小説6 「ルーズベルト」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 リバティアの首都である大阪のビル街で、自動運転のエアカーが地上三十メートルを滑走。

 後部座席で十六歳のドロシー・マッカーサーが、ぶあつい手帳で予定をたしかめる。燃える様な赤毛と、エメラルドの瞳があざやか。フリルいっぱいのブラウスに、黒のジャンパースカート。もともと細い胴体をコルセットで締め上げる。頭の斜め上にミニハットが。

「エアカーの乗り心地はいかかです、ユアハイネス?」

 隣で薄紅梅の和服を着たヒロヒトが、特大サイズのハンバーガーにかぶりつく。療養中の東條を長野にのこしての公式訪問だ。

「ボリュームがすごいですが」ヒロヒトはケチャップまみれの口で答える。「とってもおいしいです!」

 接待と護衛をつとめるドロシーは、軽蔑心を気取られない様に笑顔をつくった。

 この十歳の姫君は、年齢以上に幼さを感じさせる。両国の関係が切迫した今日、皇族は相互理解をたかめる努力をすべきなのに。

 ナデシコに自家用のエアカーは皆無。エイダがアウトバーンを建設し、フォルクスワーゲンの生産に力をいれるアイゼンでさえ、工業力は西の大国リバティアに到底かなわない。

 こうした見聞を本国につたえれば、どれほど外交的に貢献できることか。

「いろんなお店で」不意にヒロヒトが言う。「青い鷲のポスターを目にします。『NRA』と書いてありますが、どんな意味ですか?」

「全国復興局の略称です。不況と戦うキャンペーンとして、政府はドラッグストアの店主からヘンリー・フォードまで、あらゆる経営者に協力を求めています」

「いわゆるニューディール政策ですね。アイゼンと似てるかも」

 ドロシーは緑の瞳でプリンセスを見直す。食べるのに没頭してたくせに、侮れない観察眼だ。

 ゴスロリ少女が呟く。「そう、悪しき全体主義の時代だ……」

「ドロシーさん、なにか?」

「いえ、ひとりごとです」

 こんな政治は自由の国にふさわしくない。いつかボクが変えてやる。




 ヒロヒトがホワイトハウスに着くと、〈マネージャー〉のフランクリン・ルーズベルトが記者会見をひらいていた。

 二十歳と若く、眼鏡をかけた理知的な顔立ちで、美男子の部類にはいる。六代前の〈マネージャー〉を親類にもつ名家の生まれだ。

 アップルとグーグルのCEOを両脇にしたがえ、新製品「ガイストフォン」を発表した。目に見えるハードウェアをもたない、窮極の携帯電話だ。全国民に無料で支給される。

「恐れるべきは、恐れそのものです」ルーズベルトが声高に訴える。「大恐慌との戦いでも、ファシズムとの戦いでも。我らは一致団結し、デモクラシーの兵器廠とならねばならない」

 記者は総立ちし、拍手喝采をおくる。

「大統領」懐疑的な記者が挙手。「アイゼンに宣戦布告する可能性もあるのですか?」

「あなたがたは」嘆息するルーズベルト。「何回おなじ質問を繰り返せば気が済むのか! では今一度、全国の母親たちに約束しよう。リバティアは決して、若者を戦場へ送り出さない」

 爽やかな笑顔、理路整然たる口調。エイダとはまた異なるカリスマ性に、ヒロヒトは感服した。




「ヒロヒト内親王殿下でいらっしゃいますね? お会いできて光栄です」

 大柄な女に声をかけられた。

 エレノア・ルーズベルト。夫より二歳下のファーストレディだ。出っ歯でお世辞にも美人と言えないが、知性や意志のあらわれた容貌。

「こちらこそ」ヒロヒトはにこやかに返答。「高名なルーズベルト夫人にお目にかかるのを楽しみにしておりました」

「勿体ないお言葉です。歴史ある〈ブランド〉の貴賓をお迎えすることは、まだ新しいリバティアにとり大いなる喜び。全国民に代わってお礼を申し上げます」

 育ちのよいヒロヒトは社交辞令が得意だが、知的なのに優しげなエレノアの物腰は別格に思えた。

「唐突ですが」和装の姫君が言う。「政治に関して聞きたいことがあります」

「お役に立てればよいのですけど」

「いまナデシコとリバティアは仲が良くありません。〈トレード〉になるとも囁かれています」

「ええ。あってはならないことですね」

「権力を持たない女性の身で、〈ブランド〉を平和へ導くにはどうしたらよいのでしょう?」

 エレノアは苦笑した。「難しい御質問ですこと」

 ファーストレディは演壇の夫を見遣る。会見を成功裏に終わらせ、鼻高々。

「女性には」エレノアが続ける。「男性にはない道徳心があると、わたくしは信じています。高い理想を持ち続けるのが大切ではないでしょうか」




 看護婦に車椅子を押され、ルーズベルトはホワイトハウス二階の寝室へはいった。見物人の前では補助器具をつけ立っているが、普段は自力でベッドに登れもしない。

 だがいまのところ彼は、自分が下半身不随なのを国民に隠し通していた。

「脱がせてくれ」

 筋肉のまったくない両脚が現れる。ルーズベルトは看護婦の頭を股間に押しつけた。重要な演説に際しての緊張が解け、気晴らしをしたい気分だった。女は表情をかえず〈マネージャー〉の性器を咥える。

