小説3 「西方電撃戦」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 五月十日朝、〈トレード〉がはじまった。

 エイダ・ヒトラーとマンシュタインは西方へ長駆、摂津国に侵入していた。大企業「ファリーヌ」が支配する地域だ。

 マンシュタインがたてた「黄作戦」は、彼自身が敵主力と交戦する間にエイダが中国山地を迂回、搦手の斜面から奇襲をかけるとゆうもの。

 カーキ色のジャケットを着たエイダは、鵯越の「斜面」を俯瞰する。「断崖絶壁」にしか見えず、震える手から【シュトック】が落ちた。

 和服の少女があらわれ、袂をおさえつつそれを拾う。

「ヒロ!」エイダのツリ目が見開かれる。「なぜこんなところに。あぶないぞ!」

「居ても立ってもいられなくて……。助太刀したいのはやまやまですが、足を引っ張りたくないので、せめて応援だけでも」

 エイダの涙腺がゆるみ、色白のヒロヒトの顔がぼやけて見えた。

「ファリーヌなんて楽勝さ。ワインばっか飲んで浮かれてる連中だもん」

「でも、世界最強の〈ブランド〉と聞きます」

 ナデシコやアイゼンなど、ガイスト技術により伸長し、国家機能を吸収するに至った私企業を〈ブランド〉とよぶ。

「老いた巨人だよ。共感主義に毒されてもいる。兄者の作戦はいつも完璧だから、今回も絶対勝つ。ヒロ、来てくれてホントありがとな」

 エイダは華奢な両腕でヒロヒトを抱きしめた。ふりむいて【パンツァー】を起動。身長より長い両手剣の「Ⅲ号」だ。

 慣性制御でスピードを殺しながら、金髪の少女は「老いた巨人」の背面へ駆け降りる。




 のこされたヒロヒトは、友人の後ろ姿が一ノ谷の森に吸いこまれるまで見送った。

「よし、わたしはわたしの戦いをがんばろう!」

 ショルダーバッグから『地球の歩き方』や『るるぶ』をとりだす。爺の目を盗んでファリーヌに遠征したのは、夢にまでみた高級パティスリーをおとづれるため。一生に一度あるかないかの機会、雨が降ろうが槍が降ろうがあきらめない。

 〈トレード〉勃発をうけ、あたりを兵士がウヨウヨする。自分の素性は知られてないにせよ、目立つ和服を着たのを後悔した。

 筒型のケピ帽をかぶった、見たことないほど長身の軍人が、部下を叱りつけている。二メートルはありそう。ヒロヒトは視線をおとし、早足で通りすぎる。

「マドモアゼル」軍人が呼び止めた。「御両親とはぐれたかな? 我々が保護してさしあげよう」

「ノン、メルスィ。すぐそこのホテルへ戻るだけですから、お構いなく」

 巨漢は口髭を撫でた。ちかくに宿泊施設などない。だが娘の物腰は高貴な身分を感じさせる。自分の態度が不躾だったかもしれない。

「これは失敬。拙者はファリーヌの〈トレーダー〉で、シャルル・ド・ゴールと申すもの。貴嬢の力添えができたら、この上ない喜びです」

 ヒロヒトの作り笑いが引き攣る。ありがた迷惑な行為は、えてして断れない。




 ついにエイダの足がとまった。もはや断崖絶壁どころではない。奈落だ。川の流れが水しぶきを立てつつ百メートル下の滝壺へ落ちる。

 暗算で単純な物理演算をおこなう。無理だ、確実に死ぬ。

 爆音が轟く遠方に目を凝らすと、マンシュタインがルクレルク戦車の砲撃をうけている。つづいて敵の〈トレーダー〉が光の剣で斬撃。銀髪の青年はサーベルのⅣ号を振るい、三人相手に孤軍奮闘する。

 ちっともこわくない。兄者の作戦は完璧だもん。

 エイダは宙に身をおどらせた。




 頬に地面の感触が。まだ死んでない。

 立たなくては。ここは戦場だ。

「あッ」

 脳を串刺しする激痛が走り、エイダは崩れ落ちた。右の爪先があらぬ方を向いている。

 落ちていた枝を添え木にし、べそをかきながら骨折の応急処置をした。

 殺到した歩兵小隊が、遠巻きにFAMASを構える。エイダはⅢ号を再起動、みえない傘で5・56ミリ弾の雨をふせぐ。

 「逆落とし」でバッテリーは50%を切った。守備一辺倒ではジリ貧だ。

 設定をいじり防禦のガイスト効果を捨て、すべて機動力に割り振る。

「うにゃああああああ!」

 歴史に永遠に特筆されることになるその突進は、ただ一撃で敵を恐懼せしめ、ナポレオン以来の栄光のグランド・アルメを全軍崩壊させた。




 上機嫌のヒロヒトは、歩きながら五つめのマカロンを頬ばる。カラフルで味もさまざま、やめられない、とまらない。

「ファリーヌって、スイーツまでおしゃれ!」

「甘味のため、わざわざナデシコから遠出するとは、貴嬢も舌が肥えてますなあ」

 ガトーにパンにエクレアにショコラにギモーヴ……。店ごと買い占める勢いで欲ばったお菓子の袋を、ド・ゴールは両手ではこぶ。最初は怖いと思ったが、やさしい人だった。

 ファリーヌで恋人をみつけるのもいいかもしれない。全世界の女子の憧れ!

