小説 第3部「散花篇」 19「すき家襲撃」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 暁ジュンは千葉市緑区にある「すき家」に来ている。チーズ牛丼が好物だった。

 トイレから出ると、カウンター席にすわる本城フランが、なれなれしい男ふたりに両側から話しかけられていた。

 ピンクのカーディガンを着たフランは相変わらず愛想がいいが、千葉くんだりでナンパされても迷惑。佩刀するジュンは無言で後ろから圧力かけた。

 幕張を失陥した自由軍が、いま鎌取に総司令部をおくのは周知の事実。茶髪の男たちは、「百人斬り」の顔をみるなり注文もせず店外へ去っていった。

「あんなの相手したらダメだって」ジュンは箸をとる。「社交的なのはフランちゃんの長所だけどさ」

 フランは澄まし顔。「たのしい人たちでしたよ」

「男の頭の中なんてヤることだけだよ。彼氏いたことないから、わからないだろうけど」

「さすがビッチと称されるだけありますね」

「ちょっと」ジュンは御飯粒つけて気色ばむ。「いくら親友でも、言っていいことと悪いことがあるでしょ」

「ごめんなさい。言葉の使い方がまちがってたみたいです」

 人気作家で物知りのフランが誤用をするはずない。やさしい笑顔のまま、婉曲法でジュンを責めている。

 心当たりはあった。大井スルガと深夜に事がおきかけ、その後まるで進展ないが、フランは変化を察したらしい。独占慾を刺激され依怙地になっていた。

 愛着をもたれるのは嬉しいが、気持ちには応えきれない。でもジュンはいづれ理解してもらう自信がある。いつになく前向きな気分に満ち、仲間を引っぱるつもりだった。

「だいたい」まだフランはブツブツつぶやく。「わたしが誰とつきあおうが、ジュンさんに関係ないですよね。たしかに恋愛経験ないけど交友関係はひろいし、男性の扱い方くらい心得て……きゃっ!」

 ジュンはフランを腋から持ち上げ、カウンターのむこうへ投げた。小柄な十八歳は空中で一回転し尻餅つく。ジュンも追随。

 だしぬけにふたりはセンターファイア弾薬をあびる。店員や客に付随被害が生じた。

 デジタル迷彩服を着た十二人の男が店になだれこむ。ながれる様な動作でレバーを上下し排莢。レバーアクションのウィンチェスターライフルだ。

「Watch out! They're behind the counter!」

「OK, move!」

 ほとんどが外見は白人、訛りはアメリカ風。ジュンは備品のカラーボールで撹乱する。

 雪風流【千仞】。

 抜刀と同時にカウンターを踏み台にして飛ぶ。迅雷が米兵をおそう。

 ウィリアム・ハウ海軍一等兵曹は、自分の胴体の断面が視界をせり上がってゆくのを見た。袈裟懸けに切断され、上半身が斜めにずり落ちていると気づいたとき絶命。

 【千仞】は目眩ましの技だ。人間の視覚は上下運動を認識しづらい。ついで得意の反復横跳びで三人斬り捨てる。

「ジュンさん、うしろ!」

 フランの叫びに反応、左手でにぎった箸の束を、屈みながら背後へ投擲。五発の銃弾は幸運にも外れた。瞬きもさせず全員斃す。

 流血の波が床を洗い、ジュンの赤いニューバランスを微妙な風合いに染める。のこった三人の銃口が集中。SEALs隊員はすさまじい損耗に悄然としているが、これで戦いは「詰み」と確信した。

 十二代宗家は微笑する。どうしても試したかった奥義をつかう好機だ。

 雪風流【鷙鳥】。

 無意識にパーカーのポケットにいれた、タバスコの壜を放って斬る。

「Fuck!」

 紅のシャワーをそそがれた三人がのたうつ。それは目潰しどころでなく、失明の危険をともなう化学兵器。乙女は慈悲ぶかく、刃で苦痛をとりのぞいた。

 紙ナプキンで血とタバスコを拭きとり納刀。返り血は一滴もあびてない。

「くそッ」ジュンは椅子を蹴飛ばす。「だれも殺したくなかったのに」

 敵があまりに強すぎた。シャドウガールやアイシェンの様な個人の武勇とちがう、集団として訓練された殺人機械で、手加減できなかった。

「わたしを守るためですよね」フランがカウンターの裏から出る。「あんな意地悪を言ったわたしを」

「ケンカしたって親友は親友だし」

「本当にあなたって人は……。でも心配です。アメリカ軍がジュンさんの暗殺を目論むなんて」

「いや、ターゲットはフランちゃんだった」

「そんな!」

「中国へ渡る前に始末したかったんでしょ。今回は同行するね。大丈夫、あたしらは無敵のコンビなんだから」




 自動ドアのひらく音がした。

 巨漢が唖然として、心肺停止した十二人の体を凝視する。CIA工作員のジョン・ピーチだ。日本を飼い慣らす専門家としてのキャリアが、このとき終わった。

「悪魔め!」ピーチが罵る。「こいつらはDEVGRUだ。ビン・ラディンを殺した精鋭だぞ。こんなことはあってはならない!」

「キュートな小悪魔と言ってくれ」ジュンはふたたび抜刀。「なあおデブさん、よくそのツラ出せたな。リリホワで散々あたしを殴ったのを忘れたのか」

 ピーチは散らかった床にピースメイカーを投げ捨て、両手をあげる。暁ジュンの情報はハードディスクが溢れるほど収集した。彼女が攻撃するのは、自衛か報復のときだけ。降参すれば斬られはしない。

 しかし切先が太鼓腹に刺さり、スパイはうめいた。汗だくのシャツに血がにじむ。

「甘いんだよ」ジュンの口元が歪む。「あたしにそんな駆け引きが通じるか。おい、エリを殺したのはお前だな」

 視線が交錯する。通じようが通じまいが、ピーチは駆け引きに頼るしかない。そうして二十年、諜報の世界で生きてきた。

 いまやジュンのことはジュン以上に知ってると自負する。同級生のエリとは反目していた。仇討ちの動機にならないはず。

「そうだ」ピーチは畏まる。「命令とはいえ、若い娘を犠牲にしたのは間違いだった」

「あっそ。あとコタカをハメるのに一役買ったろ」

 言葉をうしなったスパイの耳に、ヘリコプターのローター音がとどく。肥満体にしては意外な俊足で遁走。駐車場におりたMH-60改造ステルスヘリに転がりこんだ。

 はげしく吹き下ろす風を腕でふせぎつつ、ジュンは空をみあげた。

 この戦争は一日もはやく終わらせる。もう迷わない。あたしが先頭にたつ。




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苑田 謙

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