小説4 「ジュリア」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 飛行機は、ビッグベンの本社がある福岡空港についた。

 エーリッヒ・フォン・マンシュタインがタラップへ出ると、外は曇り空。架空の「エリック・ウルフ」なる名義のパスポートでイミグレを抜けた。入国目的はビールの販売。

 タクシー乗り場へむかうエスカレーターを降りてすぐ、今度は上りのエスカレーターに乗る。慌てて目を伏せた男が目にはいる。MI5に所属するスパイキャッチャーだろう。すくなくとも三人に監視されていた。

 エーリッヒは通行人にぶつかりながら全力疾走、自動改札機をとびこえ、ドアの閉じかけた地下鉄へ割りこんだ。

 尾行を撒けたかどうかわからない。敵地では、見られているのを前提で行動する。

 大濠公園駅で降車、トイレの洗面台の裏にテープで留めたワルサーPPKをとる。スライドを引き、薬室が装填されてるのを確認。こわばった顔が鏡に映る。銀髪の青年は口元をやわらげた。

 福岡城の外濠跡にボートがうかぶ。ジョギングする利用者もいる。

 肩紐で吊った黒のワンピースを纏う女が、ベンチに座っていた。雑誌を逆に折り片ページだけにする。こちらを目視した合図だ。

 警戒をたやさず移動し、木立が遮蔽物になる片隅に二人は腰をおちつけた。

「きょうも世界は平和ね」

 暗号名「ジュリア」は、児童遊園をながめつつ足を組む。身長百五十センチと小柄だが、パンプスのヒールが高いためそう見えない。逮捕歴があり、金銭目的でアイゼンに協力している。

「ファリーヌで敗北したのに」エーリッヒが言う。「民衆は動揺していない。最終的な勝利を確信してるんだ」

「でもわざわざ」ジュリアが微笑する。「アイゼンのエースが乗りこんでくるとは驚いたわ。かわいい妹のためかしら?」

「最重要の仕事は私自身がやる。他人の能力は当てにしない」

 ジュリアはiPhoneの写真をみせた。太った男の見栄えの悪いヌードだ。ビッグベンの〈マネージャー〉であるチャーチルが、美少年と裸で同衾している。この爆弾は敵を震撼させるだろう。

