小説1 「出会い」

『わーるど・うぉー!! かれらの最高のとき』


登場人物・あらすじ・用語集


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 二〇四〇年四月二九日、午前十時。

 東京と長野を一時間でむすぶリニアモーターカーが、鬱蒼たる森を無音で駆け抜ける。

 十歳の女子であるヒロヒトは、萌黄色の着物をきて個室の席にすわる。駅弁の蓋をとり、山菜や川魚に舌なめずり。

 トイレからもどった禿頭の男が渋い顔をした。東條英機はヒロヒトの教育係だ。

「姫様」老人が言う。「もう三つめではないですか。風景でも見ていなされ。これは旅行ではなく、留学なのですぞ」

「わかってます」少女は箸をとめる。「山の幸から風土をまなんでいるのです」

 ヒロヒトの家系は、関東を支配する企業「ナデシコ」の創業者一族。不自由な生活から解放され舞い上がっていた。

「リニアに乗ったのは初めてでしょう」東條の説教が続く。「我々も『アイゼン』の技術力に追いつかねばなりません」

「とっても速いですね。飛行機みたい」

「物質の慣性を制御する『グスタフ機関』で、エネルギーを消費せず高速移動できます。開発者のアインシュタイン博士との面会を予定してますから、くわしくは彼女に聞けばよろしいかと」

「ええ、たのしみです」

 特にアイゼンの食べ物が。ソーセージにアイスバインにザワークラウト……。想像するとますます食がすすむ。ところが調子に乗りすぎ、胸焼けがひどくなった。

「う……気持ち悪い」ヒロヒトが腹をおさえる。「爺、窓を開けてください」

「固定されてますよ! 吐きそうならトイレで……」

「ダメ、立てない。もう無理。おねがい、電車止めて」

 リニアが急停止した。窓の外にのどかな田園がひろがる。

 規則的な地響きとともに車両が揺れる。線路に降りた乗客が、悲鳴をあげ逃げまどう。

 姫君が訝る。「なにが起きたの? わたしの声は運転手に届いてませんよね」

「鹿でも轢いたんでしょう。爺が見て参ります」

 四人用の個室にのこされたヒロヒトは、獣の足が窓を横切るのを見た。鹿でなく馬や牛の様だ。ただ幅三メートルはある。

「姫様!」東條が転がり込む。「すぐ逃げなくては! あれはミ……ミノタウロスです!」

 手をひかれ車外へ出ると、牛の頭をもつ巨人が斧を振り回し、人間をむさぼり食っている。ヒロヒトは恐慌をきたした人の流れに巻きこまれ、階段で地上へむかう。

 アイゼン軍の戦車や装甲車が到着した。歩兵が群衆をみちびき安全を確保。レオパルト2の140ミリ滑腔砲が火を噴く。敵は苦痛のあまり咆哮する。

 さらにユーロファイター・タイフーン二機が天空を切り裂き飛来、空対地ミサイルでとどめを刺した。

 だが、仁王立ちするミノタウロスのシルエットが爆煙に浮かぶのを、兵たちは見た。かすり傷ひとつない。牛の怪物は砲身をつかんで戦車を投げ、戦闘機を撃墜した。

 放心状態のヒロヒトが呟く。「信じられない……これが幻獣の力なの」

「いそいで!」東條は姫君を装甲車に引き入れようとする。「死にたいのですか!?」

「爺、【シュトック】を出してください」

「なにを血迷いごとを!」

「わたしには弱き者を守る義務があります。あなたは逃げなさい」

 十歳の少女の横顔に、帝王の風格が兆すのを東條はみた。これが血かと思った。元軍人の彼は臆病ではないが、心のどこをふりしぼっても、こんな勇気は出てこない。

 お目付役はうやうやしく、菱形模様に糸が巻かれた筒をささげる。姫は巨獣を睨みながら受け取る。長い髪と着物の裾が風にたなびき、黒のレギンスがあらわに。

「ところで」東條がふと尋ねる。「【シュトック】の使い方は御存じで? これは三種の神器のひとつ。もし壊れでもしたら、爺は切腹どころでは済みませぬ」

 ヒロヒトは無言。電源の入れかたも知らない。そもそもスイッチが見当たらない。

 ミノタウロスが涎を垂らしながら近づく。下水の様な悪臭がただよう。

 やばいかもしれない。

 東條は叫んだ。「姫様のバカーッ!」




 どこかから甲高い声がひびく。

「風雲急を告げるこの世界。不安にかられた民衆の、ヒーローを呼ぶ声が聞こえる。そう、我こそが救世主エイダ・ヒトラーだッ」

 十四歳の娘は電柱のてっぺんから飛び降り、片膝つく着地のポーズをきめた。ミリタリージャケットの下にパーカーを着込み、下はショートパンツ。

 ナデシコからの客人ふたりは唖然。

「ふふふ」自称救世主が笑う。「突然のスーパースターの登場に言葉もないか」

 ヒロヒトは思わず口走る。「だ、だれ!?」

 自尊心を傷つけられたエイダは【シュトック】を掻っ攫い、起動した。反りのある電光の刃がとびだす。

「なにこれ、ショボ……。アイゼンより五年は遅れてるな」

「失礼な!」ヒロヒトが抗議。「この『九七式』はナデシコの技術の結晶で……あ、あぶない!」

 ミノタウロスの斧に襲われるが、エイダは振り向きざま太い腕を斬り落とした。すぐさま【シュトック】の力で瞬間移動し跳躍、喉を掻き切る。斃れた巨獣の体重で、信濃の大地が震えた。

「あっはっは……クッソちょろい! これでがっぽりガイスト鉱ゲットだぜ」

 高笑いするエイダの全身を、背後からミノタウロスの手が包む。致命傷を負ったとはいえ、まだ息がある。細身の娘は必死にもがくが、力ではかなわない。

 和服の姫君は、足元に転がる刀をとった。さわった途端、壊れた水道管の様に光刃が暴れだす。

 ヒロヒトは焦る。「爺、どう調節したらいいの!?」

「わかりません、わたしは軍政家だったんです!」

 血塗れの怪物が立ち上がり、エイダを噛み砕こうとしたとき、縦にまっぷたつに切断された。

 フィールドグレーの軍服を着た銀髪の青年が、右手に光のサーベルを、左手に少女を抱えている。エーリッヒ・フォン・マンシュタイン、十八歳。アイゼンを代表する戦士だ。

「まったく」マンシュタインがぶっきらぼうに呟く。「あまりに無謀で、世話の焼ける総統様だ」

「兄者!」エイダは首にしがみつく。「また助けてくれたのか、ありがとうにゃあ!」

 打って変わった態度でゴロゴロと猫の様に甘え、キスの雨をふらせる。異変の連続についてけないヒロヒトと東條は放ったらかし。

「そういや」エイダは客人の存在を思い出す。「ちゃんと挨拶してなかった。ヒロヒト、ようこそアイゼンへ。変革してゆく世界の目撃者になれるなんて、君は幸運だな!」




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