小説21 「千葉港攻略」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 午前六時半。

 ホテル備えつけの時計が鳴り、本城フランはダブルベッドで目をさます。同室の暁ジュンが机にむかい、姉貴分にもらった英語教材にマーカーを引いていた。

 フランは伸びをしながら声をかける。「勉強がんばってますね」

「グッモーニン。すぐ追いついてやるから」

 ジュンは、ルームメイトを起こさないよう遠慮していたトレーニングをはじめる。拳をたててプッシュアップ。フランも真似したが痛くて一回もできなかった。雪風流十二代宗家は格闘術の本を大量に買いこみ、自己流の練習法を工夫している。

 英会話は片言をこなせるほど上達。英語の得意なフランも、飲みこみの速さに舌をまく。かつての劣等生の面影はどこにもない。姉貴分としては誇らしいが、世話を焼く必要なくなったのが寂しい。

 シャワーをあびたジュンが浴室から出た。

「あたしさ」ジュンが髪を拭きつつ言う。「大井さんとつきあうつもり。隠し事したくないから言っとく」

「そうですか」フランは切ない笑顔をみせる。「ふたりとも頭の回転が速くてお似合いです。教えてくれてありがとう」

「フランちゃんの好きな人は? いるなら応援するよ」

「うーん、男の人を好きになるって気持ちがよくわからなくて」

「小説家としてマズくない?」ジュンが笑う。「さっさと処女捨てちゃいなよ。かわいいんだから勿体ない」

 フランの、ブラウスのボタンを留める手がとまった。

「わたし処女じゃないですよ」

「え?」意表をつかれたジュン。「ごめん、勘違いしてた。そうだね、そうゆうこともあるよね」

「打ち合わせに呼ばれたホテルの部屋で、編集者に乱暴されたんです。昔のことですけど。わたしはチビで弱くて、バカみたいに無抵抗で……」

「だれだよそいつ」ジュンはタオルを投げ捨てる。「名前言ってよ」

「口にしたくありません。あなたの耳が汚れてしまう」

「ふざけんな、言えよ!」

「言ったら刀持って飛んでくでしょ。そんなことさせられない」

 ジュンはベッドに突っ伏し号泣。もともと泣き虫だが、ここまで激しく取り乱したことはない。ジュンの感情の洪水に、フランは心が洗われる気がした。

「そのことは」フランは微笑する。「人生で一番不幸なできごとだけど、ジュンさんに出会えたのはお釣りがでるくらい幸せ。あなたのおかげで、わたしも強くなれた」




 自由軍は現在、総司令部を五階建ての緑区役所におく。周辺にある施設と言えばゴルフ場と養豚場くらい。根っからの都会っ子であるジュンにとり最悪の環境。

 最上階での作戦会議に参加するのはジュン、司令官である兄ジョージ、参謀長・大井スルガ、中国軍のフェン・アイシェンの四人。ジュンはただの秘書で、兄はただの聞き役だが。

 スルガの分析は司令官を意気消沈させた。日ごとに勝利が遠のいてゆく。アリアひきいる北方軍は独立した中立国と化し、同盟したとはいえ中国の消極性にも失望。

 はじめからわかっていたが、自由軍が水上戦力をもたないことが、この戦争を絶望的にしていた。政府とアメリカの海軍は制海権をにぎり、すきな上陸地点をえらび攻勢をかけられる。いまは千葉港に陣地を構築、こちらの息の根をとめようとする。