 女スパイは電話をしまう。「じゃ、値段の話をしましょ」

「裏を取らないといけない。この少年と接触できるか?」

「うふふ、用心ぶかい男ってすきよ」




 ロココ調の装飾がほどこされた、自宅ではない施設のベッドで、ウィンストン・チャーチルが葉巻をふかす。この悪癖のせいで火事になりかけたのは一度や二度ではない。

 ガウンを羽織るジュリアが浴室から出た。この売春宿「アメージング・アメジスト」で働いている。

「随分飲んだのね。お楽しみはこれからなのに」

「酒は吾輩の精力剤なのだよ」

 チャーチルはグラスにシャンパンを注いで差し出すが、女は無視し、黒の下着を身につける。

「毒殺を恐れてるのか」肥満した中年男が笑う。「サスーリカのスパイは抜け目ない。臆病なほどだ」

「やればわかるわよ。毒がいかに有効な暗殺手段か」

 サスーリカは東北・北海道を統治する〈ブランド〉。西側からみて神秘的な文化と、美女が多いことで知られる。

 ちかごろ、高名な〈トレーダー〉のレフ・トロツキーが殺されたばかり。

「ほら」ジュリアはハンドバッグから資料を取り出す。「マンシュタイン君の情報よ。あと『アシカ作戦』ってゆう上陸作戦も探知したわ」

「ふん、なにをいまさら」

 チャーチルは見向きもしない。諜報戦においてビッグベンは役者が上。銀髪のガキも泳がせておき、スパイのネットワークを一網打尽にするつもり。

 葉巻を放り捨てたチャーチルはPS4を起動、銃を撃ちまくるFPSのゲームをはじめた。セックスより戦争が好きな男だった。

「男の子はこれだから……」

 ジュリアは溜息つきながら葉巻を拾い、アロマランプに火をつけ、龍涎香を焚きしめた。媚薬の効果に反応した男の呼吸がせわしくなり、皮膚が黒ずむ。

「坊や、ゲームよりステキなことをするわよ」

 ジュリアは、ブルドッグ化し尻尾を生やしたチャーチルに首輪をつけ、紐でつないだ。

「グルルル」チャーチルが牙を剥く。「薬物をつかうのは卑怯だワン!」

「おしおきが必要ね」

 鞭で巨大な尻を打たれ、チャーチルは卑屈に、しかし嬉しげにキャンと鳴いた。

「ねえ」ジュリアは昂奮している。「ビッグベンの戦略はどうなってるの? いまのままじゃヒトラーに征服されるわ」

「売女め! 貴様らが共倒れを画策してるのは筒抜けだワン!」

「おたがいさまでしょ」

「世界の海を支配するビッグベン帝国は、永久に不滅だワン! ネコ娘の独裁政権など、ほっとけばすぐ自滅するワン」

 ジュリアは肩をすくめ、首を横にふる。なにからなにまで面倒みなきゃいけないのか。

「それにしてもマンシュタイン君、イケメンだったなあ。おまけに強いらしいし」

「ひ弱なガキだったワン」

「あれ、尻尾巻いて逃げたと聞いたけど。アイゼンの男性って魅力的よね。頑固一徹で漢らしい」

「ビッグベンの男が世界一だワン! 思い知らせてやるワン!」

 チャーチルは首輪をつけたまま、灰の散らばるベッドにジュリアを押し倒し、腰をなすりつけた。

 女は天井の染みを数えながら、次に打つ手をかんがえていた。




 エーリッヒとジュリアは、小倉にあるサンダウン競馬場の立見席でレースを見物している。

 上流階級の社交場なので、エーリッヒはグレーのスーツ、ジュリアはぴったりした赤いドレスを着ている。腕をくんでカップルのふり。

「そのスーツ」ジュリアは楽しげ。「キマってるじゃない。やはり貴族なのね」

「君こそ、この場によく馴染んでいる。調査書を信じれば、庶民の出のはずだが」

「女に階級は関係ないわ。美貌さえあれば」

 エーリッヒはくりかえし腕時計をみる。大帝国を崩壊させる爆弾、ジェイコブとゆう少年と対面する予定の三時がちかづいた。

「まったく」ジュリアは苦笑い。「アイゼン人は時間にうるさいんだから。せっかくならデートを満喫しましょ……あ、来た来た」

 写真でチャーチルに抱擁されていた、十五六歳の少年が入口で右顧左眄する。そこに突如プラカードを掲げる集団があらわれ、ジェイコブを巻きこんだ。

「い、いけない!」珍しくジュリアが慌てる。

 彼らは右翼団体で、少数民族【ヴァンピーア】の排除を主張していた。それに該当する競馬場のオーナーに嫌がらせしようと襲撃。

「吸血鬼がいるぞ!」

 ジェイコブに頭から赤のペンキをかける。片目が赤いとゆう身体的特徴から【ヴァンピーア】と認識した。

 「人の血を吸う」などは迷信だが、他民族に半ば信じられている。金融業やマスコミの経営者などに多いため、「世界を操る陰謀を企む」との俗説も蔓延。

「くだらん」エーリッヒが吐き捨てる。「『紳士の国』も看板倒れか」

 ジュリアは心ここにあらず。「え、ええ……そうね」

「少年は気の毒だが、すぐ離脱しよう。接触はまた、時と場所をかえて」

 女スパイは狂騒を凝視する。意識にジェイコブ以外の事象がのぼらない。

 エーリッヒが無理に引くと、その手が激しく震え、しかも傷だらけなのに気づいた。これは偶然のケガではない。拷問の痕だ。

 赤いドレスの女は手を振り払い、バッグから出した円筒を握り、一直線に突き進む。

 三日月状の光刃が出現。サスーリカの【パンツァー】である「KV」だ。かがやく戦斧のひと振りで、数十人の右翼は差別主義の夢をみたまま、現世から飛び去った。

「ジュリア!」エーリッヒはワルサーを構える。「おまえはいったい何者だ」

 血だまりに立つ「ジュリア」は軽侮の表情をうかべる。

 【パンツァー】の運用には、メンテナンスに一個大隊規模の組織が必要とされる。末端のスパイがあつかえる道具ではない。

 銀髪の狼はワルサーPPKの全弾七発を撃ちこむ。九ミリ弾で防禦は破れない。ただの目眩ましだ。

 反射的に手で顔を覆った女の左目から、カラーコンタクトが落ちた。紅の瞳がぎらつく。彼女も【ヴァンピーア】だった。

 エーリッヒはすばやく弾倉を交換、一発だけ撃ち、パニック状態の群衆にまぎれ退却した。




「ヤーコフ、ごめんなさい……ごめんなさい」

 宿に戻ったユリア・スターリンは、弟の顔をタオルで懸命に拭く。十九歳のときから三年にわたり、サスーリカの〈マネージャー〉を務めている。鉄のカーテンに隠れ、正体不明のフィクサーとして暗躍したが、年貢の納めどきが来た。

「姉さん、もう泣かないで」被害者のヤーコフが慰める。

「そばに置いた方が安全と思ってたら、あんな下衆に絡まれるとは……。おねがいヤーコフ、愚かな姉さんを許してちょうだい!」

 ユリアは罪悪感に耐えきれず、床に突っ伏し号泣。恐怖政治をしく権力者の、意外な素顔だった。

「そんな、許すだなんて。僕は姉さんと祖国のためなら、いつでも命を投げ出す覚悟です」

「おお、ヤーシャ! わが天使!」

 ひしと抱きあう美しい姉弟の姿は、汚れた裏の顔を微塵も感じさせない。

 ユリアは堅く復讐を誓った。

 これほど気高い魂を冒涜する連中には、相応の報いをくれてやる。たとえ全世界を敵に回しても。




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