 エレノアが女性秘書をつれ入室。夫の行為に関心を示さず、書類の束を渡す。ふたりの性的関係はとっくに切れていた。自分は秘書を丸裸にし、背中に舌を這わせる。

「サスーリカは、スターリンの五か年計画で急速なガイスト工業化を達成し……」

 ルーズベルトは快感にときおり反応しつつ、ラジオ番組「炉辺談話」のリハーサルをする。これからは国民がどこにいようと、なにをしていようと、彼の言葉が脳へ直接流れ込むことに。

「エレノア」ルーズベルトは隣のベッドの方を向く。「こりゃまたひどいスターリン礼讃だな! 削除するぞ」

「勝手にしたら」秘書に指を挿入されたエレノアの息遣いは荒い。「でもあなたは無知な大衆に迎合しすぎよ」

「羊の歩みに合わせるのが、羊飼いの仕事さ」

 ノックのあと許可を得て、ドアが開かれた。黒衣のドロシー・マッカーサーが目を伏せ立ち尽くす。頬は赤毛より紅潮している。

 寝そべるルーズベルトが手招き。「かまわん、報告してくれ。お姫様の世話は大変だったろう」

「そ、その……お取り込み中でしたら……」

「かまわないと言っている。ナデシコの姫は美人か?」

「年の割にすぐれた見識をお持ちです」

「外見について尋ねたつもりだが」

「ボクは……わかりません」

 夫妻が声を合わせ笑う。この内気な美少女をからかうのが、最近の彼らの寝室での楽しみ。

「あなたはマジメすぎるわ」裸のエレノアがほほえむ。「好きな方のベッドにいらっしゃいな。何事も勉強よ」

「し、失礼します!」

 乱暴にドアを閉め、ドロシーは厚底ブーツの音をたてて走り去る。「また始まった」と、ホワイトハウスの使用人はみな苦笑した。権力者の秘密を共有する優越感を覚えながら。




 非常階段の踊り場で、ナースと秘書が密談する。

「おつかれッス」

「おつかれー」

「仕事とはいえ、こう毎日じゃ嫌になるよね」

「だねー。ユリア様がせっつくから、やらざるを得ないけど」

「もうエレノアはウチらの操り人形っしょ。でも足萎え野郎は得体が知れないな。戦争する気あんだか、ないんだか」

「ドロシーも純情ぶっててムカつくよねー。ボクっ娘とかキモすぎ」

 パニエでふくらむスカートをなびかせ、赤毛のゴスロリ少女が階上にあらわれた。エメラルドの瞳がつめたく光る。

「サスーリカの雌犬は、悪口も品がないな」

 看護婦は狼狽。「サスーリカ? おまえ、なに言ってんだ?」

「現政権に大量のスパイが浸透しているのは周知のこと。そろそろ駆除しないとね」

 ごまかせないと悟った看護婦は、FNファイブセブンを三階へ向けて構える。

 ドロシーは手摺を滑り台にして懐に飛び込み、喉輪で地面へ突き落とす。拾った包帯を逃げかけた秘書の首に巻き、頸動脈を圧迫。

「たすけて……殺さない……で……」

 三十秒で秘書の肉体は生命維持活動をやめた。

「害虫め」

 黒衣の少女は、ブーツで間諜の苦しげな死に顔を踏みにじる。




 つつがなく日程を終えたヒロヒトが、ベンチに座り空港へのバスを待っている。エアカーが故障したことをドロシーは平謝りするが、おおらかな姫君は気にしない。

「ホットドッグを食べられたから、むしろ良かったです! いろいろ気遣ってくれてありがとう。すばらしい滞在になりました」

 杖をついた、年老いた黒人の男が列に並んだ。

 ヒロヒトはいそいでホットドッグの残りを飲みこみ、席を手で払ってから声をかける。

「お爺さん、どうぞ」

 老人は聞こえてるらしいが無視した。

 それとなくドロシーが諭す。「彼は立っていたい様です、ユアハイネス」

 自分が貴種だから遠慮していると思い、和装の姫君は老人の手を取って座らせようとする。

 閉口した老人が言う。「そこは白人専用のベンチなんじゃよ」

「え……そんな」

 ヒロヒトは否定してもらおうとドロシーを見たが、彼女は気まづそうに視線を逸らす。

「バカげてます!」姫君が血相変える。「ナデシコの内親王ヒロヒトが責任を持ちます。お爺さん、ここに座ってください」

「嬢ちゃんや」老人は溜息をつく。「よそ者のあんたに責任が取れるのものかね」

「こう見えて結構セレブなんです!」

「わしの弟は『白人の女に道を聞かれた』だけでリンチにあった。木に吊るされ、射撃の的にされたんじゃ」

「ひどい……」

「話しかけたのは向こうなのに。わしは自分の足だけ見て道を歩いておる。どんな難癖をつけられるか分からんからな。嬢ちゃんの気まぐれで首を突っ込まれても、迷惑千万じゃよ」

 自由の国リバティアの現実を知り、ヒロヒトは絶句した。それは重すぎる教訓だった。




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