 ふと、銃の射撃音や砲弾の爆発音がこだまするのに気づいた。

「そういえば」ヒロヒトは我に返る。「アイゼンが攻めてきましたよね。大丈夫でしょうか」

「ぬはは、ジャガイモ食いの山猿など恐るるに足りませぬ。この『ソミュア』をみれば尻尾巻いて逃げ出すでしょう」

 ド・ゴールが自慢する【パンツァー】は、刀身が波打つ異様な形状のフランベルジュ。

「なんで真っ直ぐじゃないんですか?」

「肉をザクリとえぐって痛めつけるんですよ」

「それはちょっと残酷かも……」




 エイダが光の剣をかまえ、ヒロヒトの正面に立っていた。息が荒く、憔悴の面持ち。ジャケットは返り血に染まる。

「おいデカブツ」エイダが低音で唸る。「いますぐヒロを離せ!」

「エ、エイダちゃん」ヒロヒトは慌てる。「これはちがうの……」

 普段は猫に似て可憐なエイダが、サーベルタイガーのごとく八重歯を剥き出して襲いかかる。ド・ゴールは腕を負傷し、すたこら退散。

「親切なおじさんだったのに……」

 ヒロヒトは残りのスイーツを持っていかれたことを嘆いた。




 エイダとマンシュタインによる「電撃戦」は連合軍を蹴散らし、長州の下関まで追い詰めていた。もうひと押しで完全勝利が手にはいる。

 ふたりは接収したファミレスで軍議をひらいている。冷静沈着なマンシュタインが激昂しテーブルを叩く。

「追撃を緩めるなどありえん! ここで敵戦力の中核を潰さねば、すぐ復讐がはじまる。〈トレード〉のことは、専門家である私に全権委譲しろ」

「兄者はミリオタ発想をやめろ!」エイダは一歩も引かない。「ビッグベンと全面戦争になれば勝てっこない。経済力が違いすぎる!」

 ビッグベンは九州・四国地方を治める〈ブランド〉。世界の海運を牛耳る超大国だ。エイダは、〈マネージャー〉に就任したばかりのウィンストン・チャーチルと和平を結ぶつもりだった。

「チャーチルは」マンシュタインは邪険に言う。「『戦争の犬』と渾名される好戦的な男だ。講和になど応じるものか。アディ、わかってないのはお前の方だ」

「フォン・マンシュタイン! 余に対する忠誠の誓いを、卿は忘れたか!?」

 銀髪の青年に流れる軍人の血は「忠誠」とゆう単語に反応、瞬時に表情を硬化させた。ブーツの踵をぶつけ、右手を突き出す。

「ハイル・ヒトラー!」

 灰色の目に憎悪が宿っている。エイダは出血するほど唇を噛みしめた。




 暗雲たちこめ烈風とどろき、関門海峡がはげしく渦をまく。

 骨折したエイダはヒロヒトの肩を借り、チャーチルと対峙。背広を着た、肥満した四十代の男だ。〈マネージャー〉にしては年を食っている。

 チャーチルがニヤつきながら尋ねる。「そのおかしな服の女は何者だ?」

「はじめまして」ヒロヒトは靡く黒髪を抑えつつ微笑。「ヒロヒトと申します。ナデシコの内親王です。貴国とはかつて〈コントラクト〉を結んでいた縁もありますし……」

「ナデシコ? 知らんな、どこの村だ?」

 和装の姫君は愕然とした。駆け引きで無知を装ってるのかもしれないが、いづれにせよ大国の傲慢さに威圧された。

 エイダは「あたいに任せとけ」とウィンク。

「ミスター・チャーチル、理解してほしい。アイゼンに〈トレード〉をする意志はない。余はビッグベンの人々を尊敬している」

 嘘ではない。すぐれた統治機構をもち、ガイスト技術で産業革命をおこし、各地の植民地を運営し莫大な富を築く。彼女が愛するアイゼン以上に優秀な〈ブランド〉と思っていた。

「小娘、我輩を誑かすのか」チャーチルは嘲笑。「貴様が世界征服を企んでるのは周知の事実。いい子ぶるなら、盗んだ越中や越後を手放せ!」

「数百年にわたりアイゼンが治めた土地を取り戻しただけだ。盗んだと言われるのは心外だ」

「クンクン……野望の臭いがするワン」

 チャーチルの呼吸が急に不規則になる。顔色が変わり完全に褐色に。

 彼は四十一歳のとき脳外科手術を受け、人工的にガイスト適性を手にいれた。その副作用として、昂奮するとブルドッグと化す。

「チャーチル、話を聞け! たがいの利害は一致してるはず。力を合わせ、共感主義に対する壁にならないでどうする!?」

「うるさいワン! 植民地を持っていいのは超大国だけだワン!」

 そのときサーベルが閃き、エイダの背後から飛び出したマンシュタインが、ジグザグの動きで斬りつける。チャーチルは即座に【パンツァー】を起動、光の盾でふせいだ。圧倒的な防禦力を誇る「マチルダ」だ。

 ブルドッグの喉笛を食いちぎらんと、銀髪の狼は息もつかせぬ連撃をしかける。しかし機敏なチャーチルは一瞬の隙をみて、救援にきた軍用ヘリのリンクスへ乗りこんだ。

 空模様は暴風雨にかわった。号泣するエイダは泥濘に両手をついて叫ぶ。

「戦争はなにも解決しない! なぜわかってくれないんだ!」

 かける言葉のないヒロヒトは、むせぶ背中をそっと撫でつづけた。




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