたしに歯向かうなんて……そうよ、一部の人間の暴走のはず」

「そんな次元の話ではありません。動員されたのは三個軍集団、およそ百五十個師団と見積もられます。はやく正気に戻ってくだされ!」

 弟に支えられないと、ユリアは背もたれに身を預けることもできない。だらしなく口を開け、天を仰ぐ。頬が濡れている。

「ヤーシャ、旅行はキャンセルだわ……ああ、こんなに待ち焦がれてたのに」




 鳥海山の麓の岩肌から、伏流水が湧き出ている。エイダは両手ですくい喉を潤した。

「兄者は罠があると言ってたが、サスーリカのやつら普通に弱いな。年内に青森を落とせそうだ」

 猪突猛進が身上のエイダだが、休憩がてら相手の立場から考えてみた。勢いづく敵にどう反撃すべきか?

 戦線を分断されたので包囲は不可能。各個撃破するしかない。前衛が突出したところを、危地に誘いこんで叩く。

 そう、いまみたいに。

 夕闇に沈みかけた森のなかで、かすかな閃光が走る。それは【パンツァー】だった。一瞬で間合いを詰めたユリアが光の鞭を振るう。

 必死に剣で受けるエイダ。「スターリン!」

「お初にお目にかかるわ、子猫ちゃん。マンシュタイン君とはもう会ったけど」

「その節は歓迎してくれたらしいな」

「ええ、ステキな時間をすごしたわ。もうちょっとで暗殺できたのに、惜しかったなあ」

「うにゃあああ、殺す!」

 だがⅢ号の斬撃は通じない。信じがたいことに、T-34の性能は攻撃・防禦・機動力すべてに優っていた。振り上げた腕を打たれ、そのたび剣筋が逸れてしまう。

「たわいないわあ」ユリアが余裕の笑みを浮かべる。「お子ちゃまはネンネの時間よ」

 灰色のジャケットはボタンが外され、ふくよかな胸が露わになっていた。

 エイダは劣等感にとらわれる。「うるさい、ビッチ!」

「まづ口の利き方を教えてあげる」

 【シュトック】を絡め取り、丸腰のエイダを容赦なく打ち据えた。

「ぎゃん!」エイダが泣き叫ぶ。

「ふふ、あなたの野望もおしまいね。マンシュタイン君はあたしの部下にする。ベッドの中でも。オトナの女の方が彼にふさわしいもの」

 エイダは果敢に組みつき、ユリアの手の甲に八重歯を突き刺す。「あっ」と怯んだ隙に【シュトック】を拾い逃走。ユリアは手を擦りつつ追う。

 視線の先に、見覚えある人影が。エーリッヒが電光の弓を構えている。対パンツァー兵器の「PaK36」だ。

「兄者、撃てッ!」

 エイダの指示にあわせ光弾がほとばしる。

「きゃあああ!」

 直撃を受け、小柄なユリアが吹き飛ぶ。それでもT-34の防壁は破れない。続けて両手剣のエイダと、サーベルのエーリッヒが挟撃。息のあった動きで一方的に打ちのめす。

 二年にわたる連戦で、ふたりはどんな状況にも対応できる戦術を練り上げた。たとえ強力な新兵器に遭遇しても、恐れず受けて立つ。

 彼らは無敵のコンビだった。




 撤退するユリア・スターリンの視界には、味方の死傷者の群れしか存在しない。生者は彼女に助けを求め、死者は彼女を呪う。

 ナポレオンさえ撃退した母国サスーリカが、小娘ごときに征服されるのか? あたしの代で?

 どうでもいい。勝とうが負けようがどうでもいい。でもあたしは生きないといけない。あたしが死んだらヤーコフはどうなる。同胞から真っ先に報復されるだろう。死ぬより辛い拷問を受け、屈辱的な殺され方をする。あたしたちが同胞にしてきた様に。

 だから生きないといけない。

 ユリアはジャケットを捨て、シャツを引き裂く。下着を脱ぎ、血だまりからすくった液体を下半身になすりつける。木の根を枕にして横たわった。

 追撃するエーリッヒが、その無慚な姿を見つけた。「ジュリア!」

「いや……見ないで……」

「まさか、アイゼン国防軍がこんなことを!?」

「お願い、いますぐ殺して……」

 銀髪の青年は自分のジャケットをユリアに着せた。肩を抱くと震えているのが分かる。騎士道精神を忘れた自軍の兵に絶望した。規律こそがアイゼンのモットーではないか。

「安心しろ」エーリッヒが囁く。「すぐ軍医を呼ぶ。捕虜としても粗末にはしない」

 ブーンとゆうⅢ号の振動音が響いた。先ほど鞭打たれ傷ついたエイダが愕然としている。

「兄者、そいつと何してる!?」

 ユリアは薄笑いを浮かべた。その肌は異様に青白く、血管が透けて見える。吸血鬼の伝説もあながち偏見と言い切れない。

 盗み取ったワルサーPPKを至近距離から全弾発射した。




「兄者のバカバカバカバカバカ!」

 エイダは一万回めの「バカ」をエーリッヒにぶつける。銃撃による被害はないにせよ、大将首をを取り損ねたのは大失態。

「一度自分を殺そうとした女に」エイダの糾弾は止まらない。「また情けを掛けるとか、どんだけお花畑なんだよ! ミリオタ! どスケベ!」

「お前だって判断ミスはあるだろ」

「一緒にすんな! そ、そんなにエッチなことがしたいんなら、あ、あたいだっているじゃんか。胸はないけど……」

 いつも喧嘩ばかりの二人だが、本気で敵意を持ったことはない。むしろエイダは「恋人ごっこ」をできる様になったのが嬉しい。

 『我が闘争』に書いた、彼女の計画の完成が近づいた。東北地方に「生存圏」を獲得し、アイゼンの千年王国を打ち立てる。戦争は終わり、みんなが幸福になる。

 あたいと兄者にもハッピーエンドが訪れる。




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苑田 健

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