「アイシェンさん」ジュンが言う。「中国には空母があるよね。出撃させてよ」

 ブログに中韓の悪口を書き連ねてたくせに、立場がかわれば現金なもの。

「ムチャ言わんでくれ」病み上がりの女武者が答える。「遼寧は練習艦だ。アメリカの空母打撃群には傷ひとつ付けられまい」

 ジュンの肩に乗っていたミミズクの白雲が、急に羽ばたき窓ガラスにぶつかる。低い声で苦しげにうめく。朝から様子がおかしい。

「くもたん、どこか悪いの?」

 介抱しにいったジュンの背後で、ドアが荒々しくひらかれた。チェックのワンピースを着たフランが蒼ざめている。

「BBCワールドニュースで報道がありました。日本国内から発射された対艦弾道ミサイルが、米空母ジェラルド・R・フォードを撃沈したそうです。か……核攻撃です」

 スルガが頭をかかえる。「なんてことを……なんてことをしてくれたんだ」

 強敵が撃破された知らせなのに誰もよろこばない。疑惑の視線が中国軍将校にあつまる。

「わたしは知らない!」アイシェンが叫ぶ。「北京からはなにも聞いてない!」

 豪放磊落な彼女が嘘をついてると思えない。習近平が暴走し、第三次世界大戦の戦端をひらいたのか。

 ジュンが参謀長に尋ねる。「アメリカはどう反応するの? うちらはどうすれば?」

「相互確証破壊に巻きこまれる」

「難しいこと言わないでよ。どこがどう報復されるの?」

「選択肢は無数にある。1996年の台湾海峡ミサイル危機では……」

 放心状態のスルガが、ブツブツうわ言をゆう。あたしの彼氏になる人だってのに、なさけない。

「しゃんとしろよ!」ジュンがテーブルを叩く。「要するにわからないんだろ。とにかくあたしらはまだ生きてる。だったら攻撃だ!」




 自由軍は、フクダ電子アリーナ周辺の陣地を攻略するため配備をすすめた。長期戦になるだろうし、損耗も多くなるだろう。

 母国から調達した床子弩や旋風砲などを、フェン・アイシェンが整備している。大掛かりな飛び道具で支援されながら、工兵が突破口をひらき、主力部隊が浸透する手筈。

 アイシェンは腕に包帯がまかれ痛々しい。

 ジュンがいたわる。「体の方はどう? 無理しないでね」

「腸があらかた外へはみ出したが」女武者が自分の腹を打つ。「おかげで便通がよくなった。父上に感謝しないとな!」

 たとえ正々堂々の一騎打ちでも、父を不具にした相手にジュンが複雑な感情をもつのは当然。それをわかった上で豪傑ぶっている。単なる猪武者ではない。

 ジュンは腕のたつ五十名をそろえ「自称特別捜査隊」と名づけた。彼女自身が率いる。

「こないだの軍議で」アイシェンが言う。「君のふるまいは立派だった。万が一この戦争に敗れたら、中国に亡命するといい。わたしとビジネスでも起こそう」

「ありがと。それも楽しそうだね。でもつぎの戦いで決着つく予感がするんだ」

 おもいつめた表情で、ジョージが天幕の下にはいってきた。なにを言いたいのか妹は痛いほどわかっている。兄が革命に加わったのは、そもそも妹を守るためなのだ。

 ジョージが口をひらく。「司令官として命じる、お前は……」

「出るよ」ジュンは先回りして言う。「そしてアニキは許可する。最初にあたしに自由をくれたのがアニキだから」

「なんの話だ」

「家であたし、『お兄さま』って呼ばされてたじゃんか。でもアニキは好きに呼んでいいと言ってくれた。これでも感謝してるんだぜ」

 不覚にもジョージの涙腺がゆるむ。はじめて妹から、素直な感謝の気持ちを捧げられた。

 暁ジュン、十六歳。自立のときがきた。




 妹から無能よばわりされるジョージだが、革命戦争が長引くなかで、次第にその粘りづよさが周囲に感銘をあたえる様になった。

 千葉港攻略戦でも、全世界が不意の核攻撃に動揺する一方、ジョージは無理押しせず二倍の兵力で包囲をつづける。孤立した敵の補給線を絶つことに専念、アイシェンが指揮する攻城兵器でじわじわ削り、空腹と出血の限界に達するまで待った。

 一か月後、中国のはしご車である雲梯に乗った特捜隊が侵入、衰弱した敵兵を蹴散らす。ジュンは鬼神もかくやの奮戦ぶり。

 政府軍は白旗をあげた。

 また傷をふやしたアイシェンがつぶやく。「芝居は終われり」

 事実上、ここに革命戦争は終結。




 局面は掃討戦にはいった。散発的な戦闘はつづくが、もはや政府軍に戦線を維持する力はない。投降者が各地であらわれる。

 幕張メッセを再占領した自由軍総司令部を、アメリカ政府の特使が非公式におとづれた。その名はCIA工作員ジョン・ピーチ。

 アリアとトモコをのぞく自由軍幹部との会談がはじまるが、ジュンは反撥している。

「こいつは」顔をしかめるジュン。「快楽のため人を殺すクズだ。一言だって信用できない」

 ピーチは平然と見返す。眼鏡の下の表情は肯定も否定もしない。ポケットからレザーマンのマルチツールをとりだす。暁兄妹の自宅から盗んだもの。

 血相をかえジュンが立ち上がる。オフィスチェアがすべり壁にぶつかった。

 彼女がおとめ山公園で長谷部マリコを拷問したことを、CIAはつかんでいた。事実だから仕方ないが、フランに知られるのはつらい。なんて卑劣な脅迫。

 巨漢のスパイがナイフの刃を、おのれの左小指にたてる。唸り声と脂汗をしぼり出しながら切った。自由軍幹部たちは呆気にとられ、ながめるだけ。

 ジュンが吐き捨てる。「ヤクザかよ」

「郷に入っては郷に従え」傷口を押さえるピーチが弱々しく返答。「日本のことわざはすばらしい」

 さすがに気を呑まれたジュンは「勝手にしろ」と言って退出した。

 見たか、小娘。

 これがスパイの駆け引きだ。俺のキャリアとアメリカの権益は守られた。六十億ドルの空母はちと痛いが、またこの愚鈍な黄色人種の国から搾取し埋め合わせる。

 俺の勝ちだ。




 ジュンが寝そべるところへ、フランがノックして入室。ベッドの隅に腰掛けた。

 天井をみながらジュンが言う。「あいつ、あたしのことなんか言ってた?」

「いえ、まったく」フランが微笑を絶やさず答える。

「別にいいけど。知られても」

「公園で言ってたことですよね。何のために何をしたか想像つきますが、信頼はすこしも変わりません。わたしたちは一心同体ですから」

 ジュンが泣いてるのに気づき、姉貴分はやさしく寄り添う。

「楽しい話をしましょう」フランが続ける。「実はあれからネットで調べたんです。自分の好きな人のたしかめ方を」

「えっ」ジュンの大きな瞳が輝く。「どうやるの?」

「相手とキスする場面を思い浮かべるの」

「はあ、乙女だねえ。あたしだったら考える前にリアルでキスするよ」

「ふふふ……で、ためしたら天に登る気持ちになっちゃって」

「マジで!?」ジュンは跳ね起きる。「だれ? だれ?」

「言うわけないでしょう」

「なんでだよ、一心同体だろ! もしあたしと被っても、フランちゃんなら譲るよ」

 ジュンが自分の欲しいものを譲るはずないので、フランはおかしかった。被る可能性がゼロだからいいけれど。

 白状させようと必死なジュンに、全力で揺さぶられる。肝心なところで鈍感な妹分が愛おしい。

「絶対おしえない!」

 フランは小鳥の様な声で笑った。





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苑田 健

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